月は太陽の裏返し

雨後の筍

転生神の憂鬱

 私は輪廻転生を司る神だ。

 基本的には毎日、天寿を全うするべき人間に転生トラックを突っ込ませるのを生業としている。

 今日もまたひとりの男が天寿を全うする。

 病や寿命で死ぬ人間に私が手をくだすことはない。

 彼ら彼女らは自然のままにこの世を去っていくからだ。

 だが、天寿というのはそれだけではない。

 不慮の事故や突然の病による急死などもあらかじめ定められているのだ。

 これを聴けば人間たちは憤慨するかもしれない。

 自分の死期を早くに設定され、若いうちに人生を終わらせられるなんて冗談じゃないと思うだろう。

 だが、こちらにもこちらの言い分があるのだ。

 この世では常に人間が生まれでている。

 実はここで大ニュース、世界の命の総数は常に一定だ。

 それこそ人間だけではなく、ほかの動物や、植物、虫なんかも含めてのことである。

 そんな小さな小さな生き物たちの命の枠の中で、人間は年々数を増やし続けている。

 どこにそんなバイタリティがあるのか神たる私にはとんと理解が追いつかないが、遥か昔に栄えた恐竜の豆粒並みの知能のおばかさんと比べると、確かに繁栄するのはもっともなことだとも思われるのである。

 話が逸れた。

 そんなわけで、命の総数は決まっている。

 しかし、人間の数は増え続けている。

 そこに矛盾があるのはご想像の通りだ。

 だからこそ間引きが必要だ。

 でも安心して欲しい。

 その間引きに恣意的な意図は皆無であり、全ては厳正なる抽選のもとに生まれついた時から定められた運命であるからだ。

 あなたが生まれてから成したことはあなた自体の成果であり、私の関与するところではない。

 私がするのは死期の決定だけであり、そしてそれを全うさせることだけである。

 さて、前置きが長くなったが今日天寿を全うする男の話だ。

 こいつはなかなか平凡な男だ。

 外面もする仕事も社会の平均を地で行く冴えないと称していい男である。

 だが、そんな山も谷もない人生を送ってきた男にも、今日死んでもらわねばこちらが困るのだ。

 よって男のもとにプロの転生トラック運転手を派遣した。

 彼は、今まで何人もの人間をそのドライビングテクニックにより葬り去った上で、警察を撒いて仕事を完遂する生粋のプロだ。

 彼に依頼して仕損じたことはない。

 そう、今日もそうなるはずだったのだ。

 天界の時間でいう昼下がり、件の彼から電話(便宜上そう呼ぶのが好ましい)がかかってきた。

 ひどく慌てたその声は、いつもの彼のクールさを微塵も考えさせない非常に不安を煽るものだ。

 彼は何度も噛みながらも用件を伝えてきた。

 曰く、彼がいつものごとく信号を無視して飛ぶような速度で標的の男に突っ込んだところ、とても不思議なことが起きたそうだ。

 その時のことを説明しようとすると、超スピードだとかそんなチャチなもんじゃ断じてないなにかがあったとしか説明できないそうだ。

 ただ、結論だけ言うならば、男はトラックを回避し、何事もなかったかのように出勤したという。

 何を馬鹿な、私は最初にそう思った。

 彼のドライビングテクニックの凄まじさは私も知るところだ。

 その激しさはたとえ日中であっても警察の追っ手を撒き、確実にひき逃げを成立させてきたところからもわかるというものだ。

 だからもう一度だけ私は彼に告げた。

 なにか間違いがあったのかもしれない、もう一度実行してきなさい、と。

 彼はどこか怯えた声を出しながら電話口から離れた。

 多分今まで一度も失敗したことがなかったから、ひどく動揺しているのであろう。

 この仕事が終わったならば、飲みにでも誘って慰めてやらねばと私は名案を思いつくのであった。

 しめしめ、今宵はどんな酒を飲もうかと悦に浸っていると、彼からの電話がまたかかってきた。

 曰く、あれはなにかの化物だ。あんなものが存在していいはずがない。でも自分にはどうすることもできない、とのことだ。

 私の声は震えていたのだろうか。

 話を聞けば、一度二度のトライではなかったらしい。

 彼の運転から連続して逃げ切るとはそれこそ尋常ではない。

 彼は一人でトラックを同時に3台も運転するような凄腕のドライバーだ。

 しかも一台一台が空を飛ぶ。

 そんな攻勢をくぐり抜け生存するとはどれだけ生き意地の張った畜生であろうか。

 自分さえ生きられれば後から生まれてくる命はどうでもいいと言わんばかりだ。

 全く堪忍ならん。

 人の風上にもおけない男だ。

 なので、私自らが赴くことにした。

 私自らが手をくだすのは、本当に本当に久しぶりのことだ。

 いつからか私が手をくだすのはみっともない、恥ずべきことだと思っていなかっただろうか。

 もしかしたら私は思い上がっていたのかもしれない。

 人間はすべからく私の手のひらの上で踊るだけの生き物だと。

 彼らは狡猾だ。

 生まれた時から平凡であるかのように装って28年、ついにこの男も化けの皮が剥がれた。

 だが、それまでは私に何も感じさせなかったのだ。

 彼に敬意を表し、私自らがこれより出向く。

 行き先はいざ日本。

 さぁ、その化け物のような力を私に向けてみるがいい。

 激しい激しい闘争になろうとも最後にはその首刈り取ってみせる!




 なんて言ってた時期もあったなぁ、いやぁあの頃は若かった。

 たかが数千年輪廻転生を司ってたからって調子乗ってたわ。

 この世には手を出しちゃいけないものもある。

 そのことをあの時学んだんだよなぁ。

 あの激しい昼下がり、ゆらゆらと揺れる陽炎の中に立つ男の姿は今でも思い出せる。

 あの時ほど自分を恥ずかしいと思ったことはなかったよ。

 生きているときのことは自分で決める。

 だから今は見逃してくれないか、迷惑はできるだけかけないからって、はにかみながら言われたらな。

 今のルールに転生トラックの運転手から一定時間逃れ切ったならば死期を延長する、とあるのは私の反省心からだからな。

 だが、だからこそ学ぶこともできたこともある。

 諦めるということはよくないことだ。

 生きることも殺すことも常に全力で行わなければならない。

 不屈の精神でなにごとも挑まなければならない。

 それが数万年を過ごした今の私の結論だ。

 それに気づかせてくれたあの男には感謝している。

 あれだけの力を持ちながら、生涯を平凡に生きた男よ。

 彼は確かに本気ではなかった、しかし常に全力で生きていた。

 あの激動の欠片もない生を思い出して私は時に感傷に浸る。


 そういえば、今日の太陽は皆既日食だったか……。



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