第14話

 妙に穏やかな顔に変わった郁の後ろをラムが必死な形相で付いて歩く。その後ろには貴族の彼が何故だが付いきていた。


 郁の誤解を解こうと熱くなっていたため気付かなかったが、谷の姿が見当たらない。

 しばらくして、幾ら訴えてもすべて受け流してしまう彼女の様子から誤解を解くのを諦めたラムが軽い調子で谷について尋ねると「知り合い見つけたんだって。たぶん女ね」と呆れたような仕草をしつつ郁はあっさり答えてくれた。ラムの言葉は一応、ちゃんと、届いてはいるらしい。


「ところで、そちらさんはどなたなの?」


 先程ラムに抱きついてきた彼に問いかける。彼はまるで王子のように優雅に頭を下げ挨拶をする。


「名乗るほどの者ではございません。それに、元より名がないので。お好きにお呼びください」

「…やだ、イケメン」


 郁は彼に対しぽっと頬を染めた。

 ちょうどその時、ファンファーレが外から鳴り渡る。どうやらレース開始の時間が近いらしい。


「そうだ。良かったら一緒に観戦しませんこと?」

「是非そうさせて頂きます」


 郁のその提案に彼は恭しく頷いてみせる。

 あまりに違う郁の態度の違いにカチンときたラムはすかさず口を挟んだ。


「おい、なんで俺とコイツの怪しさは同レベルなのに扱いが全然違うんだよ!」

「やーねー、育ちの良い方を前にメイドとしての血が騒いでるだけよ。勘違いしないで」


 疎らに座る観客たちを縫って、4人並んで座れる座席を見つけ出す。そこから見えるフィールドは大変大きく、広く、そして入り組んでいた。

 このレースではフィールド内外に続くレースコース上の複数箇所に設けられた輪っかを順に通り、最後にある赤く大きな輪っかを通りゴールがとなる。前へ横へ、上へ下へ、急カーブやU字のカーブまで様々ある。これを器用に飛び回り、輪を通り抜けていくとなるとなかなかに難しそうだ。


 席に座りふぅ、と一息付いたところでラムの頭に不意に浮かんだ疑問を郁に問う。


「なぁ、あんたそこまでして“ラムさん”に会ってどうすんの?何がしたいんだ?」

「ほう、ラムさんとは?」


 ラムが問いかけた郁ではなく、ラムの言葉に興味を抱いたらしい貴族の彼が先に口を開いてきた。


「俺と同姓同名のキャラ。こいつが探してんだとさ」

「おや、この街にはもういらっしゃる方なのですか?」

「そーらしいんだけどまだ会えてないんだよ。あんたにとって、そんな大事な人なのか?」


 ふたり揃って郁を見れば、顔全体を赤らめて何度も頷き、ラムの言葉への肯定を示す。


「だって、あたしを理解してくれるような人、たぶん、あの人しかいないんだもん…」


 恥ずかしそうに、まさに“恋する乙女”とでも形容できるような、予想外の反応にラムは面くらい、動きを止めた。

 ポツリポツリと呟いた彼女へ、ラムの隣に座る貴族の彼は頷いてみせる。


「分かりますよ、その気持ち。自分を良く理解してくれる人など極めて限られてしまいますからね。わたしの場合は父と母にもう一度会いと思いますが会うことは叶いません」

「あら、そうだったの…」

「はい。貴方の会いたい方がこちらにいらっしゃるのであれば、会えると良いですね」


 彼は祈るような仕草を見せ「郁さんの願い、叶いますように」と小さく口にする。


「ん?なんでお前は会えないんだ?」


 素朴な疑問を口にするが彼は困ったような笑顔しか返さない。かわりに郁を見ると、ひどく冷酷な目をラムへ向けていた。


「な、なんだよ…」

「馬鹿ね、あんた」

「え。そんな深刻なこと?」

「物語で死んでしまった人物はこちらへ来ることはないのよ」


 その一言でラムも凍りつく。

 「ご、ごめん」と気まずそうに謝ると彼は無邪気な笑顔で首を振る。


「気にしないで下さい、誰も悪くないのですから。それに、ほら。僕には太陽がいるので」


 そう言って温かい太陽を指差す。彼なりの天国にいるだろう両親たちの比喩表現であろうと受け止め、ラムも郁も黙って頷くばかりだ。


「良いご両親だったのね。あたしも母とはこの街で会うことはできないの。今でも母の事は心で大事に思っているわ。けど、父はそんな風に思えない。どちらかと言えば憎んでる、かも」


 ギュッと膝のあたりで郁は拳を握りしめていた。力が強すぎて骨と血管がうっすらと浮き出ている。

 彼女の父とは過去に余程のいざこざがあったのだな、と、そこだけはしっかり察したラムはそれ以上聞こうとはしなかった。


 ラムも設定上は親無しになっている。物語の始まりから両親の記憶は微塵もない。

 よほど幼い頃に亡くなったのか、それともその情報が物語とは無縁であるのかは自分自身でも分からない状態だ。


 ふと、ラムは郁が何も持っていない事に気が付いた。郁の手にはラムや貴族の彼と同じようなあの券が握られていないのだ。


「あれ、賭けは?」


 ラムは先ほどまでの会話と無関係なことを郁に問いかける。すると、彼女は首を横に振る。


「あんたね、こんな賭け事でこれからを決めようだなんて無責任だと思わなかったわけ?何の疑問も抱かずにそれを買ったあんたが巧妙に詐欺を出来るとは思えないって証明にはなったわ」


 ラムには不本意な「おめでとう」という言葉を郁はラムへと贈った。


16.03.14

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