第2話

 夕食時。


 食堂にて。俺は配膳された食事を手に身近な席に座り、食事を摂る。

 食事を摂っていると、絡まれる。


 昔からそうだった。この施設内に友達なんていない。でも、絡んでくる奴はいっぱいいた。


 それはきっと俺が特異だから。特異以上に特異だから。というか、みんな、俺のことが気持ち悪くて仕方がないらしい。いやまあ確かに気持ち悪い。自分でもそう思う。


 似合わない金髪に厳つい目つきをしたガラの悪い奴が三人、俺を取り囲む。両サイドに二人が座り、俺の背後に一人が立っている。逃げるなということか。


「化け物が、なにのうのうと飯を食ってるんだよ。お前が食うのはそんなもんじゃねえだろ」


 俺の右に座る奴が水の入ったコップを手に取り、それを俺の頭の上で傾ける。水が俺の頭を濡らす。髪から水が滴り、雫は頬を伝い顎から落ちる。


 それにしても化け物とはひどい言い種だ。まさか、化け物から化け物と言われるとは。


「ここにいるお前らだって充分化け物じゃないか。化け物だからここにいる」


 俺はそう言った。心はひどく冷静だ。だいたい、こんな場面何度も経験している。


「違うだろ」今度は左に座る奴が俺のトレーから味噌汁の入ったお椀を手に取り「俺たちはただの特異生物なんだよ。でも、お前は違う。お前は特異性とかそういうのを超越した化け物だ」


 水の次は味噌汁。味噌汁が俺の頭に降りかかる。熱い。しかも味噌臭い。


「意味がわからないな。ただの魔法使いからすれば、俺もお前らも同じ化け物だ。だから、俺とお前らは同等の――」


「つべこべうっせーんだよ!」


 刹那。後ろの奴に後頭部を掴まれ、俺はトレーに叩きつけられる。皿やお椀はひっくり返り、がらしゃんと音を立てた。痛い。


「化け物が調子に乗りやがって」


 俺は目を動かして周りを見るけど誰もこの状況から俺を助けようなんて思う奴はいないみたいで誰も彼もがこの状況を見ているだけだ。


「お前なんかムカつくんだよ。気持ち悪いんだよ。どうして生きてるんだよ。意味分かんねえんだよ」


「そうだ。お前、人間じゃねえよ。俺たち以上に人間じゃねえよ。どうしてお前は人間の形してんだよ。おかしいだろ」


「とにかくお前生きてる意味ねえだろ。死ねよ」


 ……どうして俺は生きているのだろう? 俺の生きている意味とは何か?


 しかし、俺は死にたいと思ったことはない。生きる意味がないのなら死ねばいいのだろうが、どうしてなのか死にたいとは思わない。思ったことがない。


 人はなぜ生きるのか。夢も希望もない。なのにどうして生きるのか。

 そこに世界があるからか。居場所があるからか。


 では、俺の居場所はどこにある? どこにもないではないか。


【特異生物収容所】は俺の居場所ではない。いや、居場所なのか? そもそも、居場所とは何か? 何を以て俺の居場所とするのか。


 考えて、考えて――それで答えは出ない。どんな問いにも答えはあると思っていた。しかし、いくら考えても答えの出ない問いはある。


 俺は何者だ? 俺はどうして生きている? 俺の居場所はどこにある?


 疑問を挙げればキリがなく、枚挙に遑はない。ゆえに俺は放棄する。答えのない問いには答えない。無理に答えて間違いたくもない。はっきりとした正解がわかったときにしか答えない。


 だから、俺は答えない。

 だから、俺はとりあえず生きておく。

 だから、俺は生きる意味がなくとも生きる。


 さて。


 では、とりあえずこの状況を脱することにしよう。


 俺に対して死ねと言ってきたこいつらはもしかすると俺を殺しに来るかもしれない。


 とりあえず生きておきたい俺は死ぬ気がない。殺される気もない。


 身体を起こす。起こそうとするけど、俺の頭は依然押さえられたままでどんだけ力を入れようとも起きられない。少しだけ頭は浮くけど、すぐにまた押さえつけられる。


 俺のこのざまを見て三人は嗤う。そうかそうか。そんなにおかしいか。この野郎。


 左。俺の目線の先に箸が転がっていた。左の奴がその箸を拾い上げる。

 おいおい。何をするつもりだよ。その箸で何を?


「ひっひっひ」と悪趣味な笑い声が上から聞こえてくる。眼球をギロリと動かすけど、なかなか見えない。


 ――と、不意に。


 右わき腹に違和感。痛い。痛い!


「ぅ、ぐぁあっ!」


「くくくっ。痛いか? 痛いよな」


 ぐり。ぐりぐり。右わき腹に刺さった箸を男はこねくりまわす。だから痛いって!

 俺は眼球をギロリと動かし、俺の頭を押さえつけている奴を睨みつけた。視線に気付いた男が言う。


「何だよ? 怒ったのか? 俺たちが赦せないのか? なら、刃向ってみればいいじゃないか?」


 言って、男は憎たらしく口角を上げる。俺が押さえつけられて動けないからっていい気になりやがって。


 とにかく、男の言う通り俺は刃向わなければいけない。いよいよ、俺は殺されてもおかしくない。


 でも、どうすればいい? 魔法が使えればいいんだけど、俺は普通に魔法が使えない。


 普通は、霊魂を呼吸により取り込むことで魔力を生成し魔法を発動させる。しかし、俺はその普通ができない。そもそも俺は霊魂を魔力の糧としていないのだ。俺の魔力の糧は特殊なもの。ゆえに気持ち悪がられ、化け物から化け物と言われてしまう。


 その魔力源たる物質を供給するためにはとりあえず身動きができないと意味がない。


 俺は呼吸でそれを取り込むのではなく食すことでそれを取り込むのだ。


「そういえば、左側が空いてるな」


 男がそう言って次は左わき腹に箸を突き刺す。


「ぐ、ぐぁあぅっ!」


 痛い痛い。だから痛い。


 ずっと俺を押さえつけていた男が俺の髪を掴み俺を無理矢理立たせる。髪が。髪が抜けるからやめて。


 俺はそのまま引きずられ少し開けた場所へ。目の前に二人の男。そのうちの一人が俺の顔面を殴る。


 リンチだ。これはリンチだ。


 こいつらがどうしてこんなことをしているのか? きっとこれに意味はない。こいつらはやりたいからやっている。俺を痛めつけたいからやっている。そういうものだ。


 こいつらはこうすることが一番楽しいのだ。まったく以てユーモアの欠片もない。こんなことに楽しみを見出すなど、頭が悪いことこの上ない。


 殴られる。血を含んだ赤い唾液を俺は吐き出してしまう。唾液は食堂の床に落ちる。食事をするこの場が汚れた。汚れてしまった。いや、俺が汚してしまったのか。いやいや違う。俺の所為じゃない。こいつらの所為だ。こいつらが俺を殴ったから、俺は血を含んだ唾液を吐き出し食堂の床を汚してしまったのだ。


 清潔な場所を汚すのはよくない。


 拳が再び飛んでくる。


 俺は――俺はその拳を自らの右手で受け止める。ぼごぉ、なんていう音はせず、するのはパチンという掌で拳を受け止める音。


「……っ!?」

 男は驚く。


 俺は空いている左手を伸ばす。俺は左手――左手の親指を素早く男の右目の下眼窩へ突っ込み、人差し指の方は上眼窩に突っ込む。そして俺はそのまま男の右眼球を抉り取る。視神経を引き千切り、右眼球を抉り出す。右眼球は完全に男と乖離した。


「ぐぁあああああ――っ!?」


 男はぽっかりと空いた右の眼孔を押さえて悶えていた。


 今までずっと俺の髪を掴み上げていた男がその手を離し、床に蹲っている男の方へ向かう。ついに完全に俺は自由の身。


 床には蹲っている男が一人。あと、心配そうにそれに声を掛ける二人の男。


 俺の左手には眼球が一つ。


「これ以上、この場を汚すと清掃業者の人に迷惑だから。お前らの希望通り、俺はお前らに刃向うことにするよ」


 俺はそう言って、男から抉り取った眼球を口に運ぶ。丸っこい飴玉のようなものが俺の口内に存在している。舐めても甘くはなく、血の味がするばかり。俺は口の中にあるそれを噛む。どろりとしたゼリー状のものが出てきた。少し咀嚼し、飲み込んだ。


 魔力源の供給は完了。これで少しばかりの魔法が使えるだろう。


 つまり。


 俺の魔力源は人肉だ。不特定多数の魔法使いたちが霊魂を呼吸によって取り込むことで魔法を使うのに対して、俺は人肉を食して取り込むことで魔法を使う。


 霊魂魔法に対して人喰魔法。


 俺は人喰魔法使いだ。反倫理的で、気持ちの悪い魔法使い。化け物以上の化け物だ。


【特異生物収容所】においてもこうやって煙たがられるのもわけはない。


 俺は自分の両脇に突き刺さっている箸を抜き取り捨てる。傷を魔法で治癒させる。程度の軽い傷ならば魔法で治癒が可能だ。


 一歩踏み出す。男たちに近づく。また一歩。また一歩。俺は男たちに近づいていく。


「とりあえず、言っておく。これに懲りたらここはひとまず退いてくれないかな?」


 俺はそう言ってみるが、やはりというか何というか相手方は納得してくれないらしく悶えている男を除くほかの二人は俺を射抜くように睨みつけていた。


「ふざけるなよ、てめぇ!」


 別にふざけてなんていないのに。


 男の一人がゆらりと立ち上がり殴りかかってきた。しかし、俺はそれを避ける。避けて、そして反撃。


 俺は自身の右手に魔力を込める。その右手を使い、俺は男の右腕――厳密に言えば二の腕の部分を掴み、握りつぶすようにしてその右腕を引き千切った。


「がぁああああ――ッ!?」


 右腕の切断面からどばぁっと血を噴出させながら男は痛がり、痛がり、痛みと出血で失神して倒れた。


 俺は男から引き千切った右腕を喰らう。口の中に血の味が広がり、筋張った肉の食感がある。正直なところ人肉はあまり美味しいものではない。いやまあ確かにこの世にはこんな人肉を美味いと感じる人間がいるらしいけど、そういう奴らは味覚がおかしいだけなのだ。


 たいして美味くもない男の肉を俺は喰らう。魔力のためだから仕方ない。


「お、お前!」


 三人目。最後の男が襲いかかってくる。その男は自らの右腕を獣化させ、それを振るってきた。なるほど、獣化の力がお前の特異性というわけか。


 振り下ろされる獣の右腕。その鋭い爪は俺を掻っ切る算段か。


 しかし、俺は後退してそれを躱す。獣の右腕はただ空を掻っ切る。男の攻撃が不発になったのを隙に俺はすかさず攻撃。右拳を握りしめる。魔法による強化は施してある。


 魔法により岩のように硬くなった己が拳を振る。


 拳は男の顔面を捉えた。


 頬骨やら顎の骨やらが砕ける生々しい音が炸裂。


 男は飛ばされ、背中から床に叩きつけられ、そのまま起き上がることはない。男の顔面はだいぶ変形していて見るに堪えない。痛みの所為か痙攣もしていた。醜い。


 周りの人間はただ呆然と俺を見ていた。誰も彼も俺に声を掛けてはこない。むしろ、俺を見るみんなの目には恐怖さえ混じっているように思える。いや、怖いんだろうな。きっと。


 俺に絡んできた三人は俺の目の前で悲惨な状態で横たわっている。血だらけ。汚すのはよくないと言っておきながら、俺が一番この場を汚しているじゃないか。


 首を回して周囲を見回す。みんなは一斉に一歩下がって距離を取る。気持ち悪くて恐くて怖くて、みんな俺から離れていく。


 ふと。五瀬穂尊とアルティゴス・ティフォンの言葉を思い出す。


『きみは充分強い』

『お前は強いよ。水神竜杜』


 三対一。負けたのはガラの悪い男三人で、勝ったのは俺一人。人数を考えれば三人の男の方が有利だったはずなのに。どうしてかな。勝ったのは一人で三人に立ち向かった俺だった。


 強いというのもそれはそれで恐怖の対象になるのだろう。


 ああ、なるほど。

 どうやら俺は強いらしい。

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