第2話

 30分もしない内に数人の執事、メイドが集まった。各々武器も持っている。


 病的なまでに青白い肌の月星族モンテルンの男、赤褐色の肌に小さい二本角を生やした獅角族レーヴェルンの女、ハッと意識を奪われるほど整った容姿の木霊族エルバルトの男、そして、老齢ではあるが、その立ち姿は曲がるところなく、見ているだけでこちらも緩んだ気持ちに喝を入れられているように思わせる祖人族の男、ヨアヒム。

 彼ら4人が暇つぶしに付き合ってくれるようだ。


「ごほん」


 咳払いを一つ。

 気持ちを切り替える。ここからは坂田勇人ではなく、ハヤト=フリードハイムだ。

 騎士として、正々堂々手本となるべく、圧倒的強者として彼らの前に立つ。


「さて、お初にお目にかかる。

 私はハヤト=フリードハイム。巷では【流浪の守護騎士ワンダー・ガーディアン】と呼ばれている者だ。

 これより流浪の名は捨て、リオ=シファー様に仕えることとなった。

 私はリオ様の剣であり、盾である。だが、私一人では手の届くところには限りがある。私も万能ではないのだ。

 ゆえに、貴殿らにもリオ様の一助となってもらう。

 若輩の身ではあるが、そのための力になりたく思う。

 貴殿らの時間、貰い受ける。なに、無駄にはしない。

 強くなる、その意志ありし者は疾くと参られよ」


 じっと見つめる。

 誰もその足を動かそうとしなかった。

 いかん、熱が入りすぎて心技、【強者の眼光】を発動していたようだ。

 これでは動きたくとも動けない。視線でメニューを開くと、解除した。


 どこからともなく息を吐く音が聞こえる。


 獅角族レーヴェルンの女が前に出た。


「私はヘルガ=ディールスだよっ!

 以後お見知りおきをってね!」


 名乗り出ると同時に得物が振り下ろされる。盾を斜めに当て、受け流す。


 彼女の武器は巨大な斧。月を二つに割ったかのような厚い両刃から水が滴る。


「魔化兵器か!」


 魔化兵器というのは属性が付与された武器のことを指す。

 このゲームには3つの戦う術がある。

 体力を消費し強靭な肉体から繰り出される【武技】、魔力を消費し賢明な頭脳から弾き出される【魔技】、精神力を消費し勇壮な意志から表出する【心技】だ。


 この魔化兵器は魔技を使う際の触媒となり、効果を増幅させることも可能であり、武技に属性を付与し、擬似的な魔技とすることも出来る。


 獅角族レーヴェルンというのは身体的な能力で他の追随を許さないが、その一方で保有魔力は少なく魔技を使うことが出来ない。


 だが、この魔化兵器はそんな弱点を打ち消す。


 振り上げた斧から、その勢いに乗り水の鞭が広がる。

 大きく迂回して後ろから鉄砲水が迫る。その様子を心技【天眼】を使い捉える。天から覗く神のごとく、見下ろす。

 くっきりと見える水流。視界の動きに合わせるのは慣れが必要だが、慣れてしまえばどうということもない。


 躱すことは容易い。だが、最初の稽古くらい真正面からぶつかってもいいだろう。

 あえて受ける。

 剣を振り下ろし、斧を抑え込む。同時に、大きく身体を開き、左手の盾を軽く掲げる。そこに吸い込まれるように水流が当たる。

 腕に伝わる衝撃は激流と呼んで差し支えないほどの勢い。剣を持つ腕にも叩き斬らんとする意志のこもった斧が絶えず機をうかがっている。

 獅角族レーヴェルンの名に相応しい力だ。だが、悲しいことに最高レベルのプレイヤーにNPCでは太刀打ちできない。

 プレイヤーから手解きを受けず、ろくに技を使えないなら尚更だ。

 素のステータスに心技で身体能力を強化する。それも低級なもので上回ることが可能だ。


「はぁっ!」


 斧を弾きかえす。再び地面へと突き刺さった。それに両腕が引っ張られる。

 胴体に大きな隙が生まれる。

 盾で殴りつけた。


「ぐ……ッ!」


 すでにヘルガは手の届く所にはいない。はるか向こうの地面に蹲っている。


「さて、次は誰が相手だ?」


「では、私、ヨルク=フェルスターめが」


 木霊族の男が前に出る。さらに、


「じゃあ、僕も。ライムント=カーティスでーす」


 月星族の男も笑みを浮かべて口を開く。顔色の悪さから、どうしてもその笑みが酷薄なものに見えてしまう。

 そして、最後の一人も名乗り出た。


「改めまして、ヨアヒム=グロックと申します。先の様子を見て、実力の差は理解いたしました。今度は私共で参りたいと存じますが、いかがでしょうか?」


 三人いっぺんにか。まあ、問題ない。


「いいだろう。いつでも来るといい」


 まずは様子見。誰からかかってくるのか。

 一番奥にいた、ライムントがあくびをしながら伸びをするように前に腕を突き出した。その瞬間、辺りが闇に包まれた。


 音も光もない世界。静寂だけが支配する。


「これは魔技マギアか。しかも、闇属性だな。ということは最低でも第二位階以上か……」


 すべての技には位階が設定されている。第一位階から第五位階まであり、第五位階が最も強力であり、それに比例して習得難易度も上がっていく。そして、この枠に当てはまらない第零位階もあるのだが、それはまたの話。

 今はそう悠長に構えている暇はない。目くらましだとすれば、すぐ近くに脅威が迫っているのだから。


 基本的に使われた技の位階よりも高い位階でなければ、打ち破ることはできない。術中にはまっているならば、なおさらのこと。

 よってあらゆる状態異常回を回復させる第四位階の魔技【光の導き】を繰り出した。

 剣先に光が灯る。それは暖かくも眩く、闇をかき消し邪悪を打ち払う。

 

 色を取り戻した視界に左右からヨアヒムとヨルクが各々の武器を振り上げていた。

 ヨアヒムは短剣と長剣の二刀流、ヨルクは槍を持っている。リーチの差を活かして、ヨルクが先に攻撃を繰り出した。

 ヨアヒムはその背後で剣を振りながらも俺の出方をじっと見ている。おそらく、ヨルクの攻撃を受けるか躱すかをしたら、すぐに対応できるように構えているのだろう。

 そのための僅差攻撃を仕掛けている。だが、それゆえに二人の間には隙間があった。常人であればほんのわずかな隙間だ。しかし、俺にとっては大きな穴だ。

 俺の足なら駆け抜けることができる。


「遅い」


 第一位階心技【風の靴】を発動させる。

 瞬間的に加速し、すり抜ける。ヨアヒムの瞳が俺の思惑を感じ取り、目を大きく開く。

 だが、それに体がついて来ない。


 そして、先ほど俺の知覚を奪うほどの魔技を放ったライムントの前に現れる。

 ピタリと剣先を突きつけた。


「あれ、あー。参りましたー」


 振り返るとヨアヒムが体勢を整え、ライムントが両手を挙げたのを見て、僅かに視線を落とすが、再び上げられたそれには戦意が漲っている。


 使用人の中で一番実力があるのはヨアヒムで間違いない。それは俺の動きを目で追うことができることからも明らかだ。おそらく、第一位階の心技、いや、第二位階のものも習得している可能性がある。

 NPCでこのレベルの人材を引き当てるとは莉音の強運ぶりには脱帽だ。

 まあ、それはともかく、厄介なヨアヒムは後にして、先にヨルクを戦闘不能にする。


 ヨルクはヨアヒムから少し遅れて、こちらに振り向き槍を構え直した。

 途中、ヨアヒムと剣をぶつけ合い、横に押し退けるとヨルクとの距離を詰める。

 ヨルクは接近されてから突き出したのでは間に合わないと判断したのだろう。槍のリーチには入っていないところで動きを予想して、繰り出した。

 悲しいかな。それは無駄なあがきでしかなく、回避は容易く剣の腹で手元を打ち据えた。こぼれ落ちる槍を足で蹴り飛ばす。そして、剣を首元に突きつけてチェックメイトだ。


「さて、ヨアヒムさん。貴方で最後だ」


 剣を向けられて尚彼は朗らかに笑う。


「そのようでございますね。しかし、まだ諦めるつもりは微塵もございませんよ?」


「そうこなくっちゃな。ああ、いや、そうこなくてはな」


「ははは、私たちは等しく同輩となった身。それはあなたが仰ったこと。そう硬くならずともよろしいのですよ。

 先程のリオ様とのお話しされていたようにくだけた話し方で構いません。

 もっとも、礼儀作法についてはおいおい私がお教え致しましょう」


 その笑みは凄みがあった。一度捕まったら簡単には逃げられないだろうな。


「はは、その時はお手柔らかにな」


「ご冗談を。ハヤト様ならば誰であろうと手は抜かないはずですよ?」


 まったく、過大評価だよ。出来るだけ、楽していきたいに決まってるだろ?


「どちらにせよ、手加減は無用です。お互いにリオ様の前で無様な姿は晒せないでしょう?」


ヨアヒムの視線の先には口元を緩ませたリオが立っていた。


「よお、早かったな」


「まあね。一度指示コマンド出せば、あとは暇だしね。早いものよ。あとは周りを見て回る予定よ」


 このゲームはよくできている。施設の建設や自分の戦力を動かすことは数字のやりとりが主だが、実際に建てているところや兵が移動する場面を自分の主観的な視点で見ることができる。

 つまり、自分の領地に住む民の暮らしを見ることができる。これは結構重要なことで数字では見えない部分、民の声を拾い上げることができる。


 そのため、このように訓練の様子を見学することが可能なのだ。時間はかかるが、訓練に顔を出すことで、その効果が上がる。そのため、時間が空けば足を動かすことも大切だ。


「じゃあ、さっき言ってた通りアンタの実力を見せてもらうとしましょうかね」


「まあ、よぉく見とけ」


 おしゃべりもそこそこにヨアヒムと向かい合う。

 瞬きすらせずに一挙手一投足を伺っている。じりじりとにじり寄り、静かに近づいていく。

 先にしびれを切らしたのはヨアヒムだった。これは彼の気が思ったよりも短かったというわけではなく、俺の実力を知っているからこそ、先に仕掛けるほか勝ち目が残されていなかったのだ。

 ヨアヒムから白いオーラが立ち昇る。心技の位階が上がるとかかるエフェクトだ。


「第三位階の【勇者の意志】か? おいおい、マジかよ」


 第三位階を扱えるとなれば、NPCの中では英雄クラスの強さを持つということだ。

 ライムントといい、ヨアヒムといい、どうしてこうも……リオの奴、強運過ぎるだろ。


『おい、こいつら絶対に手放すなよ』


 リオに武技を使って、こっそりと声を届ける。

 リオがびくりと肩を震わせる。


『びっくりするじゃない!

 ええと、急にどういうことなの?』


『そうだな。このゲームには三つの技があってだなーー』


 どういう事かの説明をしながら、ヨアヒムの猛攻を捌く。これを受けるにはもう一つギアを上げる必要がありそうだ。


『つまり、これを使えるヨアヒムは規格外ってことだ。まあ、それはお前が身体を鍛えれば、嫌でもわかるさ。

 それに俺たち騎士側でも第三位階ってのは中堅どころだ。もっとも、俺はトップクラスだから、第五位階まで使えるけどな』


『はいはい、自慢乙。それよりも初心者にやさしく教えなさいよ。あんたたちが何やってるか見えないんだけど』


 しまった。と言うのも俺にとっては何の変哲もない攻撃で、寧ろゆっくりと動いているように見えるのだが、初心者には違う。やはり、実力をつけ、ある程度心技に精通しなければ、見えない動きもある。つまり、高レベルな戦闘は初心者にとって、目にも留まらぬ速さで動いているように見えるのだ。


『まあ、今回は諦めろ。そのうち心技を教えてやる。そしたら、少しは違うと思う』


『ふうん、まあ何でもいいけどさ。アンタあれだけカッコつけといて本当に勝てるの?』


『もちろん。5割程度の力しか出してないさ。まあ、そろそろ終わらせるかな。ヨアヒムさん、だいぶキツそうだしな』


 武技を切ると、闘いへと意識を集中させた。


「おや、やっと本腰を入れてくださるのですかな?」


「お、やっぱ気づかれてたか。悪いな、ちょっと教えることが多くてな」


「いえいえ、謝ることではありませんよ。ひとえに私の実力不足というだけですから」


 そう言って剣を振るうヨアヒムの額にはびっしりと汗が浮かんでいる。顔つきも険しく、そろそろ限界が近そうだ。

 すぐにでも楽にしてやるよ。

 同じく俺の身体から白いオーラが噴き出す。【勇者の意志】を発動させた。

 剣と剣がせめぎ合うが、揺らぐことはなく、しっかりと受け止めている。ふと、込めていた力を緩め、剣を引く。

 するとそれに張り付いているかのようにヨアヒムの身体が前に崩れた。

 直線上から身体を引くと、その空いたスペースにヨアヒムが倒れこむ。その瞬間、盾を突き出す。

 小回りのきく短剣でなんとか防ぐが、いまにも転びそうだ。

 盾で短剣を押し退け、剣を振り下ろす。

 剣はヨアヒムの顔の薄皮一枚ほど離れ、地面に刺さる。


「参りました」


 ヨアヒムの足元は穿たれ、膝まで埋まっていた。


「へえ、やるもんね」


やる気の無い拍手がまだらに響く。


「だろ。まあ、これから俺が鍛えれば、このくらいは余裕でこなせるようになるさ」


 NPCは技の習得方法を知らず、自分で好きなようにステータスを上げることができないのだから限りはあるが、ちゃんと見れば、まだまだ伸び代はある。


「こいつらだけじゃなく、お前も鍛えてやるよ。そうすりゃあ、ちったぁ見えるようになるさ」


「へえ、面白いじゃない。ま、明日から頼もうかな」


「ん? 今日からじゃないのか?」


 リオは晴れ晴れとした笑顔でもっともなことを言った。


「だって、最初から何から何まで教わってたら、面白くないじゃない」


「たしかにな」


 俺はこの時教えておけば、と後悔することになる。

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