第23話
「…ちょっとこれは、流石に厳しいんじゃないか?」
レースコースの脇にある珍獣たちの待機場所、外への出入り口付近で龍はとぐろを巻いていた待っていた。
龍はラムと最初に会った時と変わらずに赤黒い瞳に殺意を宿らせラムを見ている。恐る恐る近付くが長い牙の生え揃う上顎を開けて今にも噛み付きそうだ。
「最終兵器だっつってたけど、早速使うか」
ラムはポケットから取り出した黄色のまあるい“それを”龍の恐ろしげな口に投げ込む。
大きな口に入ったその飴玉に龍は目を見開き、ぱくりと口を閉ざした。そして、途端に龍の表情が和らいだ。
見間違いでは、とも思ったがラムの目の前でその龍はキャンディーの味を楽しんでいる様子であった。
「うわ、効果てきめん?逆に怖っ」
すぐに龍の背後へラムは回りこみ、とりあえずと言った調子で頭から突き出た角を握る。突然の事にぎょっと驚いた様子の龍は、何の前触れもなく地面を離れた。
「ぐぇっ、うぉい!ちょ、止まれよ!」
ラムの静止など聞くはずもなく、龍は荒れ狂ったように待機場所から勢い良く飛び出す。
観客席からは驚きとどよめきの声が上がり、それはラムの耳にも入ってくる。
しかしゴーグルをまだ目元へ下げていなかったラムは観客を見ることができず、反射的に片手で目を守る。
ラムが薄目で確認できたことは、龍がとんでもない速度で上へ上へと飛ぶ様子。そんな龍に片手のみで掴まる事は大変困難な事で、案の定ラムは今にも振り落とされそうになった。
「ちょっと!そこの主人公さん!!その手を離しちゃダメよ!気をつけて!」
観客席からの声よりも遠いようで近く、確実にラムに対して訴えかける声が耳の中に響く。まるで壁越しに言っているかのようにその声はぼんやりとしていた。
「なんだ…?って、うわっ」
声を聞き取ろうとラムが耳を澄ませたとした所で、何を思ったのか龍は急降下を始める。さらに下の方からパンっと軽快な音がした。
どうやらそれはレース開始の合図らしい。
しかし競い合うどころではないラムはどうにかまた両手で角を握りしめ、反射的に目を瞑った。
ラムに見えてきたのは暗闇ではなく、あの委員会役員たちの顔だった。
「ねぇ、どうして彼が死んではダメなの?そうしたら権利がこっちに戻ってきてはじめからやりなおせるじゃない!ぷーっ」
不満そうな顔で変幻自在の女は足をばたつかせる。
それを怪訝そうな顔で見つめ返し、溜め息をついた少年は本をめくる手を止め説明をする。
「あんた馬鹿?彼が物語の決定権を持つ限り、彼の進む道が全て。物語が終わってもいないのに死んでしまうという事はそこで強制終了。過去編でもやらない限り彼はもう蘇らないデショ」
「所謂、死ネタとなる訳です」
スーツの男は癖なのか、最初と同じようにもったいぶった仕草でクイッ眼鏡を上げる。隣の椅子に座る細身の少年は忙しそうにまた絵本をパラパラとめくりだす。
ふたりの意見を聞き、ようやく状況を把握できたらしい女は車椅子をガタガタ軋ませ暴れだした。
「やだー!死ネタはいーやーだー!」
「そんな事言わなくたって分かってるよ。彼だって誰かが死ぬ物語は望んでいない。病弱な彼女にわざわざ不穏なもの聞かせるような事、馬鹿でもしないデショ」
少年はピシャリと女の我儘を跳ね除けた。
本に埋もれた少年の隣では拡声器を持った女性が必死な表情でラムに言葉を伝えようと声を張り上げていた。
「その手を離しちゃダメよ!気をつけて!!落ちたら本当に死んでしまう!死んだらそこで試合終了よーっ!」
「ふぉふぉふぉ、これは試合でなく物語だがの~」
拳を握りしめ力強く訴える女性の様子を楽しげに観察しながら、委員長のリスはずずーっと音を立て暢気に茶をすすっている。
女性の声に気付き始めたラムに話しかけるため、リスは側に立つ進行役に「拡声器貸してけろ」と頼み、女性の持っていた拡声器を口元に当ててもらう。
「彼を通して龍はゴール地点に向かってもらうようにするから、とりあえず君は今その状況を耐え抜いて、そんで結末を決めてくれ~」
16.03.22
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