異世界で痴漢にまちがわれないための対策

 「……ようするに」

 クムクムは腕組みをして、こちらを睨んでいる

 「わたしにパンツを履けと言ってるのか?」 

 おれはうなずく。

 あまりにもクムクムの隠す気なさっぷりが目にあまるので、おれは彼女にパンツをはけと忠告したのである。

 度を超したラッキースケベは体に毒なのだ。

 というか、あまりに堂々と見せられていると、単にその、なんだ、困る。

 「そう、パンツはけよ」

 「そう、か……」

 クムクムは耳を真っ赤にして、こぶしをわなわなと握りしめた。

 「頭を打ったところだから、まあ、手加減はしてやる」

 「え?」

 「返事はこうだ! ていっ」

 「ぐほっ」

 クムクムのパンチがおれのボディを確実にとらえた。

 彼女の小柄な体からは想像もつかない、重いブローだった。

 「頭を殴らなかっただけ感謝することだな」

 そう言って、彼女は怒った様子で部屋を出ていった。

 「な、なぜ……」

 もっと遠回しに言うべきだったのだろうか?

 追いかけようかと思ったが、その気力はなかった。

 「話はきかせてもらいましたよ」

 アイシャが部屋の入り口から顔を出した。

 「ふられちゃいましたねえ」

 彼女は楽しそうだ。

 ということは、おれはまたろくでもないことをしたのだろう。

 「やってしまいましたねえ」

 「な、何しちゃったのかな……おれ」




 「文化講座をはじめましょう」

 アイシャは診察用のイスに座り、指を立てて言った。

 「クムクムさんは、コボルトという種族です」

 「それは聞いたから知ってる」

 「コボルトは、ライカンスロープという大きなくくりの種族のひとつです。動物と同じように毛につつまれていて、耳が大きくて、しっぽがあります。あなたが獣人呼ばわりしている人たちです」

 アイシャはなじるように言う。

 「悪気はなかったんだよ」

 「さてさて、ここからが重要なところです」

 「なに?」

 「ライカンスロープのみなさんは、体が毛におおわれてますから、エルフのように服を着て体温調節しなくても、わりと大丈夫です。寒いときは毛が逆立ったりとか、そういうのでけっこうなんとかなるわけですね」

 「それがどうしたの?」

 「つまりですね。体温調節のために服を着る必要というのはないのです」

 アイシャは先生のような口調で言う。

 「つまり、コボルトのみなさんにとって、服というのは防寒とか体の保護のためのものではないのです。もうおわかりですかね?」

 「わかんない」

 おれがそう言うと、彼女はやれやれといったしぐさをする。

 「全裸で、体に変なヒモをベタベタ貼りつけただけでこの世界にやってきた野蛮なあなたには、とうてい理解できないでしょうが、実はですね……」

 「実は?」

 おれはむっとしながら答える。

 「服というのには、体を装飾するという意味もあるのです!」

 「それぐらい知ってるよ!」

 「えっ……本当に?」

 アイシャは心底驚いたような顔をする。

 「野蛮なヒューマンの末裔にもファッションの概念が!」

 「あるよ!」

 「お、驚きました。ヒューマンは全裸で、せいぜい石で木の実を割ったり、木の枝で虫をほじくって捕まえて食べたりできるぐらいと思ってたのに……」

 「違うよ! あんたらより進んでるよ!」

 「まさかぁ」

 アイシャはけらけら笑って手を振る。

 「まあ、冗談はこれぐらいにしましょうか」

 「どこまで冗談なのかわからない」

 「まあそれは置いておいて、コボルトさんたちにとって、服はあんまり実用的なものではない。ということは、それは装飾的な意味あいを強くもつ。ということです。実用品ではないのです」

 「だから全裸でも恥ずかしくないってこと?」

 「それもあります。でも、それ以上というか、その」

 アイシャはちょっとだけ言いよどむ。

 「コボルトさんたちにとって、服は性的なものなんですよ」

 「は?」

 「服はエッチなことをするときに着るものです」

 「えっ」

 「厚着してるほどエッチです」

 「マジで」

 「まじです。コボルドにとって服を着ていることは、エルフにとって服を脱いでいることに近いです」

 驚くおれを見て、アイシャは楽しそうに笑う。

 「そういえば……」

 おれはふいに子供のころ読んだ本を思い出した。あるジャングルに住む部族では、ちょうどさっきアイシャの言ったような風習があって、服を着るのはベッドをともにするときだけなのだとか。

 「クムクムさんは体に布を巻いてますが、あれはだいたいですね……」

 アイシャは、自分のエプロンをふとももぐらいの高さにあげてみせる。

 「このぐらいの露出度にあたります」

 「ミニスカ!」

 おれは叫んだ。

 「あれ、ミニスカなんだ!」

 「ミニスカという言葉はわたしにはわかりませんが、はじめはけっこう恥ずかしがってました。でもエルフといっしょに働くので、いちおう合わせてもらってます。お互いの妥協点です」

 「文化の違いか……」

 おれは頭をかかえた。

 理屈ではわかるのだが、感覚がついていかない。腑に落ちないというやつだ。

 アイシャは楽しそうにおれの顔をのぞきこむ。

 「下半身をかくす服は、とくにエロいということになってます。それから体のラインに沿うような服は、さらに性的とされています。スカートよりズボンのほうがいやらしいそうです」

 「はぁ」

 「あなたがその、ジャージとかいう不気味な服を着たときに彼女がうろたえていたのも、そのせいです。目のやり場に困ると言ってました」

 そう言いながらアイシャはおれの着ているジャージを指さす。

 「こ、これがエロいの?」

 おれは驚いて自分のジャージを見た。

 「男のジャージが?」

 「相当らしいです。もう、変態しかそんな服着ないそうです」

 「はああ?」

 「つまり、クムクムさんの基準で言うと、あなたは全裸でこの辺をウロウロしていたようなものですね」

 「あーもう! 全裸でもダメ、ジャージでもダメか!」

 「そのジャージの前の持ち主もそう言ってましたよ」

 アイシャは何かを思い出したように言った。

 「その人がどうなったか、聞きたいです?」

 「き、聞いた方がいいか?」

 「聞くと後悔すると思います」

 「じゃあパス!」

 おれは即答した。

 全力で臭いものにフタをするのがおれの主義だ。

 イヤなものは見たくない。

 全力でイヤなものを避けて何が悪い?

 「とにかく、話をもどそう。つまり、パンツをはけって言ったからクムクムは怒ったわけだな? だな?」

 「というか……」

 「というか?」

 「コボルトの文化では、パンツって、先ほどいった理由で、服の中でもとりわけ性的とされていてですね。もう、なんといいますか、交わるときしか着ないことになってるのです」

 アイシャはちょっと顔を赤らめながら、人差し指をクロスさせる。

 「だから『パンツをはけ』は『おれと交尾しろ!』という意味になります。このシチュエーションだと、そのはずです。それもかなり強引です」

 おれは凍りついた。

 「知り合って間もない女の子に、交尾しようぜはないですよね? クムクムさん、わりとマジで『殺す』って目をしてましたよ。あの人、まだ若いしマジメだし、けっこう純真ですからね。キレると怖いです」

 「ご、誤解だ!」

 「ちなみに召喚士は、異世界から召喚した相手をどんな風にしても、罪には問われないことになっています。自分の置かれた状況を考えた方がいいですよ」

 アイシャはニヤニヤ笑って立ちあがる。

 「しかし、自分を連れてきた召喚士を手ごめにしようとするなんて、そんな異世界人初めて見ましたよ」

 「て、手籠め?!」

 小さく手を振って、彼女は出ていく。

 おれだけが残された。

 やばい、早くなんとかしないと。

 そう思った。

 最悪、殺される流れだこれ。

 「誤解だ……」

 おれはベッドから起きあがった。

 まだ打ったところが痛むが、そんな場合ではない。

 誤解を解かないと!

 おれは半ば無意識につぶやいた。

 「それでもおれはやってない」

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