ダークエルフ式、攻撃魔法への傾向と対策
「つまり、ダークエルフさんたちは、コボルトの重たいハンマーの攻撃を避けるために、ビキニアーマーを開発したのですか?」
おれはミフネのふとももを凝視しながら、話を要約した。
「つまり、鎧を軽くした結果、その露出度に?」
そう言いながら、おれは反対側のふとももをも凝視した。
ミフネの着ている鎧はいわゆるビキニアーマーである。
何度も言うようだが、重要なことなので。
彼女らの鎧は、ふとももと二の腕、それから腹から腰にかけてが完全に露出する。ダークエルフにとっては、この露出度の高い鎧が最新モデルのアーマーだという。個人的にはグッドデザイン賞をあげるのにやぶさかではない。
鍛えられた筋肉の作る引きしまったラインと、それになめらかな曲線をのせる皮下脂肪、なめらかな彼女らの肌は業界用語で言うところのいわゆるぱっつんぱっつんである。そして、ボディのシルエットをけしからんばかりに強調するダークエルフの褐色の肌、じつにすばらしい。
異世界に来てよかった。
「ていっ」
「ぐはっ」
クムクムの拳がおれのみぞおちを打つ。
「なんで殴るんだよ!」
「すまん、手が自然に動いた……」
クムクムは自分の手をふしぎそうに見る。
「まあいいや、で、こいつの言うとおりなのか? お前らはコボルトに対抗するために、鎧を軽量化して、その結果、その格好になったのか?」
「いや」
ミフネは首をふる。
「べつに、鈍器の攻撃を避けるために、鎧を軽量化したからって、わざわざ下着みたいなかっこうで肌を出す必要はないだろう。常識的に考えて……」
彼女はあきれたように言った。
下着みたいなかっこうで肌を出しているダークエルフに常識を説かれるとはまさか思ってもみなかった。
「軽い鎧を作るためにダークエルフが目をつけたのは、ウッドエルフが使用していた革鎧だった。ウッドエルフはなめし革や茹でて硬化させた革を使って防具を作っていた」
「レザーアーマーとか、ハードレザーアーマーか」
おれはオンラインゲームで得た知識を思い出して言う。
「ウッドエルフと和平を結んだので、彼らから皮革の供給を受けることができたダークエルフは、革に鉄製の鋲を打ちこんで強化し、それで軽装鎧を作った。それが第二のダークエルフアーマーだ」
「なるほど、スタデッドレザーアーマーだな」
「ふん。よくわかってるじゃないか。防具の基本的な知識はあるようだな」
ナジェが多少は評価したようにおれを見る。
「なんだ。おまえ。防具の話の時だけ急にキリッとするな」
とクムクムがおれに言う。
「フフフ、見直したか?」
「いや、なんか気持ち悪い。おまえらしくないかんじだ」
クムクムが首をふる。
まともにやってもふざけていても否定されるというのはどうかと思う。
「……っていうか、わしらは異世界の知識や技術を求めて、おまえやエコー先生のような異世界人を召喚しておるのに、こっちの世界のことに詳しくても……その、なんだ……微妙だぞ」
クムクムはそう言ったので、おれはけっこう傷ついた。
「スタデッドレザーアーマーの開発で、どうにか、戦槌を回避する程度の機動性を確保した。これでダークエルフは、どうにかコボルトと互角にわたり合うようになった。負傷が完全に防げたわけではないが」
ミフネはそう言って、しぶい顔をする。
「その後、コボルトの反乱は、食事の改善をはじめとしたいくつかの待遇改善を帝国が飲むことで、どうにか講和とあいなった」
「それで、わたしらコボルトが多少、まともな扱いを受けることになった」
クムクムは一人でうんうんとうなずく。
「やはり権利は戦って勝ちとらねば」
「さて、つぎの戦争の相手は……」
ミフネはさわやかな笑顔で言う。
「ライトエルフどもだ。これはわたしの祖母の時代だな。わりと最近だ」
おれはそっと手をあげる。
「すいません。あの……戦争ばっかりしてませんか」
「ああ、うん」
「なんでライトエルフと戦争したんですか?」
「そりゃ、掠奪のためだが?」
ミフネはとくに悪びれもせず、掠奪という言葉を口にした。
話を聞いているかぎり、ダークエルフの感覚では、戦争中に敵のものをかっぱらうのはまったく悪いことではないようである。
「コボルトの反乱で帝国の財政状態が悪化したので、戦争をしようという機運が国内で高まったのだ。ウッドエルフからの賠償金の支払いも終わっていたからな。どこかに戦争をしかける必要があった」
「そ、そういうものなんですか」
「そういうものだろう」
ミフネは当然といった顔である。
「軍事国家ではしばしばあることだね」
エコー先生がぼそっとつぶやく。
「軍国主義をつづけると、軍隊がふくれあがって費用がかさむし、軍が政治力を持つから軍縮がやりづらくなる。大きくなりすぎた軍隊をもてあまして内政が悪化し、そこで解決策として戦争を選ぶことはままある」
「何を言うか、軍が強くて悪いことなど何一つない」
ミフネは不機嫌そうに反論する。
「まあ、何にせよ。ダークエルフ帝国はライトエルフ王国に宣戦布告し、その日のうちにライトエルフの土地を襲撃して占領と掠奪を行った」
「うわぁ……」とおれ。
「外交なしか」とエコー先生。
「そもそも外交の余地は無かった。ライトエルフ王国は、ダークエルフ帝国を正式な国と認めずに盗賊団の一種みたいに扱っていたからな。宣戦布告も国王に届くまでに破棄され、正式には受領されていない。なんたる侮辱であろうか」
おれとエコー先生は顔を見合わせる。
「……実質、盗賊団だったのでは」
おれは小声でエコー先生に言う。
「うん、話を聞いているかぎり、掠奪がかなり重要な収入源だよね」
「農業とかもしてたっぽいですけどね」
「帝国って言ってるけど、都市国家が掠奪をしているって感じだなあ……」
「ライトエルフ王国との戦争は、はじめは好調に思われた。先手をとったからな。ところが、そこから先は苦戦を強いられた」
不意打ちで攻撃して最初はウェイウェイしていたけどあとでボコボコにされる。まるでどっかの国の世界大戦を思わせるエピソードである。
「ライトエルフは魔法を使う」
「おっ、ファンタジーっぽくなってきた」
「おまえは何を言っとるんだ? ファンタジー?」
クムクムはわけがわからないといった顔をする。
「奴らの戦闘魔法は、当時のダークエルフにとってはまったく未知のものだった。というか、当時のダークエルフは魔法を知らなかった。でかい火球を投げつけたり、広範囲を焼き払ったりする敵に、されるがままだった」
「あー、フレイムストライクとファイアストームですね」
アイシャが楽しそうに補足する。
「破壊魔法としては原始的なアイデアですが、対抗策がないとそのまんま焼き殺されちゃうんですよね。初見殺しってやつです」
「ああ、問題は、鎧がまったく役立たなかったことだ」
「そうですねえ。鉄製のプレートアーマーを着てても、熟練魔術師のフレイムストライクを受けたら悲惨です。鎧は真っ赤に焼けてくっつきあって、中の人はつぼ焼きみたいになっちゃいます」
「アイシャ、おまえそういう話をするとき本ッ当に楽しそうだなぁ」
クムクムはあきれた顔をする。
「おまえ、幸福感と悲惨なものへの興味をごっちゃにしてないか」
「ファイアストームもすごいんですよ! 異世界人さんや」
アイシャはおれに解説してくれる。
「こっちは即死するほどの火炎ではないですが、何が起こってるかわからないでぼんやりしてると、炎につつまれて目やのどが焼けちゃうんです。悲惨ですよ。眼球に火が通ると、目のレンズがゆで卵みたいに真っ白に」
「グロいよ!」
おれは抗議した。
「おれはそういうのが苦手なんだよ!」
「まあ、しかし、それがライトエルフの魔術師と戦ったダークエルフの身に起こったことだった。わたしの曾祖母も、火炎で焼き殺されている。全身が炭化するまでに八人殺したがな……」
ミフネが遠い目で話す。
「魔法に対抗しなければならなかった。そこで、ダークエルフは武器を開発することにした、ライトエルフの魔術師が軽装なのに目をつけ、軽装の相手に対して有効な、斬撃で深く斬りつけて出血させる武器を作った」
ミフネは、クムクムがさっき倒した鎧のダークエルフを指さす。
「あの女が使っていた曲刀だ」
ダークエルフは、日本刀にそっくりな曲刀を使っていた。クムクムにぶん殴られた拍子に吹っ飛んで、地面に刺さっている。
「カタナみたいな武器だな」
「よく知ってるな。あれは打刀という。たいていの異種族はダークエルフ・サーベルと呼ぶがな。職人が非常に長時間かけて作りあげる武器で、鋭いのでとくに防具の薄い相手には効果的だ」
なるほど、薄い防具の相手にダメージを与えることを考えれば、日本刀のような武器が開発されるのもわかる。武器もまた防具に合わせてメタを張るのだ。
体格の大きいダークエルフのカタナは、人間のカタナよりもさらに大ぶりで凶悪なしろものであった。こんなのと絶対に戦いたくない。
「カタナを開発したわれわれは、さらに新しい戦法をも開発した」
「どんな戦法を?」
「裸で突っこむのだ」
「ハダカですと!」
フハッ、とおれは鼻息を吹く。
「そうだ。魔法で攻撃を受けた場合、鎧があまり意味をなさない。なら鎧を脱いで身軽にして、とにかく素早く魔術師に近づき、接近して広範囲の魔法を撃てないようにして、刀で大ダメージをあたえて切り伏せる」
ミフネはドヤ顔をする。
「つまり、身軽になって全力で突撃して敵の土手っ腹にカタナを突き刺せば、魔術師など恐るるにたらんのだ」
「ヤクザみてえ……」
「ヤクザ? なんだそれは」
「おれのいた世界の……まあ、戦士のようなものです」
「そのようなわけで、そのときのダークエルフの戦士は、服をなるべく脱ぎ、上半身裸に、布を巻いて乳の揺れをおさえるだけという姿で戦っていた。それが三段階目のダークエルフアーマーだ」
「鎧、なくなってるじゃないですか!」
ミフネは鎧の進化の歴史をえんえんと話していたわけだが、聞いていたら最終的に鎧がなくなって全裸で戦っていた。何が起こったかわからないがおれもわからない。
「ビキニアーマーはどこにいったんですか!」
「さて、ダークエルフはライトエルフと有利な条件で和平を結び、賠償金を獲得した」
「自分で襲っておいて賠償金……」
「しかしその後、また戦争が始まる」
「またですか」
「ライトエルフからの略奪品の分配や、功労の評価に不満を感じた一部が、自分たちの配下の兵や、コボルトの労働者を味方につけて、帝王に対して反乱を起こしたのだ。内乱だな。わたしの母親の時代だ」
「クーデターだね」
エコー先生はぽつりと言う。
「軍事国家は軍隊が強くなりすぎるし、軍事と政治が密着しすぎるから、内政が不安定化すると一気にクーデターが起きやすくなる」
「戦争大好きですね……ダークエルフって」
「いやあ、それほどでも。ふふふ」
ミフネは照れて、おれの頭をちょんとつつく。
「照れるところなのかなあ」
「さて、内乱だから、敵は同族である。刀を装備した軽装のダークエルフ兵と、戦槌を装備したコボルトの民兵が、おもな敵となる」
ミフネは、ここが重要なところだ。という。
「この組み合わせは、非常に厄介であった。軽装鎧を着れば、重い攻撃は避けられるが、素早い刀の攻撃は防ぎきれない、いっぽうで重曹鎧を着れば、刀は防げても戦槌に叩きつぶされる。両方をガードできる鎧が、ぜひとも必要だった」
彼女は自慢げに、自分の着ている鎧を指さす。
「そこでわれわれが開発したのが、この、おまえがビキニアーマーと呼んでいる、このダークエルフアーマーだ」
「いや、でも……」
おれは彼女の鎧をじっと見る。金属の甲板がついた胸のあたりを。
下から見ると、なかなかどうして。
「ていっ」
「ぐはっ」
またクムクムに殴られた。
「なんで殴るんだよ!」
「手が自然に動いた」
クムクムはじっと手を見る。
なんでこいつは、おれがエロいことを考えるのを敏感に察知するのか。
まさか……愛?
「ていっていっ」
「ぐはっぐはっ」
またクムクムに殴られた。2かいあたった。
「なんで二回殴るんだよ!」
「両手が自然に動いた」
クムクムはじっと両手を見る。
何度も殴られているが、手加減はしてくれているようであまりいたくない。ぷにぷにの肉球で寸止めしてくれているようである。愛かもしれなかった。
「話を戻すが、そのハレンチ鎧、けっきょく軽装鎧じゃないか」
クムクムがミフネを見る。
「カタナで斬られるだろう」
「いや、これがカタナに対して防御性能を発揮するのだ」
「意味がわからん」
「それを今から説明してやろうというのだ。……しかも、実演でな」
ミフネはぼきぼきと指を鳴らす。
カタナをさげた男が、こちらに歩いてきた。
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