第2章 3

 ソラマチの中にはレストランなどもあるけど、こういうところではフードコートのほうがいいと思うよ、と彼が言ったので、わたしはそれに従う。歩きながら彼が、ふと思いついたように言う。

「あのさ、俺たちって年が五つも離れてるじゃん。三十代くらいのカップルなら五歳差くらい、なんともないかもしれないけどさ、中学生にとって五個上なんて、おじさんにしか見えないんじゃない?」

 わたしは少しびっくりした。彼は唐突に何を言おうというのか。どこぞやのルーなにがしさんなら、「藪からスティックに!」なんて言いそうだ。

 ネタが少し古いなと思いながら、わたしは疑問を口にする。

「なんで? いきなりどうしたの?」

「いや、だって逆に俺が中学生の時は、大学生の女の人なんて、おばさんくらいに思ってたから……」

「ふーん。じゃあ今は、わたしのことがガキに見える、とか?」

「ううん、確かに最初は中学生と付き合うってどうなのかなって思ってたけど、俺は年上より年下の子が好きだし、容姿もよくて優しいし、なによりも一緒にいて楽しいから、いまの俺は本当に幸せだよ」

 彼は少しうろたえて、そわそわしながら丁寧に言葉を紡ぐ。言葉の途中で主語が変わったので分かりにくかったが、「容姿もよくて優しい」というのが、わたしのこと言っているのは明白だ。わたしは素直な言葉を受けて少し照れるけれど、それを表情に出さないよう気をつけながら言う。

「それなら、わたしと同じだよ。わたしは年上の人が好きなの。同級生の男子は、どうも子どもっぽく見えちゃってね」

「そっか、ありがとう。ちょっと不安になっちゃってね。あ、いや、信じてないとかそういうのじゃないんだよ。でも、自分に自信が持てなくってね」

 彼はそう言って、「あはは」と笑った。

 わたしは答える。

「大丈夫だよ、わたしは大好きだから」

「うん。ありがとう。本当に優しいね」

 優しいか、とわたしは彼の言葉を胸のうちで反芻する。

 優しさっていうのは嘘と表裏一体なんじゃないかな、なんて思う。

 もちろん、わたしが彼に接するときみたいに、相手のために優しく接するのが自分のためでもあるなら、それはベストかもしれないけれど、そんなことって日常生活のなかでは案外少ないような気がする。本音では相手に同意してないのに、嫌な思いをさせたくなかったり仲間はずれにされたくなかったりするから、嘘をついて同意するフリをする。それを建前なんていって正当化しているけれど、それは要するに嘘ってことなんじゃないの? それでも、やっぱりわたしはいつも嘘をつく。なんだかんだでうまく回っている人間関係に逆らって、変に波風なんかを立たせたくないから。

 我ながら欺瞞だらけの日々だ。彼と一緒にいても、ときどき不安になる。いや、彼と一緒にいるからこそ不安になるのかもしれない。でも、この不安の正体を、はっきりとは自覚できない。なにか得体の知れないモヤモヤが胸の中に渦巻く。

 わたしは、彼に恋をしているのか、あるいは恋に恋をしているのか、そこから既に納得のできる答えを持ち合わせていない。たしかに、最初は元カレと付き合っていた時の温かさを忘れられず、気の迷いみたいな形でネット彼氏を募集したのが彼との出会いだったのだ。それに関しては、恋に恋をしているのは確実だ。でも、今は違う。違うと信じたい。彼と一緒にいると何もしていなくてもただそれだけで楽しく感じるし、彼が廃スペックなところも、体型がガリガリで骨みたいなところも、全部ひっくるめて彼を受け入れているし、胸を張って好きだって言える。愛されているから、その温もりに甘えているわけではない……と思う。しかし、それでもやっぱり、愛されているとか必要とされているとかいう実感が欲しいだけだろと言われると、そうなのかもしれないとも思ってしまうことは確かだ。自分の中でどうにも引っかかってしまう、心のわだかまり。何回考えても、ぐるぐると同じ思考の繰り返しで、不安になる。彼と一緒にいるといつも、わたしは本当にここにいても良いのか自問する。

 そこでわたしはその思考を止める。彼の隣で暗い顔とか、してなかったかしらん。そう思いながら彼の顔を伺うと、特になにもないようで、少しホッとする。

 フードコートに到着したので、どこのお店の食べのもを食べようか、視線であちらこちらと物色していると、

「いや、まずはお店選びよりも、席を取らないと。お昼時だから、先に席を決めておかないと、食べ物を持ったまま何十分も、うろうろすることになるよ」

 と彼に言われて、それもそうか、と考える。こういう時、やっぱり年上の人は頼りになる。

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