異世界にまで来てジャージ着るとは

 けっきょく、おれは解剖されずにすんだ。

 クムクムは、いちおう、ぎりぎり、一年分の菓子よりもおれの命を重たく見てくれたので、おれは助かったのである。

 だいぶ迷ってたけど。


 「だめだ。死亡報告書にはサインしない」

 「ええ~、いいじゃないですか。わたしとクムクムさんの仲じゃないですか」

 「ダメだ」

 アイシャはおれのほうをじっと見る。

 「でもですね、わたしたちがいろんな世界からこうやってわたしたちに似た生命体を召喚してるのって、この世界の役に立ったり、この世界を救ってくれるなにかを探すためじゃないですか」

 「そうだな」

 「こいつが、世界救えると思いますか?」

 アイシャがおれを指さし、クムクムがおれを見た。

 「…………ええと」

 「正直に言いましょうよ。使えますか、こいつ」

 「誰にだって可能性はある」

 「タテマエはそうですね。ホンネは?」

 「正直……」

 クムクムはしばらくおれを見てから、ぷるぷる首をふる。

 「はじめてこいつを見たときに、見込み薄いなと思った」

 「でしょう」

 「このオスは、あんまり体力なさそうだし、どう考えても鎧を着て剣を持って走ったりはできまい」

 「ですね。怪物や悪党を倒すのは無理です」

 「かといって、あんまり頭の冴えたタイプでもないようだ」

 「うーん。学識がある雰囲気ではないですね。全裸ですし」

 「魔法は? お腹に変な文様が書かれてますけど」

 「この文様の意味はわたしにもわからない」

 クムクムはおれの腹に書かれた『飽きた』を指さす。

 「でも魔術的な意味なさそうだぞ? たぶん、区別のための記号かな? こいつは捕虜か奴隷だったんじゃないか。なにしろ、異世界に連れていけると聞いたらふたつ返事で行くと言ったからな」

 「なるほど。失うものがなかったのかもしれませんね」

 「こいつのいた世界は、わたしたちのいる世界よりもずっと錬金術が発達した、非常に期待できる世界だったのだがなあ。いろいろと見たことないものだらけで」


 「せめて、異世界のアーティファクトでも持ってきてくれたらよかったんですけどねえ……本でも道具でもなんでも良かったのに」

 「そのつもりだったんだが、こいつがわたしのことをロリ獣人呼ばわりしたんだ」

 クムクムはむっとした顔になり、おれを爪でつつく。

 「だから説教した。してたら時間がなくなった」

 「そんな時を忘れて説教しなくても」

 「わるいクセが出てしまった」

 「けっきょく、彼がもってきたものといえば、体中にベタベタ張りついた変な帯と、ジャガイモだけですね。またこの世界にジャガイモが増えてしまいました」

 「あの帯はダクトテープとか言うらしいが。なにかに使えないかな」

 「ジャガイモを体に貼りつけるには便利かもしれないですね」

 やれやれ、といった様子でアイシャが言う。

 彼女は白衣を脱いだ。

 おれから見ると珍しい服装だった。柔らかい革でできたホットパンツみたいなのと、スエード製のブーツをはいていた。身体のラインに合わせて複雑に縫い合わせた服のうえに、弓術用の胸当てをつけていた。ちょっと忍者っぽい。

 それがウッドエルフの民族衣装とのちに知る。

 ボディラインがわりと目立つ服だったので、ついガン見してしまった。

 「あの。いやらしい目で見ないでくれます?」

 彼女はテーブルの上に並べていたナイフや骨ノコギリを手に取り、くるくるとジャグリングをはじめた。彼女の細い指は、器用に空中のナイフをはさんで投げ上げる。

 「お尻見ないでくださいってば、あ、通じないか」

 彼女はナイフを投げた。

 ナイフはおれの首のすぐ横、布が一枚はさまるかどうかのすれすれを通り抜けた。ナイフの冷たさを感じたほどだ。ふり返ると、ナイフは背後にあった本棚の、本のすき間にちょうど突きささっていた。

 う、ウッドエルフ……怖ェ。

 「次は首に当てますよ」

 「やめろ。わたしはこいつをこの世界に連れてきた。こいつが来たいと言ったからだが、最終的にはわたしの判断だ。責任がある」



 くり返すようだが、ここまでのアイシャとクムクムの会話は、すべておれの知らない言葉で交わされている。

 だから、おれがこの会話の内容を知ったのはあとの話になる。

 そんなわけで、おれは自分がどれほど悪しざまに言われているかもろくに理解できないまま、居たたまれなく立っていた。

 どうにも間がもたないので、適当に首をかしげたり、愛想笑いをしてみたり、天井のステンドグラスをながめてみたりしていた。自分が全裸であることはなるべく考えないようにしたかった。

 二人が言い争っているあいだも、なにしろ言葉がわからないものだから、アイシャの脚や尻を見たり、あるいは、クムクムのしっぽが彼女の感情にあわせて円を描いたりするのをみていた。クムクムは服装が服装なので目のやり場に困った。

 そんな様子のおれを見て、アイシャとクムクムの二人とも、おれが無能であることをますます確信するのだった。


 「おい、異世界人」

 クムクムが日本語でおれに呼びかけた。

 異世界人というのが自分のことだとわかるまでに少し時間がかかった。こっちからみるとおれのほうが異世界人なのだ。

 「心配するな。お前が殺されることはない」

 クムクムはおれを見上げて、うなずく。

 「少なくとも、私には、ですけどね」

 アイシャが手を小さくぱたぱた振る。

 「どうせあなたなんか、外に出たらすぐヴェルグングあたりにでも殺されちゃうのです。クムクムさんも情けが仇ですよ。わたしだったら苦しまずに終わらせてあげられるのに。あなたの異世界ライフを」

 おれはアイシャを見て、それからクムクムを見る。

 「なんて言ってるのかな?」

 「知らない方がいい」

 クムクムはおれに笑いかける。


 アイシャは刃物のたぐいを片付けはじめた。

 「あ、ありがとう。クムクム」

 「よろしい」

 彼女は満足げにうなずいた。

 「まあ、おまえも根本的に悪いやつではなさそうだ。わたしのことをロリ獣人呼ばわりしたにしろ、反省してたし」

 彼女はそう言って、手をぽふぽふうち鳴らし、一件落着だとかそのようなことを言った。

 さて、いい話っぽくまとまったようだが。

 ここで忘れないでもらいたい。

 ここまでの話は、すべておれが全裸の状態で行われていることを。


 「あの……クムクムさん」

 「お、やっとさん付けになった。まあクムクムでいいけど。で?」

 「ふ、服をいただけませんでしょうか」

 「着てるじゃないか」

 クムクムはおれの体に巻きついているダクトテープを指さした。

 「いや、これはテープだから。服じゃない」

 「それは?」

 クムクムはおれの腹に書かれている『飽きた』の文字を指さす。

 「これも服のかわりにはちょっと」

 「なんで服が必要なんだ?」

 「きょ、局部などを隠したりしたいがためであります」

 おれはもじもじしながら答えた。

 「なぜ局部を隠したいんだ?」

 「そ、そう言われても」

 耳が熱くなった。非常に恥ずかしかった。

 完全に羞恥プレイだった。

 この世界にきた最初から羞恥プレイだったとも言えるし、おれの人生そのものが羞恥プレイだったとも言えるが、まあそれはさておき。

 「クムクムだって布まいてるじゃないか」

 おれはクムクムが体に巻いている布を指さす

 彼女もだいぶ裸に近いが、ダクトテープよりましだ。局部も隠れるし。

 「ああ、これか……本当は恥ずかしいんだけどな」

 「は?」

 「ここの規則で、何か布ぐらい巻けってことになってるんだ。本当はこんなの巻きたくないけど」

 「えっ」

 「なんだ?」

 「局部を隠すために巻いてるんじゃないの」

 クムクムはなぜかおれをキッと睨む。

 「そういうつもりはない」

 「よ、よくわからんが、全裸は恥ずかしいだろう」

 「え? なんでだ」

 「いろいろ見えるだろう」

 「べつにいいじゃないか、なんだこんなもん」

 クムクムはなんのためらいもなく体に巻いていた布をはずす。

 下には何も着ていない。

 「どこが恥ずかしいんだ? 言うてみい」

 「うわあああああ!」

 「そんなに布が欲しいなら、これを使え。これで好きなだけ隠せばいい」

 全裸のクムクムは、布をおれに手渡してくる。


 「えっちょ、いや、ちょっと!」

 「なんだ?」

 おれは全裸のクムクムから逃げた。

 クムクムはずんずん近づいてくる。

 「クムクムさん! 隠してください! おれが悪かったです!」

 「なぜあやまる」

 その時のおれの心境がおわかりだろうか。

 道ばたでいきなりコートの前を開けて裸を見せつけるおじさん。

 それにあったときに似ているものだった。

 あまりにも堂々と脱がれると、人は困る。

 「なにを騒いでるんだ?」

 「頼むから、それを着てください」

 「ああ、うん」

 クムクムは小首をかしげながら体に布を巻く。

 うすうす気づいてはいたが、これで確信した。

 彼女らコボルトには、裸が恥ずかしいという感覚は、ない。

 「自分たちの世界の服が欲しいということか?」

 「そ、そうです、そうなのです」

 微妙に違うのだが、これ以上話をややこしくするのがイヤだったので、おれはさかんにうなずいた。

 クムクムはやれやれといった顔をして、笑い転げていたアイシャに何か言った。アイシャは面倒そうに部屋から出ていった。

 「いまアイシャに、おまえたちの世界の民族衣装をもってこさせるから」

 「お、おれの世界の?」

 「うん」

 「あるの?」

 「おまえと同じ世界から召喚した者が着ていた服だ」

 「お、おれと同じ?」

 「そう」

 「ってことは、その人も、おれと同じように、ジャガイモを体にまきつけて、クムクムに連れられてこっちに来たの?」

 「だいたいあってるが、彼を召喚したのはわたしじゃなくて、べつの召喚士だ。くわしい事情は知らん。ジャガイモは絶対に召喚に使うけど」

 「なんで?」

 「あらゆる植物の中で、ジャガイモだけが時空を超える能力がある」

 「ふざけるな」

 「ふざけてなどおらん!」

 ほどなくして、アイシャが部屋に戻ってきた。丸めた服を持っている。

 「ありましたよ! さあ! エルフにあらぬ者よ! はやくこの奇怪な衣装を身にまとい、その百年足らずで朽ちていくあわれな肉体を隠すのです!」

 「なんて言ってるんだ?」

 「知らない方がいい」

 アイシャが服をおれに手渡す。

 それは。

 ジャージだった。

 紺色に白い三本ラインが入った、ジャージ。

 「……ひとつ聞いていいかな。クムクム」

 「わたしをバカにする内容でなければいいぞ」

 「この服の、前の持ち主は?」

 「え、死んだぞ」

 ジャージをもったおれの手が、ぴたっと止まる。

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