第2話

 聞くに、小樟楠夏は俺たちと同じ年齢一七歳で家の事情で現在一人暮らしをしているらしい。


「あなたたちは、どこの学校なの?」と小樟に問われるのだけど、いや俺たち高校とか行ってないから。強いて言うなら【特異生物収容所】です。……でも、そんなことは言えない。


「え、あー」と俺が言いあぐねていると橘花が機転を利かせてこう言う。


「わたしたち県外から来たんだ。ここには旅で」


「へぇ、こんな何もない所に。でもなんかいいですね。旅って。えーと、二人は付き合ってるんですか?」


「つきあってる?」


「恋人同士なんですか?」


「こ、恋っ、恋人?」と橘花が声を上ずらせる。「ち、違う。違う。やだなー。楠夏ちゃん。あれだよ、わたしたちは友達?」


 なぜに疑問形なんだ? そこは友達って断言しろよ。


「そう。友達だよ。ていうか幼馴染」と俺が言う。同じ【特異生物収容所】にいた身だからあながち幼馴染ってのは間違っていないかもしれない。


「あ、なるほど」と小樟は納得。


 この小樟楠夏。セミロングの鳶色の髪で童顔で少しばかり小柄な可愛らしい女の子なのだけどどこか影がある感じがする。明るそうな外見なのに、影のある感じ。これがギャップというやつか。いや別に萌えはしないけど。


 その場で少し雑談して、橘花が言う。


「そろそろホテルを探さないと」


「あ、そうだな。ホテル見つけないと野宿だ」


「え、ホテル探しているんですか?」小樟が口を挟む。「なんなら、うち来ます? ……なんつって」


「え、いいの!?」


 小樟の冗談めいた提案に喰い付いたのは橘花だった。


「え、あー」小樟はまさか喰い付いてくるとは思ってなかったようで言葉を詰まらせるも、それでもこう言った。「ま、まあ、私、一人暮らしなんで。別に、いいですけど」


「じゃあ行く! ね。竜杜くん。いいよね?」


 橘花が俺に同意を求める。いやね。いいと言うのならそれはもちろん俺だってそれでいい。ホテル暮らしはお金がかかる。いくら大金を持っていても、浪費するのは避けたいところだし。でも、ほんとにいいのか。お邪魔になって?


「ほんとにいいのか? お邪魔して。あ、もしかしてお邪魔していいのは橘花だけで男の俺はお断り的な?」


「いえ、二人とも歓迎しますよ」


「うん。行く。行きます。お邪魔させてもらいます」


 というわけで、俺たちは小樟楠夏のお宅に泊めてもらうことになった。


―――――


 小樟の自宅は五十階建て超高層マンションの三十二階の角部屋であった。


 一人暮らしと聞いているが、どう考えたってこのマンションもこの部屋も一人暮らし用ではない。


 広かった。4LDKとか聞いたことがない。こんな所に一人で住んで、どう考えたって部屋を持て余しているわけで、だから俺と橘花は余っている一室を借り受けた。


 その部屋は洋室。使っていないだけあって特に物が置いてあるわけではない。あるのは箪笥と本棚ぐらいのものだ。本棚にはびっしりと本が並べられていた。


 つーか。小樟って金持ちなのかな。そうでもないとこんな部屋に住んでいない。しかも一人で。


 どうしてこんな広い部屋で一人暮らしをしているのだろう?


 訊こうと思ったが、これはパーソナルことなので訊いていいのだろうかと疑問に思う。下手に訊いて暗い背景があったらどうする。そう思ったのでとりあえず何も訊かないことにする。


「まあ、のんびりしてください」と小樟が言った。


 俺はこの部屋にある本棚に注目した。本棚は二つ。本はびっしり。ジャンルは小説が多いが、別に小説だけではなく雑学書やら学術書などもあった。


「本、好きなんだ?」


「まあ。……無知は憧れや期待を生みますから」


 俺は首を傾げた。えーと、だから?


「読みたいんなら、勝手に読んでいいですよ?」


 俺の怪訝な表情なんて無視して小樟がそう言った。


「あ、ああ。ありがとう」


「では、私は夕飯の用意をしますんで」


 そう言って小樟は部屋の扉を閉めようとする――矢庭に橘花が「わたしも手伝うよ」と言って橘花は小樟と一緒に部屋を出た。


 残されるのは俺。さてどうしよう。俺もあいつらを手伝うか? でも俺がいると足手まといだろうからやっぱりここは彼女たちに任せておこう。


 俺はどうする? 本を読みます。


【特異生物収容所】にいたとき、本や雑誌はあったし読んでもいた。しかし、収容所にはこれほど多くの本はなく、ジャンルも自己啓発めいたそんな内容のものばかり。


 ここまで多種多様なジャンルを揃えてあるのは興味深い。適当に一冊手に取って、読み始めることにした。


 その本は独特な文体で、内容もどこか尋常じゃなく、馬から産まれた少年が自分探しをするみたいなものだった。


 文体と物語が独特なだけあって読むのが少し大変。でも、面白いので頑張って読む。


 三分の一くらい読み進めたところでコンコンとドアをノックする音。はーい、と返事をすればドアが開き、橘花がひょこっと顔を出して「ご飯できたよ」と言ったので、俺は「そうか」と応じた。


 俺は部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る