第6話 親方

 橋が壊れていて先に進めないので一人で橋を治す技術を持った親方のところへ行くことになりました




「ここだな……」


 さっきの街の出入り口で門番の人から聞いた話と、ゲームのMAPの記憶からわりと簡単にたどり着くことが出来た。


 ここは親方の家……ではなしに、いわゆるところの酒場パブである。


 ギギギーっと扉を開けて中を除く。


「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか?」


 カウンターの中に居る無個性なおじさんバーテン? が声をかけてくる。

 俺は未成年なのだが、異世界ゲーム内ルールでは酒を飲める年だから、なんの問題もなく店に入ることができた。


 キョロキョロと周りを見渡すまでもなく。

 おそらくは昼間っから飲んだくれていただろう目的の人物を発見することができた。

 カウンターの一番奥で突っ伏している。さすがにゲームとは服装は違うが――ゲームでは面倒なので全員がほぼ同じ服装で一生を過ごすが現実的にそんなことはありえないだろう――その特徴的な容姿とこの場にそぐわない雰囲気から相手が親方であると確信できた。

 迷わず俺はその人物の元へと歩みだそうとするが……。


「ちょっと……」


 とバーテンに引き留められた。


「どうかしたか?」


「いえ、カウンターは空いてますので、こちらの席はいかがでしょうか?」


「まあ、飲みにきたんじゃないといえば嘘になるが、ちょっとあの人に用があるんだよ」


「そうですか。でも、先に断わっておきますが、あまり絡んでいいことがあるとは思えませんよ」


「うん、わかってる。それでも俺は話をしたいと思ってきたんだ」


「そうですか。旅人の方ですか?」


「そんな感じだ」


「それはご苦労をおかけします」


 わりと気のいいバーテンマスターのようで、ちゃんと俺を気遣ってくれる。

 橋のことはもちろん街中の人の知る所であり、治らない原因が親方にあるのも周知のようである。

 さっきの門番もそうなのだが、マスターが悪いわけではないのにそういう態度を取られると恐縮するが、あえてそれを表に出す必要性も感じずに、俺は親方の元へ向かった。


「失礼する……」


 一応声をかけて、親方の肩を揺する。


「う~ん。おかわり……。

 濃い目で……」


 そんなことを夢うつつに呟く親方だが、見るとカウンターの上のグラスにはまだなみなみと琥珀色の液体が残っている。

 酔いつぶれているのだろうな。

 酔っ払いの相手は面倒だし、明日の朝にでも出直すか? とも考えたが、せっかく来たのだから、もう少し粘ってみることにした。


「失礼。あなたは親方で間違いないな?」


「う~ん。

 お、お酒来た?」


 と親方は体を起こし、目の前のグラスを手に取ってぐいっと一気に飲み干した。


「いい飲みっぷりだねぇ!」


 などと俺は言わない。


「少し話があるのだが、聞いてもらってもよいだろうか?」


「はあ? あんた見ない顔だね?」


「旅の途中で寄ったものだ」


「何を言いたいかはわかってるよ」


 そういうと、親方は目でマスターに合図しておかわりを要求したようだ。


「次の一杯は俺がおごろう。

 マスターそれと俺にも同じものを。ストレートじゃなくて水割りで」


 と二人分の飲み物を注文して、親方に向き直る。


「ああ、おごってくれるんなら遠慮はしないよ。

 だけど、残念ながらあんたの要望には応えられない」


「まだ何も言っていないが?」


「言わなくてもわかってるさ。

 橋を治して欲しいんだろ?

 だけどね、あたしはもう大工から足を洗うことにしたんだ」


「だけどあんたが居ないと工事が進まないらしいんだが?」


「そんなこと言う人間もいるけどね。

 別にあたしが指揮をとらなくたって代りの人間はいるさ。

 ただ、この街と隣街には居ないってだけでね」


 そういうと親方は髪をかきあげた。

 オレンジ色の少しとっちらかった巻き毛である。


「どうして、もう大工を続けていくことを辞めたんだ?」


「あんたに話して何がどうなるってんだい?」


「力になれるかもしれない」


 俺の言葉に応えるように親方は俺の顔をまじまじと見つめた。


 幼女(に見えるのだが、実際には18歳以上)だらけのこのゲームにおいて数少ない成人女性。おそらく年齢は若く見える26~8ぐらいだろう

 しかも、ボン、キュ、ボンのグラマラスボディの持ち主で、妖艶な色気の漂うお姉さんだ。

 さらに言えば、この初めのイベントをクリアしてから、足しげく親方の元に通って彼女の依頼や相談を受けて解決し、フラグを立てていくことで、ムフフイベントまで発生するという一応攻略対象のようなモブではない立ち位置のキャラクターなのである。


 だがしかし。悲しきかな、彼女が存在するのはいわゆるところの○リコン向けを謳ったゲームの中であった。

 普通のプレイヤーは誰も彼女には見向きもしない。


 完全攻略を目指す一部のプレイヤー――だが、そもそも完全攻略には異常な労力がかかるためにそれをするくらいなら、お目当てのヒロインモンスターとの複数のエンディングを見るほうへ情熱を傾けたほうがマシ――や、そういう人達向けの攻略サイトの管理人たち。

 あるいは、幼女も熟女も両方いけるようなストライクゾーンの広いプレイヤーの中で細々とした人気があっただけの不遇なキャラなのである。


 俺にしたって知識や理性では彼女に魅力があると感じるのだが、いまいち彼女とどうこうしようとは思えない。

 何故にあえて投入したのかがよくわからない謎の人物なのである。


「あたいはね、サラサっていうんだ……」


 自分の名乗りから始まり、サラサはとつとつと自分語りを始めた。

 ほぼほぼゲームと同じで知っている内容なのだが、それを言うことはできないので俺は自分の酒をちびちびと舐めながら彼女の話を聞くのであった。

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