第33話


 魔王である彼の属する物語の主人公は勇者であるルチルだ。この場合、彼の言う「終わりにしよう」という発言はルチルに対して言っている、ということになる。


「君が…勇者である君がわたしを倒して、それでこの物語は終わりだ。それが筋書き通り、王道と呼ばれるものだろう?」

「それは…そうだが…」


 そのあとも何かぽつぽつと言葉を続け、苦し気な表情をさせ、はっきりとしない勇者のルチル。

 それとは対照的に魔王はひねた笑顔を浮かて言葉を続ける。


「この街にももう飽きてしまったよ。わたしには、やはり、人を殺める方が合っているんだと思うよ」


 顔に合わない物騒な言葉に、勇者は敵を前にした脇役の村人かのようにビクリと肩を震わせた。


 ラムは咄嗟に嘘だ、と思った。

 あまりに短い時間ではあったが郁と勇者を含め、彼と共に時間を過ごし間近で見ていたが彼は純粋にこの街での時間を楽しんでいるように見えた。出会った直後の勇者の参戦するレースを待つ姿や郁と一緒になって服を選ぶ姿はあまりに楽し気で、あれが演技であるとしたらあまりにも出来すぎている。


「君がその腰に差す剣でわたしの心臓を一突きすれば済む話だ。あっさりとした終いの話だね、愉快だよ」


 押し殺したような笑い声を喉から鳴らし、彼は瞳をスッと細める。


「シナリオ通り、台本通りに、君は今まで過ごしてきただろう。それに素直に従うだけで良い。はやく終わらせたいのは君も同じだろう?」

「だけど、わたしには…」

「なんだい?今さら怖気づいたとでも言うのかい、子猫ちゃん?」


 挑発的な態度で魔王はそう言うが、勇者の彼女は「違う!」と大声を発して彼の言葉を遮った。


「言っただろう!わたしは、勇者は、皆を笑顔にする存在なんだ…なのに、だからって、そんな…」


 いつでも自信ありげで芯のあるしっかりとした眼差しは不安げに揺れている。自分の考えや口にしている言葉にどうも核心が持てていないらしい。

 ふたりのやり取りをハラハラしながら見守っていたラムに「ちょっと、」と郁が小さく耳打ちしてくる。


「せっかく良い感じだったのに、何でふたりが殺し合うような展開になってんのよ!」

「や、そんなこと俺に言われても…」


 と、言うか、そんなに言う程良い雰囲気であったか?と疑問を抱きつつ、妖精の言葉が再び蘇る。

『主人の願いの為により良い結果を思い描いて』

 そう、ラム自身が何かのきっかけを作るか、自分の物語にこのふたりを組み込むような形で進めればどうにかなるのかもしれない。確証は、はっきり言ってないが。


「もう、何であんな王子さま面したのが魔王なのよ!普通、あーんな可愛い勇者だったらあの子と結ばれる相手として出てくるべきじゃない?結末選考委員会も人が悪いわね!」

「あ。委員会」


 すっかり忘れかけていた委員会の面々を思い出した。どうも結末や物語の展開を主人公であるラムにほっぽり出されてからというもの、主人公のラムは委員会の存在を忘れやすくなっていた。

 そんなやり取りをしている内に勇者と魔王の間にも動きがあった。いつの間にやら魔王がマントを翻し、黒い手袋で覆われた手を勇者の頬に添えていた。


「貴女がわたしを殺すんだ」


 小さな子供に言い聞かせるかのように、ゆったりとした口調で言葉を投げかける。


「わたしが消え、君の物語は平和な結末を迎える。そうだろう?」 


 否定も肯定も出来ないでいる勇者を良い事に魔王は別れの挨拶で言葉を締めくくった。


「この街を見下ろせる丘で君の迎えを待っているよ。さよならだ。わたしの終わりも、物語も結末も、そこで迎え入れよう」


 そう言い残し、名のない魔王は龍の背に乗り、この場を後にした。

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