獣人娘を怒らせるとっておきの方法

 「話は聞かせてもらったよ」

 背後で声がした。

 「そろそろ局部を切断するようだね」

 エコー先生が現れた。

 彼はこれまで見たことがないほどの笑顔だった。

 「なにがどう『そろそろ』なんだッ!」

 「ちんちん切るって話してたじゃないか」

 「冗談だ、先生」

 クムクムが言う。「ただの冗談だ」

 「まぎらわしいじゃないか」

 エコー先生は残念そうだ。

 「ぼくはジョークと本気を区別するのが苦手なんだ。やめてくれたまえ」

 「ダークエルフたちの鎧の話をしとったんだ」

 「鎧だって? 鎧と去勢になんの関係があるというんだ?」

 「ないってば……」

 クムクムは呆れた様子である。

 「ちんちんに執着しすぎだぞ。先生」

 「執着などしていないっ!」

 「わ、わるかった。む、忘れてくれ。冗談だ」

 「笑えないよ」

 エコー先生は不機嫌そうに言う。

 「ところで、アイシャはどこにいる? 用事を頼みたいんだが」

 「宿舎のほうに商人がたむろしててな」

 ミフネが言う。「奴らと取引するとか言ってたが」

 「あー……悪いクセ出したなあいつ」

 クムクムが面倒そうに言う。

 「当分戻ってこんぞ、エコー先生。あきらめたほうがいい」



 「話題をもどそう。ダークエルフの鎧の話だ」

 クムクムはミフネの鎧を指さす。

 「なんでそんな肌見せまくりの鎧を着ているんだ?」

 「なぜって……」

 ミフネはクムクムを見る。

 「そもそもおまえたちのせいだ。コボルトの」

 「は? どういうことだ!」

 「はるか昔は、ダークエルフはぶ厚い鋼鉄製アーマーを着ていた。それが」

 ミフネはクムクムを指さす。

 「お前らコボルト族のせいでこうなったんだ。わかったか」

 「なるほど」

 おれは深く納得した。

 「そういうことだったのか」

 「そんな説明で納得するな!」

 クムクムがおれをどなる。

 八つ当たりだと思う。

 「はしょりすぎだ! もっとくわしく説明しろ!」

 「百年前も知らないお前らにどこから話せばいいのか……」

 「そのエルフ特有の短命種族への見下しをやめろ!」

 「そういうつもりはないんだがなあ」

 ミフネは心外そうに言う。

 「ええと……じゃあ五万年ぐらい前からいけばいいか? もともと、ダークエルフはウッドエルフだった。かつて、この大陸のほとんどは森で、ウッドエルフが大陸の覇権種族だった」

 「それは知っている」

 クムクムがしらけた顔で言う。

 「エルフ中心主義の歴史観だなあ。まるで文明の全部がエルフによって作られたみたいな言い方のやつだ。ふん」

 「まあまあ、話を聞こうよ」

 エコー先生がなだめる。

 「……森に住んでいたウッドエルフたちは、掟を破った者を、南にあった岩石砂漠地帯に追放していた。ウッドエルフにとって、森のない場所に追放されることは祖先とすべての神から切り離されることだった」

 「ふーんそうか。ふーん」

 クムクムは不機嫌そうに相づちを打つ。

 種族がからむ話になると彼女はけっこう過敏なのだ。

 「追放者の多くはのたれ死にしたが、身体が強く運がいいものが生き残って、水があるところに住みかを作った。森で狩りはできなかったので、農業をした。いやおうなくウッドエルフとはちがう生き方を強いられた」

 「むすっ」

 クムクムはまだ不機嫌だった。

 「……食え」

 ナジェが無言ですすみでて、クムクムに食い物をわたした。

 それは赤いジャムのようなものがかかったパンだった。

 パンは明るい黄色だったから、たぶんトウモロコシの粉で作ってあったのだろう。ジャムのようなものには木苺のようなつぶつぶが入っていて、赤い汁がパンに染みていた。

 「…………食い物でつろうとしおって」

 クムクムはぶつぶついいながらパンを受け取り、かぶりつく。

 もぐもぐと無言で口を動かす。

 「話を続けてもいいか?」

 ミフネが言うと、クムクムはもぐもぐやりながらうなずく。

 「コロニーが発展すると、あたりで金属の鉱石が大量に手に入ることがわかってきた。追放された者たちはそれで鎧や武器をつくり、武装して、ウッドエルフたちの森に攻めこむようになった」

 クムクムはパンを食いながらうなずく。

 「攻めこんだのは復讐のため……もあっただろうが、もっと必要にかられてのことでもあった。たんに、追放者の土地では必要なものがなかったからだ。穀物が作れても肉がなかったし、薬になる植物や木材を手に入れる必要があった」

 「むー」

 クムクムは真剣な表情をしている。

 たぶん話ではなく、パンに真剣なのだと思われた。

 「やがて戦争になる……ウッドエルフとの戦いは、ダークエルフの歴史上初めての大規模な戦いだった」

 ミフネはにんまりと笑う。

 「ウッドエルフとの戦争のとき、最大の問題はウッドエルフの毒矢だった。やつらの矢毒は、たとえかすり傷でも死んだり動けなくなる強力なものだ。だから矢を完全にふせぐために、ぶ厚い鉄板で全身をおおう鎧をつくりあげた」

 ミフネは身ぶり手ぶりで、そのころの鎧の説明をする。

 ホットケーキのような厚さの鉄板で全身をくまなくおおう鎧。

 「矢が通らない鎧で身を固めて、近くまで接近して攻撃する。もちろん鎧が重たいから早く動くことはできないが、接近戦に慣れていないウッドエルフたちには有効な戦法だった」

 「プレートアーマーってやつか?」

 おれは言った。

 「よく知ってるじゃないか」

 ミフネが感心したように言う。

 「はじめてきみがまともな発言をするのを見た気がする……」

 エコー先生もおどろいた様子でおれを見る。きっと尊敬しているのだろう。

 「ふふふ」

 おれはゲームが好きだから、鎧の名前とかにはくわしいのだ。

 「しかし、いまのお前らの鎧とぜんぜん違うじゃないか。もぐもぐ」

 クムクムはパンを食いながらそう言って、手についたジャムをなめる。

 だいぶ表情がおとなしくなって、機嫌がなおってきている。

 「そこでコボルトが登場する」



 「ダークエルフがコボルトと出会ったのは、追放されたエルフたちが居住地を築いて農業をはじめたころだった」

 「うむ」

 「コボルトはその土地の原住民で、洞窟を改造した家に住み、荒野の各地に小規模な群れに分かれて暮らしていた。とくに複雑な政治体制や技術はもっていなかった」

 「野蛮人みたいな言い方をしおって」

 クムクムがパンを食べ終わり、ムッとした顔をする。

 食べ終わったところで怒るあたりがわかりやすい。

 「先住民だぞわしらは!」

 「コボルトとの関係は、はじめ交易から始まり、やがてコボルトが穀物を得るためにダークエルフの国で労働するようになり、徐々にコボルトはダークエルフの国の制度に組み入れられていくことになる」

 ミフネはクムクムの抗議を流しながら話を続ける。

 「一方でウッドエルフとの戦争も続いていた。数十回の停戦をはさみながらおおよそ五世代の間つづいた。戦況はおおむねダークエルフの有利に進んでいった」

 と、ミフネは言う。

 エルフの五世代というと、二千年か三千年ぐらいだろうか、人間の戦争とはスケールの違うケンカっぷりである。

 「ウッドエルフが撤退したら、その土地の森を伐採するか焼き払う。この戦法をくり返すことで、ウッドエルフにとって有利な森はどんどん荒れ地に変わり、われわれはそこに次々と前哨基地を建設した。掠奪した物資はつぎつぎと拠点にはこばれ、帝国が建設された」

 「ものすごい環境破壊だな……」

 エコー先生は周囲を見回す。

 ガビガビの赤土が広がる、いちめんの荒野である。

 「このへん、昔は森だったってこと?」

 「その通りだ」

 ナジェが言う。

 「このあたりの木はすべて燃やされた。製鉄のための大量の木炭。灰は肥料に」

 「気候が変わるレベルだ」

 「ダークエルフという言葉が生まれたのはそのころだ。ウッドエルフたちは、黒鉄に身をつつんで襲いかかり森を燃やすエルフをそう呼んだ」

 ミフネはいかにも自慢げに言う。

 「掠奪した物資を運ぶために、道路も建設された」

 ミフネは地面を指さす。

 俺たちが通ってきた道が、ようするに、略奪品を運ぶために使っていた道なのであった。

 「ウッドエルフとの和平が結ばれたのちには、ダークエルフの帝国は一気に人口が増え、黄金期を迎えた。コボルトから土地を購入し、コボルトに自治区を与えて内政を進めた」

 クムクムはいら立ったように身体をゆする。

 「戦後、コボルトのある部族から、巨大洞窟の所有権が購入された。その洞窟には、豊富な金属鉱脈があった。生産力が爆発的に増すことになった」

 「なにが購入じゃ! だましたくせに」

 クムクムが地団駄を踏む。

 彼女はミフネを指さし、おれの服をくいくい引っぱる。

 「こいつらひどいんだぞ! サトウキビ50束で洞窟を売らせたんだ」

 「正当な取引だ」

 ナジェは突っぱねる。

 「汚い! さすがダークエルフ汚い!」

 「……食え」

 彼女はまたパンをとりだし、クムクムに手渡した。

 クムクムはナジェをにらみながらもパンを受け取り、ジャムをぺろりとなめる。

 「また食い物でつろうと……」

 といいつつ、クムクムはパンをかじる。

 クムクムを見ていると、なぜコボルトがうまいこと騙されたかよくわかる。

 「そしてある日、コボルトの労働者が反乱を起こした」

 クムクムは真剣な表情でジャムを味わっている。

 今度から、おれも菓子を用意して彼女の機嫌が悪化したら渡すようにしよう。

 「約束通りに『休憩時のおやつが渡されなかった』という理由で、コボルトの鉱山労働者と建設労働者が組合を組織し、ハンマーを振りまわして暴れたのだ」

 ミフネは少し呆れたように言う。

 「コボルトの労働者たちは逮捕され、牢に入れられたが『牢屋のメシがまずかった』という理由で、素手で牢屋の鉄格子を破壊して脱獄した」

 「あたりまえだ」

 クムクムは当然のようにいう。

 「その後、コボルト自治区は次々武装蜂起する。第一次コボルト大反乱だ。ダークエルフは、それまで純朴で扱いやすいと思いこんでいたコボルトの真の恐ろしさを知ることになる」

 「コボルトは食い物にこだわるし、素直だから一回怒るととことん怒る」

 クムクムはジャムパンをうまそうに食いながら言う。



 「おい! てめえら!」

 大きな声がした。

 声のしたほうを見ると、鎧を着た何者かがこちらにずんずんと歩いてくる。

 そいつは何か荷物のようなものをぶらさげていた。

 よく見ると、アイシャである。

 「いやあ……どうもどうも」

 アイシャはおれたちに手を振る。

 「いちおう確認するが……こいつの連れだな?」

 鎧を着たやつが、アイシャをぐいと突きだして言う。

 仮面のついた兜をかぶっていて、顔は確認できないが、どうやらダークエルフらしかった。ミフネやナジェと同じように見上げるような大柄である。

 「ダークエルフの女だな」

 クムクムが言う。

 「あんな鎧を着て普通に歩けるのは、ダークエルフの女だけだ」

 そいつの着ている鎧は、ちょうど先ほど話していたような、頑強そうなプレートアーマーであった。全身を金属の板ががちがちにおおっているやつである。

 そうとう重いであろうことは見ただけでわかる。それに暑そうである。おれのいた世界のもので例えると、ガンダムのザクに似ている。

 「お前の言うとおり、彼女の連れだが、何か用か」

 ミフネが言う。

 「おい、説明しろ。ウッドエルフ!」

 そういって鎧の人物は、手を放してアイシャを地面に落とす。

 じゃりん、と音がする。

 「いやあ、すいまっせんね」

 アイシャはいつものへらへらした顔で、手をぱたぱたさせる。

 「賭けですよ。賭け」

 「やっぱりか……おまえなー……」

 クムクムはパンをまたかじる。

 「まだギャンブル中毒がなおらんのか」

 「ギャンブル中毒じゃないですよう、わたしは」

 アイシャは首をふる。

 依存症の人はかならず否定するとテレビで見たのを思い出した。

 「カードで賭けをやったんですよ。商人の人たちがヒマそーにお茶してたから、乗ってくるかなと思って。で、全財産ぶんどったら、ガラの悪いこの人たちが怒っちゃったんです……」

 そう言いながら、アイシャは着ていた白衣をはだける。

 大量の金貨や、腕輪らしきもの、宝石のついた装飾品が、じゃらじゃらと地面に落ちた。

 「てめえ、イカサマしただろうが!」

 「してませんよう。カードのバクチなんて、だいたい親が有利に決まってんじゃないですかぁ。運が悪かったのに怒るのはどうかって思いますよ」

 アイシャがへらへら言う。

 「ぐっ」

 鎧のダークエルフは言葉につまる。

 「だいたい、最初は勝たせてあげたじゃないですか」

 「てめえええええ! やっぱりサマか!」

 「ばれないイカサマはイカサマじゃないのです」

 アイシャは指を立ててにっこり笑う。

 「戦術です」

 「ぶっっっ殺してやる!」

 鎧のダークエルフは腰に差した剣をつかむ。

 「まあまあ、待ってくれ」

 クムクムがそれを制する。

 「こいつに、ものを返すよう説得するから、穏便に済ましてくれんか」

 「それだけじゃねえんだよ!」

 ダークエルフは怒鳴る。

 「こいつ、ここの経営者を毒針で刺しやがったんだッ!」

 「……は?」

 おれたちはいっせいにアイシャを見た。

 「だって、わたしに賭で負けて、ここの権利書をとられたからって、キレて暴れるんですもん……」

 そう言いながら、アイシャは胸のあいだから丸めた紙をとりだす。フジコちゃんかよ、とすこし思った。

 紙に書かれていることはおれには読めなかったが、契約書のたぐいなのは確かなようであった。

 「だから、この隊商宿はもうわたしのものなのです」

 「そりゃ……暴れるわ……」

 クムクムがあきれた調子で言う。

 口のまわりにジャムがついているから、緊張感がない。

 「で、毒針で刺したのか。殺したのか?」

 ミフネが楽しそうにげらげら笑う。

 「いや、殺ってはないっす。ほっとけば治ります。三日ぐらいしたら、まあ、一人でトイレに行くぐらいはできるようになると思います」

 アイシャはニコニコして言う。

 「こっちのダークエルフさんはですね。わたしがそいつを刺したら、こう、襲ってきたんですけど、ガチガチの鎧を着てるから、毒針が刺せなくて、捕まっちゃったわけです」

 ミフネとナジェはゲラゲラ笑う。笑うところではないと思うのだが、戦闘民族だけあって、笑いの琴線がだいぶ違うようであった。

 「ははは、ウッドエルフの武器はフルアーマーに対抗策がないからな」

 「そりゃ、森の動物は鎧なんか着ませんからねえ……」

 「それもそうか」

 ミフネはますます笑う。

 「笑うんじゃねえ!」

 ダークエルフは言う。もっともである。

 「アタシはここの隊商宿の用心棒なんだよ! 雇い主を毒針で刺されてそう簡単に済ませられるかッ!」

 「いや、この隊商宿はもう私のですから、あなたの雇い主は私っす」

 アイシャはダークエルフを指さす。

 「クビっす」

 「ぶっ殺す!」

 ダークエルフはついに剣を抜いた。

 ダークエルフの剣は、驚いたことに日本刀にわりと似ていた。

 柄の部分は西洋風の無骨な作りだが、刀身は片刃で、ゆるやかに反っていて、日本刀にかなり近い曲刀である。金属加工の技術が発達しているというのも、あながち間違いではないようだ。

 「いやあ、アイシャさん絶体絶命ですなあ」

 アイシャはまだへらへらしている。サイコパスじゃねえのかこいつ。

 


 「待て待て待て!」

 クムクムが食いかけのパンを持ったままアイシャにかけよる。

 「ちょっと待ってくれ、もうちょっと話しあおうじゃないか。な?」

 「そうそう、このコボルトの女の子の言うとおりです!」

 アイシャはぱちんと手を叩く。

 「アイシャはもうだまっとれ!」

 クムクムはアイシャを小突く。

 「とにかく悪かった。話しあおう」

 「もう遅い! 話しあいをする気はあったが、こいつにまったく反省の色がないのを見て考えが変わった! この悪党はこの場で斬る!」

 「ひえー」

 ダークエルフはアイシャに剣を向ける。

 はじめ悪漢かと思ったが、わりとまともな人じゃないのか、この人。

 「コボルト。おまえまで斬る気はない。どけ」

 「ま、待つんだ。もぐもぐ」

 クムクムはパンをかじる。

 「こんな状況でコーンジャムパンを食うなッ!」

 ダークエルフは非常にもっともなことを言い、剣を一閃した。

 クムクムのパンは途中でスパッと切れ、上半分がぽろりと落ちた。

 「あ……」

 クムクムは地面に落ちたパンを見る。

 「あーあ、ジャムを下に落ちちゃいましたねえ……」

 アイシャが言う。



 「…………」

 クムクムはくるりときびすを返し、アイシャから離れて、おれたちのほうに戻ってくる。

 「ありゃー。クムクムさん」

 アイシャがクムクムを見ている。

 「……ふん、仲間からも見捨てられたようだな」

 ダークエルフは勝ち誇ったように言う。

 いっぽう、こちらに歩いてくるクムクムは、無表情だった。

 「……おい、それ貸せ」

 クムクムはナジェに歩み寄って、ナジェの背中の武器を指さす。

 「なに?」

 「貸せや」

 「貸してやれ、ナジェ」

 ミフネがそう言うと、ナジェは背負っていた戦槌をクムクムに手渡す。

 戦槌、ようするに武器に使う用のハンマーである。いわゆるウォーハンマーだ。

 ナジェのそれは、おれのいた世界の工事現場で使うコンクリートハンマーに似ていた。ようするにでかいトンカチである。棒が金属で、長さがおれの背丈ぐらいあって、先の部分は赤ちゃんぐらいの鉄塊で、両側にサイの角みたいなトゲがついていることをのぞけば、だいたいトンカチとおなじである。

 「よし」

 戦槌を受け取った瞬間、クムクムの姿が消えた。


 ダークエルフがアイシャに剣を振り下ろす。

 「成敗してやるッ!」

 しかし、その剣は途中で止まる。

 クムクムの持った戦槌の柄が、剣を受け止めていた。

 「邪魔だてするなら貴様も!」

 ダークエルフが剣をふたたび振りあげる。

 クムクムは戦槌を地面につきたて、棒高跳びの容量でダークエルフの胸に飛びこむ。

 「食い物をッ!」

 ダークエルフがバランスを崩した。

 「粗末にッ!」

 クムクムは着地し、戦槌を。

 「するんじゃないッ!」

 時計回りに振りぬいた。

 「ぐっはああああ!」

 戦槌がダークエルフの脇腹を直撃する。

 敵は大きくよろめいた。鎧に大きなへこみができている。

 「食い物を粗末にするんじゃないッ!」

 クムクムは反動を利用して、振り子式に反対側からフルスイングする。

 ダークエルフの脚に直撃。ももをおおうプロテクターが皿のように割れた。

 「わしの食い物をッ!」

 親でも殺されたようなクムクムの怒号。

 「かえせーーーーッ」

 もう一撃。

 「ぐわあああああああ!」



 「あれにダークエルフは苦しめられた」

 ミフネが戦いを指さす。

 「小柄で怪力なコボルトの向こう見ずなインファイト。フルプレートアーマーは兜のせいで視界が狭くなるから、ふところにもぐり込まれてしまうと、大柄なダークエルフからコボルトはもう見えないのだ」

 ミフネの視線の先では、クムクムが鎧のダークエルフを一方的にボコボコにしていた。

 アイシャは、地面に落ちた金貨などをいそいそと拾い集めている。返す気はなさそうだ。

 「そしてあの戦槌だ。コボルトの労働者たちは、鉱山労働や建設で大型のハンマーを使い慣れていた。そして、ハンマーこそ、プレートメイルにとっては弱点なのだ」

 ミフネはおれに説明してくれる。

 「原始的な武器に思えるだろうが、ウォーハンマーなどの鈍器は、ああいった重たい板金鎧にとっては天敵だ。全身をおおっていても、鎧ごと強い力で叩きつぶされればおしまいだ。衝撃が通ってダメージを受けるし、歪んだ鎧で身動きがとれなくなることもある」

 「鎧が重たいと、大ぶりな一撃でも回避できない」

 ナジェが説明を補足する。

 「貝が石で叩きつぶされるようなものだ。防御を貫通するには、単純に力そのものが大きければいい」

 「あ、ウォーハンマーって鎧メタなんだ……」

 おれはつぶやく。

 「メタというのはよくわからんが、弱点なのは間違いない」

 ナジェが言う。

 「そんなわけで、ダークエルフの鎧は、コボルトの打撃に対抗するために大幅な軽量化を強いられることになる」

 


 いっぽう。戦闘は終了していた。

 「ふー、ふー……」

 ボコボコになって倒れたダークエルフの横で、クムクムが荒い息をしている。

 「クムクムって……魔術師…………だよな?」

 「コボルトは脳筋種族っすからね!」

 財宝を集め終わったアイシャがこちらに歩いてくる。

 「戦士や格闘家に向いてると言われます。魔法使いになろうとしたクムクムさんはわりと例外ですね。インテリでもあの打撃力!」

 「何を言うか!」

 クムクムもこちらに歩いてくる。

 「ちゃんと魔法使いらしく、杖を使って戦ってるだろう」

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