されど殺りくマシンはレモン電池で動く

 「……だから警告したじゃないか」

 エコー先生はおれをにらむ。

 「言ったはずだよ」

 エコー先生はかわいい顔をしているので、怒っていてもあまり迫力はない。

 だが、その冷たいまなざしはさすがに機械だけあって、人間ににらまれているのとは違った感触のようなものがある。彼が体内に強力な兵器を内蔵していることを考えあわせると、じつに背筋が寒い。

 「もとの世界のやり方を異世界に押しつけると、ロクな事にならないって」

 「そうだそうだ」

 クムクムはエコー先生の後ろにぴったりかくれて、おれにいう。彼女の全身の毛はいままで見たことがないぐらい逆立っている。

 「お、おっしゃるとおりで」

 おれはとりあえず下手に出てみた。

 「いや、でも、誤解で」

 おれは近くで話そうと、一歩足を踏み出す。

 「せ、先生……!」

 クムクムはおびえた声を出してエコー先生にすがりつく。

 「大丈夫だ。ぼくがついてる」

 エコー先生だおだやかに言う。

 「うっ……」

 おれは言葉につまる

 「動かないでくれないか」

 エコー先生は左手をこちらに向け、ひじを通常とは逆方向に折り曲げる。人間だったら骨折か脱臼かしないと無理な動きである。開いたひじの部分から、厚みのある金属の管が、つまり銃口がこちらに向けられている。

 「サブマシンガンだ」

 エコー先生は感情のない声で言った。

 「近づいたら射殺させてもらう」

 「しゃ、射殺!」

 おれはその場で凍りついた。

 「そ、それはないんじゃないですか先生!」

 「ぼくが来た時代は……きみの時代よりも、ずっと性犯罪に厳しいんだよ……」

 「せ、性犯罪って! そんな! 誤解です! 信じてください」

 「今のところきみを信用すべき材料は多くない」

 「そんなこと言わないでくださいよ」

 おれは叫んだ。

 心が叫びたがってるんだ。

 「お尻の穴でつながった仲じゃないですかッ!」

 「え……? 尻穴?」

 クムクムが信じられないといった顔で、おれとエコー先生の顔を見比べる。

 「やめてくれ、あれはただの検査だ」

 「検査のわりに念入りだったじゃないですかっ!」

 「それはきみの主観だし、アイシャに頼まれたからやった」

 「アイシャがエコー先生に頼んであいつの尻を……」

 クムクムはどん引きしたような顔でおれを見る。

 「淫獣しかおらん……!」

 クムクムは絶望的な表情でつぶやいて、エコー先生からも少し離れた。彼女はしばらく迷うようなそぶりを見せたが、ふたたびエコー先生の影に隠れた。

 「た、たのむ、おまえ後ろに下がってくれ」

 クムクムがおれに言う。

 「その……怖いんだ。おまえが近くにいると身の危険を感じる」

 そう言われてショックだった。

 多少は仲良くなったと思っていたクムクムに拒絶されたショックは大きかった。

 「わかったよ……さ、さがっても?」

 「そうしたまえ」

 おれはゆっくりと後じさる。

 おれの心は傷ついていた。

 どうしてこうなった!

 おれの心は叫んでいた。

 どうしてこうなった!

 せっかく異世界にやってきたのに、どうして。

 異世界にやってきて女の子にモテモテ、それはおれの悲願だった。異世界でチート的に活躍したり、女の子に頼られたりするシチュエーションにあこがれていた。もとの世界の、先の見えない毎日はうんざりだった。

 しかしいざ来てみれば、ヒーロー的な役割や異世界チートをする能力は全部エコー先生が持っていっていた。おれに残っていたのは、解剖されかけたり、尻をいじられるような位置だけ。

 しばらくのあいだ沈黙がつづいた。

 「ひ……ひとつ聞いてもいいですか、エコー先生」

 「なんだね」

 「どうして……」

 おれは唾を飲む。口の中がからからだった。

 クムクムがじっとおれを見ている。

 「なんでエコー先生はハダカなんですかっ!」

 そう、エコー先生は何も着ていなかった。

 全裸である。

 彼の着ていた服は、すべてきちんとたたまれてベッドの上に重ねられていた。

 彼のすらりとした体は、ひとつの理想の体型そのものだった。足の間はつるりとして何もなかった。彼には性別がないのだ。腕からマシンガンが銃口をのぞかせていることを除けば、まるで神話の登場人物のように見える。

 「趣味ですかッ?」

 「いや、趣味じゃない」

 「趣味じゃないとすると、主義ですかッ? ヌーディストですか?」

 「どういう発想だ!」

 「お待たせしました先生! お食事の用意ができました!」

 カゴいっぱいのレモンのような果実をもって、アイシャが部屋に駆け込んでくる。

 「あれ……?」



 「チャージ用のサブユニットが背中にあるだけだ」

 エコー先生はベッドに座って言った。

 いま彼の背中は、トランクのように大きく開いている。

 開いた背中の内側から、二本のコードが伸びている。

 「脱がないと開かないんだ。これ」

 「ふ、不便ですね」

 「規格外の電源の場合。こうするしかない。共通規格の電源ならもっと簡単に充電できるんだけどね」

 そう説明するエコー先生の目つきはさっきよりだいぶ優しくなっている。すでにマシンガンはしまわれている。

 「ぼくは軍事用医療ユニットだ。いろいろな状況で活動できるよう、必要に応じて、どんな電源からでもエネルギーを得られるように造られてる。車のバッテリーや発電機でも充電できる」

 「なるほど……で」

 おれはエコー先生から伸びたコードの先を見る。

 そこには、大量の半切りにしたレモンが並んでいた。正確にレモンと同じかどうかわからないが、形やにおいはほとんどレモンである。

 それぞれの半切りレモンには金属の板が二つ突きささっていて、それぞれの金属板がコードで結ばれてエコー先生の背中につながる。

 「レモン電池ですか」

 「うん、レモン電池だよ」

 エコー先生は自嘲気味に笑う。

 「いやあ、ホムンクルスの食事風景は不思議なものですねぇ」

 アイシャは不思議そうにエコー先生を見る。

 「どうしてこれがエコー先生にとって食事になるんでしょうね」

 「アイシャ、このことは他言しないでよ」

 「わかってますよ。わたしとクムクムしか知りません……あ、あと」

 アイシャはおれを見る。

 おれはうなずく。

 レモン電池。それはレモンにある種の金属板を刺すと電気が流れるというやつだ。学校の理科の実験や、夏休みの宿題などで出てくるやつだ。正確なしくみを説明しろと言われたら自信がないが、知ってはいる。

 「なんでレモン電池で充電を……?」

 「他にどうしろと言うんだい?」

 エコー先生はかぶりを振る。

 「車のバッテリーも発電所もないこの世界で、ぼくが充電する方法の選択肢がどれだけあるんだい。亜鉛の板を用意してもらうのだって手こずったのに」

 「た、大変ですね」

 「ひどく時間がかかる。せめて硫酸が手に入ればいいけどね……」

 エコー先生は遠い目をした。

 「何を言ってるかさっぱりわからんな」

 クムクムはアイシャに言う。

 「高度な錬金術の話ですかね?」

 「うーん、エコー先生はともかく、そんなものをこいつが理解してるのか?」

 クムクムはおれを見る。

 「……さっきはわるかったな、騒いで」

 「い、いや、こちらこそ」

 どうにか、誤解は解けた。

 おれが居た世界の、つまり人間の世界のパンツの意義や、おれが言った言葉についてエコー先生に説明してもらい、どうにか納得してもらった。

 「しかし……本当に万年発情期とは、なんて淫乱な種族だ」

 クムクムはおれを見て耳を赤くする。

 彼女の基準で言うと、人間がどんな時期でも繁殖可能なのはそうとう信じがたいことらしい。

 「とにかく、この世界に住む種族に人間のやり方を押しつけるのは慎重になった方がいいよ。今回はうまく誤解が解けたが」

 エコー先生はおれを見る。

 「最悪死ぬ」

 「そうだな、先生の言うとおりだ」

 クムクムはうなずく。

 「誤解の相手がおとなしいわたしだからよかったが、ダークエルフだったら殺されてたぞ、おまえ」

 「マジで?」

 「ダークエルフは名誉を重んじるからな。プライドも高い。失礼なことをするとその場で決闘になりかねないぞ」

 「そういえば、ダークエルフの将校さんが明日には見えるそうです」

 アイシャが言う。

 「おおっ、あの巨乳だという!」

 おれは思わず口に出した。

 「すばらしい! 巨乳万歳!」

 「本人の前で言ったら殺されますよ……まあ、お休みになるとよいでしょう」

 外を見ると、夕焼けもピークを過ぎ、もう暗くなりつつある。

 クムクムがランプに火をつけた。

 黄色っぽい光が室内に満ちる。

 この世界の明かりは暗いな、とおれは蛍光灯を懐かしく思うのだった。

 「夜這いとかしたら殺しますよ。ではおやすみなさい」

 アイシャがおれのために用意された部屋に案内してくれた。

 こうしておれにとっていちばん長い一日が終わったのであった。

 明日はダークエルフの女将校と面会だ! 巨乳だ!

 懲りないおれはまだ異世界ハーレムの夢を見つづけるのだった。絶対にあきらめないぞ。おれは。

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