第5話

「はぁ~い、お兄さん!うち寄ってかない?」

「あんちゃん騙されんなよ!あっちはボッタクリ店だ。うちに寄ってきな!」


 街に並ぶ近代的なカフェに古風な甘味屋、多種多様な飲み屋に宿屋、他にも時計屋、眼鏡屋、宝石店。鏡が壁一面に敷き詰められた店に怪しげな煙を暖簾から漂わせる店、あからさまにいかがわしい店。

 ラムは街に入ってすぐ、あらゆる店が並ぶ商店街と思われる場所に出た。


 お昼前を思わせる青空のもと、下駄を踏み鳴らし、砂利を蹴散らし、商店街の大通りを歩き回るラムはすっかりこの不思議な街に溶け込んでいた。

 次第に何故自分がここを歩いているのか分からなくなってくる。それも、ラム自身が気付かぬうちに。


 商店街の並ぶ大通りの終わりに辿り着くと、そこには“ターミナル”と大々的に書かれた駅の前へやって来た。あらゆる道という道がこのターミナルへと繋がっており、広場には多くの人々が過ぎ去っていく。

 あまりに大きな駅に圧倒され、隅から隅まで見渡していると龍から逃れるときにぶつけた痛みがうずく右腕に見知らぬ誰かが抱きついてきた。


「ラ~ムさんっ、お待たせ!」

「へ?」


 戸惑いからラムはすっとんきょんな声をあげてしまう。

 ぎょっとして下を見ると、肩辺りで綺麗に切り揃えられた黒髪の若い女の子が笑顔でラムの腕にしがみついていた。瞳も髪と同じで深みのある黒だ。


「ラムさんよね?」

「そ、そうですけど…」


 何で名前をしているんだ?とか、あんた誰?とか、聞きたいことがラムの頭を埋め尽くし上手いことスッと言葉が出てこない。

 ラムがモゴモゴとして何も言えずにいると、最初に聞いたラムの言葉で安心したらしい彼女は、ぱっと表情を明るくさせた。


「服装全然違うからすぐ分からなかったの。ごめんなさい、遅くなって。でも、あたしもさっき電車が着いたところだったから許してね?」

「え?いや、ちょっと、」

「ご飯もう食べちゃった?あたし、まだなの。一緒に行きましょっ」


 女の子が着るクラシカルなロリータ調のワンピース、その背中に付いた大きめのリボンを楽しげに揺らして彼女はラムの前を歩き出す。

 咬み合わない会話にクエスチョンマークを頭上にチラつかせていると女の子はクスクスと笑い出した。


「ラムさんはここ初めてだもんね。あまり覚えてないでしょ?ここが何処で、あなたを知るあたしが一体何者なのか」


 ラムの疑問点をずばり突いてくるその発言に反射的に頷いた。女の子は得意げな顔をさせて言葉を続ける。


「ここはね、物語を終えた者達の集まる街」

「物語を、終えた…?」

「そう。生きた人間で言うあの世とか、天国って感じかな?物語のその後が始まればここは始発駅に変わるけど、大体の登場人物達からすればここは“終着駅”」


 その言葉とほぼ同時に、頭上で列車の汽笛が鳴る。空に突き出た路線の1本が激しく軋み、列車がその上に器用に滑り込んだ。

 ジェットコースターがトップスビードで滑り込むように、しかし重力に逆らって徐々に速度を下げながら、地上で待ち構える駅にその列車は吸い込まれていく。その姿をラムと女の子は立ち止まり、見えなくなるまで目で追いかけた。列車が完全に止まったところで女の子は「ほらね?」と得意げにラムに笑いかけてくる。


「記憶が曖昧かもしれないけど、ラムさんはね、あたしが出ていた物語の脇役さん。続編での新キャラさんで、街にあたしより先に戻るようだから待っててねって言ってたの、覚えてないかな?」


 列車からは時系列の異なる服装をしたあらゆる物語の登場人物が降りてくる。その様子をまじまじと見つめるラムの意識を戻すため、彼女は一度繋いでいた手をぱっと離す。

 それに気付いたラムが顔を向けると猫耳つきのベレー帽を頭から外し、礼儀正しくラムに向けて女の子が手を差し出していた。


「こっちでははじめまして!名前は郁って言うよ。物語の中では日本人でちょっと厨二を拗らせたメイド喫茶の店員で吸血鬼って設定。こっちでは、まぁ、年相応な普通の人間、って感じかな?」


 よろしくね、と明るい言葉で挨拶を締めくくり、郁は再び自分からラムの手を握る。

 そうしてラムの痛みなど知りもせず、郁と名載った女の子は握り締めた手を元気一杯にぶんぶんと上下に振った。


16.03.05

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