第5話 初イベント開始

 グリスラ子とコボル子とフェアリ子と服屋に行くつもりだったがそうはなりませんでした




「じゃあ、ここで。布やら裁縫道具の店もさっき見かけたし。

 代表してグリスラ子に金を渡しておくからな。

 これだけあれば足りるだろ? っていうか、これぐらいの予算内で頼む」


「あっ、うん。十分すぎるくらいプル。

 だけど、お兄ちゃんは一緒に来ないプルか?」


「ああ、女の買い物……、まあ買い物じゃないが、服選びに付き合うのは面倒だと聞いたことがあるんでな」


 俺は、よくゲームやら異世界やらにトリップしたり転生したりするよくある主人公の例にもれず、現実世界、つまりは日本での一般生活においてさほど異性との交流経験はない。

 さほどどころかここ数年は皆無――女性と口を聞くのは血の繋がった家族か店の店員のみ――なのだが、一般教養として女性の買い物は長いと知っていて、グリスラ子達がそれに該当するかはわからないが、フェアリ子がいるのでまあ面倒くさいことになるだろうと思って、あえて付き合うのは辞退したのである。


「ええ、わたしはお兄様にお洋服を選んで欲しかったのにぃ!」


「いや、フェアリ子よ。

 それだとわくわく感がないだろう。

 俺が決めた服じゃなしに、自分で選んだ俺に気に入ってもらえるデザインの奴を着た姿をいきなりみて驚きたいんだよ」


 別に頭の中に――恋愛シュミレーションゲームみたいに――選択肢が浮かんでそこから選んだわけじゃないが、わりと優等生的な模範解答が口をついて出た。

 俺がフェアリ子に対してさして思い入れがないから、平気で嘘がつけてしまうんだろうな。


「まあ、そういうことでしたら……、仕方ありませんね。

 あとでびっくりさせてさしえあげますわ」


 と渋々納得するフェアリ子であった。


「フェアリ子ちゃんが気に入ってくれるかどうかわからないぷるけど、精一杯頑張って可愛いお洋服つくるプル!」


「でもじゃあ、兄貴はどこに行くコボか?」


「ああ、俺はちょっと明日からの予定も含めて確認するところがあるから」


「ひとりで大丈夫コボか?

 なんならあっしは別に服は無くてもいいコボし、グリスラ子先輩のお見立てに任せるつもりコボから一緒にいけるコボけど」


「うん? まあ別に戦闘になるわけじゃないだろうし、俺一人で十分だ。

 視点人物語り部である俺が居なくなるから、お前らの買い物珍道中は綴られることはないだろうが、リクエストがあれば、三人称視点、あるいは視点人物変更サイドチェンジにて描かれることもあるかも知れないからせいぜい個性をアピールする機会だと思って楽しく買い物しな」


「後半何言ってるのかわからないぷる……」


「ああ、それコボな。あまりこういう説明を作中でするのは良くないコボが……」


「いや、コボル子。そういう解説はいいから」


 というわけで、俺は三匹と別れて、一人で目的地へ向かうことにした。




 目的地というのはこの街の出入り口である。

 俺達が初めの村から来たのと反対側にある出入り口で、次の街に行く時に通るところだ。

 何も問題がなければするりと通れるはずなのだが、おそらくそういうわけにはいかないだろう。それを確認しに行くのだ。


 てくてく歩いて、街の外れまでやってくると、案の定出入り口が見えた。

 別にウォールマリアのような高い壁に囲まれているわけじゃないからここから以外からも出入りしようと思えばできるのだが、まあゲームの癖があるし出入り口があればそれを利用したくなるのは人の情である。

 わりとちゃんと便利な位置に作られているし門番も居る。


 俺は門番に声をかけた。


「別に封鎖されているわけじゃないんだな」


「旅のお方ですか?」


「まあそんな感じだ」


 初めの村では勇者扱いされていたが、その他の街などではまだ俺は知られていないというのが現時点での状況である。あえて言うことでもないし、モンスターを引き連れて歩いていたらいずれは自然と話が広まって行くのだろう。

 勇者だからといって特別扱いされることは少ないから悪目立ちするだけでメリットはさほどないのだが。


「通れることは通れますよ。

 ただし、この先の街へ行くのでしたら……」


 と、そこで門番は言葉を切る。申し訳ないというような表情を浮かべる。

 お前が悪いわけじゃなかろうと思ってしまったが、人のいい奴なのだろう。


「なにか問題でも?」


 十中八九、回答を予想しながらしらじらしく聞いてみた。


「この先に川がありまして、そこを渡らないと先へは進めないのですが、その橋が壊れてしまっているのです」


 想像通りの答えが返ってくる。一字一句を記憶しているわけではないが、ゲームでの最初のイベントと同じ状況のようである。


「修理にはどれくらいかかるんだ?」


「それが……。橋をなおすには特殊な技術が要りまして、向こうの街からも大工を派遣してもらってはいるのですが、指揮を執る親方がちょっと作業できない状況になってまして。

 工事が進まない、頓挫とんざしてしまっているのです」


「なるほど。それは困ったことになっているな」


「…………」


「…………」


 沈黙……。

 あれ? ゲームではこのあと強制的に俺に対して「こんな見ず知らずの旅人の方に頼むのもおかしな話で申し訳ないのですが、親方のところに行って様子を見て、できるのであれば工事に参加するように促してもらえませんか?」と依頼が発生するはずなのだが……。


「……」


「……」


 うーん。ゲームと現実は少々違うということか。

 だとしたら待っていたら、いずれ親方の問題が解決するなり、別の親方を連れてくるなり、違う方法で橋を架けるなりと、自然に片付くのかもしれないが。


 そもそも、その親方しか工事の指揮をとれないなどというのはゲーム的なご都合主義で現実ではおかしいのだ。それほど高い技術を使った橋ではないはずだし。


 だけど待っているだけでは時間が勿体ない。

 ここはひとつ広い心で俺から申し出ることにする。


「その親方というのはどこに住んでいる?」


「まさか、お会いになられると?」


「まあ、俺で力になれるかどうかわからんが、話を聞くだけ聞いてみようかと思う」


「こんな見ず知らずの旅人の方に頼むのもおかしな話で申し訳ないのですが、親方のところに行って様子を見て、できるのであれば工事に参加するように促してもらえませんか?」


「ああ、力になれるかどうかは約束できないが、行くだけ行ってみよう」


 と俺は門番から親方の居所を聞いて、そちらに向かうことにした。

 ただストーリーを進めるためとはいえ、あまり気乗りはしない。それは確かである。

 だが、ストーリーを進めるためにはいかなければならないのだろう。

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