#17:マテル

「クロン?」

 名を呼ばれ、クロンは物思いから解放された。

 直ぐ目の前には、蒼眼の少女が不思議そうに顔を覗き込んでいる。

「余計なこと、考えてた?」

 考え事をしていたのは事実だ。クロンは肩を竦め、苦笑する。

 ミュカは咎めるように、途端に巌しい表情になった。

「そんなことしちゃだめだよ。例え、あなたが純粋なクストスだったとしても」

「それ、どういう意味?」

 ミュカは答えずに背を向けると、再び早足で歩きだした。

 明かりを持つミュカに対し、クロンは手ぶらだ。置いていかれないように、慌てて付いて行く。暗い道を歩く習慣から遠ざかっていたクロンにとって、暗闇は未知の恐怖そのものだった。

 道には分かれ道などなく、どこまでも真っ直ぐ続いている。あまりにも無駄のない道にクロンは疑問を抱いた。

「この道が人間に見つかってないの、何故だか分かる?」

 考えを見透かしてか、ミュカが問いかけた。

「ちょうど疑問に思ってたところだよ」

「ここは、生き残ったクストスを生かすために、マテルが造った脱走路。マテルはいつも均衡を考えてるから、どっちの味方にもなる」

 ――マテル。その名は、よくシラから聞かされていた。うっすらとだが、幼い頃にその大樹を見た記憶もある。

「マテルって、ルニの都を支えている、あの大きな樹のことだよね。ディア・クレルを除けばその次に大きな機械樹で、世界に数本しかないって言われてる」

 ミュカは頷いた。

「……それに、人を制する力も持ってる。十年前、都で魔法が使えなくなったのも、マテルの力」

 クロンは息を飲んだ。

 それだと、十年前の惨劇を起こしたのがマテルだって言っているようなものじゃないか。

「あの事件は、これ以上魔法でヒドイことが起きないようにって、マテルがクストスを戒めた結果。……けど、人間もやり過ぎちゃったから、マテルはもう一度、天秤を調整した」

「……もしかしてマテルは、ヒトの言葉を理解できるの?」

 ミュカは首を横に振った。

「言葉じゃなくて、感情や記憶を読むの。人が地に足を付けている限り、その下に巡る根っこから」

 なるほど、それで……と、クロンは理解した。

「じゃあ、ぼくが余計なことを考えると、マテルに伝わっちゃうんだ?」

「うん、あたり。それで、あなたが他の種族を脅かす存在だってマテルが感じちゃったら、ここから直ぐに追い出されるかも。

 それか、閉じ込められて、永遠に出られなくなるかな」

「まさか」

 クロンは引きつった笑いを浮かべた。ミュカは至って真面目な顔で続ける。

「ホントだよ? 均衡の母は手加減なんてしない」

「……ぼく、何も考えずに歩くことにするよ」

「それがいい。……でも、もう必要ないかも」

 ミュカが琥珀灯を下ろすと、別の琥珀灯の光がその先を照らしていた。

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