第15話

 その反応にあんぐりと口を開き、ラムは郁に言う。


「あんたこそ詐欺師じゃないか」


 これまでのやり取りを思い出してラムは呆れる。郁は悪戯っ子のような含み笑いを浮かべ、楽しげに足をばたつかせる。


「騙したんじゃない、試したの。だけどこうもあっさり引っかかるようじゃ、あなた詐欺師には向いてないわね」

「あのなー…」

「変に貢がせたりしなかっただけマシだと思いなさいよ。ま、これでおあいこって事。ラーメンのお金出してあげたんだし。で、どの子にお金入れたって訳?」


 昼代は谷さんからなのでは、という言葉をラムは自分の胸にしまっておく。

 美形の男が現れて気を良くしたのか、ただ単に吹っ切れたのか何なのか、コロリと態度を変えた郁と幾らか言葉のやり取りをしていると谷が「わりぃわりぃ」と言いながらを合流してきた。

 谷は貴族の彼が入った事で1人増えたが特にもの応じせず、大人しく郁の隣へと腰掛ける。それとほぼ同時に会場がざわめきだした。ラムがフィールドの方を見ると選手達が次々と入場している所であった。


 脇の門から3体が次々現れる。大型の恐竜は翼がとても大きく、羽ばたくだけで旋風が巻き起こる。ドラゴンは火を吹く事のないように、なのか、口に鉄のマスクを着けられている。


「…あの怪物達がこっちを襲ってきたり、しないよな?」


 恐る恐ると行った様子でラムがそう口にすると、郁を挟んで隣に座る谷が大きな笑い声を上げる。


「んなわけねぇだろ。奴らは乗り手に手懐けられてんだからな」

「あっ、ほら見て!あそこに彼女がいる!」


 貴族の彼が心底嬉しそうに指を指す。

 肩を揺らされ、どれどれとラムがその先を見ると写真と同じ少女が龍に乗り華麗に空を飛んでいた。龍は体をひねらせ自在に空中を飛び回っている。


「なんて素敵なんだろう…」

 独り言なのか、彼は無意識にポツリと呟く。その眼差しは非常に熱く、うっとりとして酔っているかのようだ。


 その時、風を避けるために着けているゴーグル越しに遠くの彼女とラムとがパチリと目が合ったような気がした。獲物を見るような、睨みつけるような、そんな鋭い視線を感じラムは身震いをする。


「ねぇ、あんたあの子と知り合い?」

 不意に隣に座る郁が呟く。


「は?なんで」

「だって明らかにこっちに向かって…なんだろう、何かブツブツ言ってる」


 郁は聞こえもしない距離の声を拾い上げていた。

 目を閉じ、耳元に手のひらをあて、より鮮明に聞こえるよう郁は耳をそばだてている。


「…これで結末通りになる、とか?」

「よく聞こえるな」


 感心したようにラムはそう述べる。


「まぁ、吸血鬼演じてたし?」

「全然理由になってなんだけど…」


 冗談の言い合いのようにはなるが、目を開けた郁の一言により皆が凍りつく事となる。


「あの子、こっちに向かって来ない?」


 郁の半信半疑なその声は正にその通り、彼女達は観客席へ、それもラム達のいる方へと急降下してきた。

 龍の接近に気付いた観客たちは叫び声を上げ、我先にと席を離れ出口へと向かう。郁と谷も声は挙げなくとも反応は同じで、ふたり揃ってさっと駆けて行った。


 だが、ラムの右隣りにいる貴族の彼はそこから動こうとしない。


「俺達も逃げるぞ!」


 大声で警告するも貴族の彼にはラムの声が届いていないらしく依然として彼女を見つめたまま固まっている。

 ぐっと腕を引っ張ってみても動かない。

 体が、その足が、地面に縫い付けられてしまったかの様だ。


「やっと会えた」

 彼の囁き声とほぼ同時、龍は観客席前のフィールドへ華麗に降り立った。


 その際に巻き起こった風で腕で目を覆ったふたりは尻餅をつく形でストンと席に着いてしまう。

 遠くで乗り手の少女がヘルメットと一緒にゴーグルまでむしり取り、顔を露わにする。


「ようやっと見つけた!!」

「…あっ、君はあの時の!」


 そう叫ぶ声。そして露わになった顔でラムは思い出した。

 龍に跨る彼女、龍の乗り手である華奢な少女の正体は討伐依頼されていた龍から逃げ出す際にラムの前に現れた、あの勇者だった。


 龍から飛び降り、彼女は観客席で立ち尽くすラムと貴族の彼の元へとスタスタ近づいて来る。


「さぁ、物語へ戻ろう」


 彼女はガシッと力強くラムの腕を掴んでくる。彼女の態度にラムはきょとんとした顔をして口を開く。


「…は?」

「いつまでとぼけているつもりだ!わたしは魔王である君を倒し、真の勇者として認められなければならない」

「へ?」


 呑み込みの遅いラムに苛立ったらしく、彼女は次第に声を荒らげる。


「丘を越えた森に君の城があるだろう!君は大人しくそこでわたしに成敗されるんだ!」

「ちょいちょいちょい、何言ってんの!?」


 彼女、元い勇者は完全にラムが魔王であると思い込んでいる様子だ。そんな彼女に動揺するラムは兎にも角にも抵抗をする。


「馬鹿言うなよ、俺は魔王じゃないって」

「いい加減にしろ!わたしと一緒に戻るんだ!」

「本当に違うんだってば」


 そう言いながらもラムの額、首元、後頭部からは止めどなく汗が流れる。

 彼女の大声に反応したらしい龍が恐ろしい形相でラムを睨みつけているせいだ。若干開かれた口から、鋭い牙がいくつも生え揃っているのがラムの場所からも伺える。


「えー、ラムくんずるいなぁ。君ばかりが彼女に相手されるだなんて」


 そう暢気な声を上げ、ラムは貴族の彼に後ろから肩を捕まれ前後に揺らされる。


「…何よ、修羅場?」


 ラムと彼の安否を確認に来たらしい郁がその場を見た率直な意見を述べる。その一言でラムを掴むふたりの手が離れた。


16.03.15

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