第2話

 道すがら、俺は俺の推理を橘花に披露する。


「今までに一〇人の人間が【此岸征旅】に殺された。いずれの死体も身体の一部が欠損し紛失している。これは【此岸征旅】が死体から切り取って持ち去ったと考えるべきだろう。

 内訳は、まず初めの三人が頭部欠損、次の三人が両腕欠損、そしてその次の三人が両眼球の欠損。最後に小樟の身体だ。

 どうしてあいつらは一〇人を殺してそれぞれの身体の各部位を持ち去ったのか?

 俺が思うに、これは魔法兵器の製造に使うと思われる。あいつらは集めた部位をパッチワークのように継いで接いで一つの兵器を造り出すんだ。人型の神にも匹敵するような、そんな強力な兵器を」


「神?」と俺の隣で橘花が首を傾げる。「そんなのいるわけないじゃん」


「この国は魔法の国だぜ。しかも俺を除く魔法使いは霊魂を魔力としている。霊魂の存在が認められている以上、神様の一人や二人いてもおかしくはない」


「でも、誰も神様を見たことがない」


「そうさ。誰も神様を見たことがない。誰も神様を召喚したことがない。でも、霊魂の存在が認められている以上、神様は存在すると言えなくはない。神様はいるかもしれないし、いないかもしれない。そういう存在。だから、神様なんていないっていう橘花も正解だし、神様はいるんだって信じる奴も正解だ。

 つーか、そんなことはどうでもいい。別に【此岸征旅】は本物の神様を造ろうだとか召喚しようだとかは考えていないんだ。あいつらはただ造るだけだよ。神様に匹敵するような強力な兵器を。あいつらが造るのは神様じゃなく、あくまでも兵器なんだよ」


【此岸征旅】は神様なんてものは造らない。それに似た兵器を造るのだ。神様の名前を冠しているだけのただの兵器。


「死体から造るってことは、こうなんというか科学的な兵器じゃないんだよね。死体から造れる兵器ってどんな兵器なの?」


「魔法兵器だよ。魔法を出力する兵器。それも人型の兵器だね」


「人型?」


「だってそうだろ。あいつらは頭に腕に眼球に身体を集めたんだ。これらを組み合わせれば、一体の人型の兵器ができるのはすぐにわかる」


 それがそう言うと、橘花が顎に手を当てて思索に耽る。


「【此岸征旅】は頭を三つ、眼球を六つ、腕を六本、そして楠夏ちゃんの胴体を持っていった。確かに組み合わせれば人間みたいなのができる。できるけど、頭が三つあって腕が六本ある人間ってそれ何?」


「人間じゃない。神様のように強力な兵器だ。もっと言えばその兵器は神様の名前を冠し、形を模している。三面六臂の神様。思い当たる節は?」


「三面六臂……。顔が三つあって腕が六本ある神様。……あ、そうか」


「気付いたね」


「うん。阿修羅だね」


「正解。あいつらは阿修羅を造ろうとしている」


 三つの顔に六本の腕を持つ者。ゾロアスター教の教典『アヴェスター』に登場するアフラ・マズダーに対応すると言われており、古代インド神話の魔神アスラとなり、のちに仏教に取り入れられた神様。それが阿修羅。今回【此岸征旅】が造ろうとしている兵器の元ネタである。


 あいつらが造ろうとしている《阿修羅》は兵器であって神様ではない。ただ阿修羅という名で、阿修羅に似た容姿をしていて、阿修羅の性質を持っている魔法兵器である。


「あれ?」と橘花。「ちょっと待って。集めた部位を組み合わせて《阿修羅》を造るのはわかったけど、あれ? よく考えてみたら、眼球を集める必要なくない? というか、頭部を持ち去る際に眼球を刳り貫いてそれを捨てた意味は? あれ? あれれ?」


【此岸征旅】が起こした連続殺人事件。その初めの三件の被害者は頭部が欠損し紛失していた(紛失したのは【此岸征旅】が持ち去ったためだ)。


 そのうちの三件の殺人現場には頭部のない死体と眼球が転がっていて、ここから推測されることは橘花が先ほど言ったように【此岸征旅】は眼球を刳り貫き捨てて眼球のない頭部を持ち去ったということだ。でも、その後に【此岸征旅】は眼球を蒐集している。


 いらないから捨てたのではないか。なのにどうして眼球を集めた?


 橘花の疑問はきっとそう言うことだろう。


 でも、これは簡単な話だ。


「眼球が必要だったから集めたんだよ」


「だからそれならどうして頭部を持ち去ったときにわざわざ眼球を捨てたの。眼球のない、眼孔がぽっかり空いた頭部を集めるその意味は何?」


「【此岸征旅】が造ろうとしているのは魔法兵器《阿修羅》だ。つまりその兵器には科学的要素はなく魔法的要素が多分に含まれている。魔法といえば儀式だろ。あいつらは魔法兵器を生み出すための儀式をしようとしているんだ。そのためにはある行為が必要だった。――眼を入れる、っていう行為がね」


「眼を、入れる?」


「ユリウス・フリューリングを憶えているか? 俺たちが初めて交戦したあいつだ。あいつが気絶する寸前に言った言葉がある。『かいげん』って言葉だ。これは《開眼かいげん法要ほうよう》という用語の『開眼』の部分だった。そしてこの《開眼法要》がその魔法兵器《阿修羅》を生み出すための儀式の名称」


 橘花は口を挟むことなく俺の話を聞いている。俺は続ける。


「少し調べてみたが、《開眼法要》っていうのは仏画とか仏像などの完成の際におこなわれる法要――儀式のことで、《入魂式》、《魂入れ》とも言うらしい。そしてこの《開眼法要》において重要となるのが眼なんだよ。

 仏像を造る際。大部分を完成させておいて最後に点睛――眼を描き入れることにより、人の手によって造られた物としての仏像は尊い魂が入った本当の意味での仏像となる。眼を描き入れることがそのまま魂を入れるということと同義になるわけだ。《開眼法要》とは、この点睛という行為を重要視した儀式のことなんだ。

 そしてこれを今回の【此岸征旅】がやろうとしていることに当てはまれば――魔法兵器《阿修羅》を造る上でぽっかりと空いた眼孔の中に眼球を入れるという行為はとても重要ってことさ」


 だから、眼球を刳り貫いた頭部を欲した。だから、眼球を蒐集した。

 眼孔の中に眼球を入れる行為――魂を入れる行為をするために。


 言ってしまえば、《開眼法要》という儀式はその行為にこそ大きな意味があり、その行為が儀式のすべてと言っていいだろう。


「つまり、眼球は魂に相当するってこと?」


「そういうことになる」


「ふむ」と橘花が納得したような態度を執る。「とりあえず、なんとなくわかった。魔法兵器を造り出そうとしているってことは、【此岸征旅】は戦争を起こそうとしているわけだね」


「たぶんそうなるだろう。兵器を欲する理由なんて、そのくらいしか思いつかないからな」


 現在、空中国家〈日本〉と下界の世界各国は《不可侵条約》を締結しており、お互いに不可侵/不干渉の姿勢を執っている。そのため、〈日本〉は下界に攻撃を仕掛けられないし、下界も〈日本〉に攻撃を仕掛けられない。


【此岸征旅】はそんな条約を破って下界へ攻撃を仕掛けようとしているらしい。


 たとえ一組織の所業であっても、そんなことをやってしまっては世界的問題となってしまう。一組織の所業が国家を巻き込み、国を危うくしてしまう。


 公安が【此岸征旅】を危険視していたのはそのためだ。国を危機的状況に陥れる可能性がある組織。この国の脅威。だから排する必要がある。けど、公安はそんな【此岸征旅】を排しきれず、結局今に至り、とうとう俺たちなんかに頼ってきたわけだ。

 自分たちは目を付けられていて思うように動けないから、【此岸征旅】がノーマークの人間を用意する必要がある。


 だから、俺たちに白羽の矢が立った。だから、俺たちは今こうやって行動している。


 確かに初めのうちは、頼まれたから仕方なくって感じだった。なんであれ【特異生物収容所】の外へ出られるのならそれでいいやって感じだった。


 でも、それは初めの話。


 俺が【此岸征旅】を追っていたのはそもそもそうしろと公安の五瀬穂尊に言われたからである。だから、俺自身には【此岸征旅】を討つその意義がなかった。


 けれど、小樟楠夏との出会いはそれを変えた。彼女と出会い、彼女と仲良くなった。いわゆる友達という間柄になった。


 なのに、だ。


【此岸征旅】はそんな友達を殺したわけだ。せっかく仲良くなったのに、これからも仲良くしようと思っていたのに、あいつらはそれを奪った。俺の大切なものや、橘花の大切なものや、小樟の大切なものを奪ったのだ。


 赦せるはずもなく、そこから生まれるのは復讐心。


 そして、これは意義でもある。


 小樟の死は、俺に意義を与えてくれた。【此岸征旅】を追っかけて、ぶっ潰すその意義を。


 戦争を阻止するとか、魔法兵器を破壊するとか、もうそんなことはどうでもよかった。


 公安からすれば【此岸征旅】の目的を阻止してほしいところなんだろうけど、そんなことはもうどうでもよくなって俺にとってこれはもはや〝ついで〟の仕事だ。


【此岸征旅】は小樟を殺したから俺は【此岸征旅】に復讐をする。そのついでに【此岸征旅】の目的を阻止する。そう決めた。


「まあ、戦争とか何だとかそんなことはあまり俺らには関係なところだよな。俺もお前も、どうしてこうやって【此岸征旅】のいる場所へ向かっている? あいつらの目的を阻止するため? 戦争を阻止するため? 違うだろ。これは仇討だ。小樟を殺したあいつらに対する」


 俺がそう言えば、隣で橘花は同意する。


「そうだね。そうだよ。わたしたちにとって戦争なんか関係ない。戦争が起きようと起きまいと、わたしは、わたしたちは楠夏ちゃんを殺したあいつらに仕返しができればそれでいい」


 意見が同じで何よりである。


「ところで」と橘花が言う。「わたしたちは今、どこに向かっているの? 【此岸征旅】が何をしようとしているかはわかった。でも、その当の儀式とやらがどこでおこなわれるかはまだ聞いていない」


「今から言うよ。そう急かすな」


 小樟の自宅を出てどのくらい経っただろうか。


 陽はとっくに沈んでいて、もう夜だ。空には星が点在していて綺麗だった。気温は高いけど吹く風は涼しく、歩くだけで汗をかくということはない。


 そして、もう都心部から離れていて周りにあるのはビルではなく民家と田圃と畑である。もう少し歩けば民家もなくなって田圃と畑だけになることだろう。


「今でこそここ奈良県は農業に力を入れている所だが、かつては歴史的建造物や遺跡を売りにして観光地としても有名な場所だった。つまりここはそういう神聖視されている建物や場所がたくさんあるってこと。

 歴史的建造物とか遺跡っていうのは歴史的価値もさることながら魔法的価値だってあるとされている。ああいう建物や場所は残るべくして残ったもので、昔から神聖なものとして扱われてきたものが多い。そのために、そこに存在する霊魂が変質し特殊な霊魂となった。特殊ゆえにその力は強大だ。その霊魂を使えば特殊な魔法を発動させることもできるだろうし、そいつを魔法兵器に注げば強力なものができるだろう。

《阿修羅》を造るための儀式《開眼法要》がおこなわれる場所もそんな歴史的価値のある場所なんだよ。仏教に登場する阿修羅と縁がある、ね」


「てことは、今向かっている所はお寺?」


「残念ながら建物じゃない。今、俺たちが向かっているところは遺跡だよ」


「でも、阿修羅は仏教に出てくるんでしょ。仏教ならお寺でしょ?」


「確かに。ここ奈良県にある興福寺って寺には阿修羅像が安置されている。でも違うんだよ。興福寺と阿修羅の共通点は仏教という点ぐらいしかない。興福寺はただ阿修羅像を安置しているだけの場所に過ぎない。興福寺はどちらかという藤原鎌足を始めとする藤原氏とのゆかりがある寺だ」


「じゃあその遺跡ってのはどこの何?」と橘花が訊いてくる。


 辺りにはもう民家すら見えなくなってあるのは田圃と畑だけ。しかも街灯も少なくて、もう何が何だかって感じで暗い。正直なところ、周りに田圃や畑があると認識できているかも怪しい。辛うじて外灯が道を照らしてくれるからいいけれど。


「どこの何と言う遺跡かを答える前に、まず阿修羅について少し話したい」


 もったいぶるなよ、とでも言いたげな橘花の視線を無視して俺は話を続ける。


「阿修羅っていうのは帝釈天に歯向かった悪鬼神と一般的には認識されている。そして、阿修羅は正義を司る神とも言われいる。

 けれど、これには理由があるわけだよ。悪鬼神であり、正義を司る神ともされるその理由が。

 阿修羅には舎脂しゃしという妹がいた。いずれは帝釈天に嫁がせたいと思っていた妹だ。だけれども、その帝釈天は舎脂を誘拐して凌辱した。阿修羅はそれに怒り、帝釈天に戦いを挑んだ。

 阿修羅は自らの正義に従い帝釈天に戦いを挑んだんだ。けど、その結果、帝釈天に歯向かった悪鬼神とされた。阿修羅の怒りはもっともで帝釈天は罰せられるべきだったのだろう。しかし、どういうわけか仏教は妹を凌辱されその仕返しをしようとした阿修羅を悪として、女性を凌辱した帝釈天を善とした。だから阿修羅は悪であり正義である。

 で、そんな彼らはある場所に住んでいて、そこで幾度となく戦ってきたわけだよ。そのある場所ってのが――須弥山しゅみせんさ」


「須弥山?」


「そう須弥山。阿修羅や帝釈天だけじゃない。仏教伝承に登場する様々な神様が住んでいるとされる場所さ」


 仏教伝承に登場する様々な神様が住んでいる場所だけど、その中には阿修羅も含まれており、だから須弥山は阿修羅とも縁のある場所と言える。


「そして、その須弥山に相当する場所が奈良県にある。かつて明日香村は石神と呼ばれた地域――石神遺跡とも呼ばれるその場所にそれはある」


 俺は歩くのをやめて立ち止まる。立ち止まった俺を見て橘花も立ち止まった。


「あ、道がない」


 橘花がそんなことを言う。


 ずっと歩いてきた。ずっと道なりに歩いてきた。しかし、その道もここで途切れた。この先にあるのは田圃でもなければ畑でもなかった。草むらだった。背丈ほどの草が群がっていた。


 たぶんかつては田圃もしくは畑として使われていた土地なんだろうけど、田圃としても畑としても使われなくなりただの草むらと化した土地が眼前には広がっていた。

「ほら、あそこだよ」と俺は言う。


 俺の指差した方向には光があった。民家も何もないこんな所に光があった。草むらを隔てたその先に光があった。道のない所に街灯があるはずもなく、つまりあそこが――


「あそこにいるってこと?」


「そう。石神遺跡。須弥山を模して造られた須弥山石っていう石造物があった所」


 そして。


「そして――あそこに【此岸征旅】がいる」

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