第29話


 スキップを踏みながら、これまでになく機嫌の良さそうな郁。そんな彼女に手を引かれたままラムは駅の改札口を出た。


「貴族さんたち、どうしてるかしらねっ。あのふたり仲良くできてると思う?」

「さぁ…けど、勇者のルチルさんに会ったら、まず、なんて言おうか…魔王じゃないと証明するためのレースだったんだけどなぁ…」


 困ったな、とラムは眉根を下げる。

 何の成果もなく、ラムは龍からあっさりと落ちてレースを棄権、これにて証明終了。と、行くはずが予想外の事実によりラムは何が何でも龍から落ちるわけには行かなかった。


「あー、そう言えばそうだったわね」


 郁は呑気にラムの言葉で思い出したかのように言い、ラムは「軽っ」と呆れた反応をする。そうしているとふたりの視界に大きな門が入り込んできた。


「やぁ、おかえり」


 そんなふたりに向けて、駅を出てすぐ、豪華な門の付近で待っていたらしい貴族の彼が優雅に手を挙げ、ふたりへ手を降っていた。


「谷さんとは会えたのかい?」

「ん、まぁな」

「それじゃあこの街の外、そのどこかで新しい物語が始まるんだね。素敵なことだ」


 にこやかに彼は物語の始まりを喜び、笑う。

 郁はきょろきょろと周りを見渡し、貴族の彼と一緒にいるとばかり思っていた人物を探し始める。


「勇者さんならもう時期来ると思うよ」

「あ、本当?良かった。ひとりで物語を再開させようとさっきの列車で街から出てっちゃったのかと思ったわ」

「独断でそーゆー行動して良いもんなのか?」


 彼女がまだ居る事にホッと息をつく郁にラムは問いかける。


「良くはないでしょうね。けど、あたし物語上を指示通り動かない事もよくあったし、問題にはならないんじゃない?」

「ふーん…」


 問題にならなくとも委員会の連中には扱いに困る主人公になるだろうな、とラムが考えていると、レース会場前で駆けて来た彼女とは真逆の表情で勇者の彼女がこちらへとやってきた。


「あーーーーーっ!」


 その様子を見てか、郁は大声を発する。

 驚いて郁を、そして視線の先の勇者へと顔を向けるも何に対してそう反応しているのかラムには瞬時に分からなかった。


「ちょっとあんた!服!」

「…しんどいから、脱いだ」


 勇者はそう言ってプイッと顔を背ける。

 郁の言うとおり、勇者の彼女は服装を元に戻してしまっていた。髪型もまた無造作に一つにまとめている。三つ編みだったせいか髪にうねりを含んでいる。


「服は、そうだな……貴女へ返そう」

「いらないわよ。あんた持ってなさいよ」


 差し出された袋を受け取ろうともせず郁は悔しそうに歯を食いしばる。

 勇者は気まずそうに袋から伸びる紐を弄り、気まずそうにラムへ向き直った。


「その…ラム、君には謝罪をしなければならない。魔王だと誤解をし多大なる迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

「えっ、いや、あの…うん」


 深々と頭を下げる彼女にラムはたじろぐ。

 困惑気味に、ラムは助けを求めようと視線を移すも貴族の彼は後ろの方で何か考え事でもしているのか遠くの方を見ているし、郁はいじけたようでしゃがみこんで花壇の雑草を抜いていた。


「だ、大丈夫、だよ…?」


 何が大丈夫なんだ、と自分自身につっこみたくなるが絞り出した声でそう返すのが精一杯だった。


「君と誤解をしてしまったわたしの物語に出てくる真の魔王を探そうと思う。付きまとってすまなかった」

「え?いや、俺自体も魔王じゃないからね…?」


 変な誤解を与えないようにラムは言葉を付け足しておいた。

 勇者が「理解した」と素直に頷くのを見届けると、ラムは気まずそうに頬を掻きながら郁にも聞こえるよう大きな声を意識して言葉を続けた。


「そんじゃー…俺は元の物語にでも戻ろっかなー…」


 その発言に郁は「はぁ!?」と逆上する。目の前に立つ勇者の彼女は澄んだ海色と向日葵の目を見開いた。


「列車行っちゃったのに?あんたまだ委員会から切符寄越されてないでしょ?」

「や、だから!俺、列車じゃなくてあっちの森を抜けてこの街に来たんだってば」


 ラムは郁に分かってもらえるよう駅の広場から見える範囲の森をぐるりと指差し範囲を示す。

 ラムの発言に同意するように勇者も頷き、軽く手を上げ発言をしたいんだとアピールをする。


「奇遇だな、わたしも貴方と同じく森を抜けてこちらへ来たぞ」

「えーそうなの?じゃあ流浪人はその物語とこの街とが繋がっちゃってこっちに来ちゃうってことなのかな」


 ラム、勇者の彼女、そして貴族の彼とを順に指差したところで郁は動きを止める。


「あなたは?」


 妙に可愛らしく首を傾け、貴族の彼に問いた。

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