人対宇宙 その2

 加速魔法の消失したセーラに襲いかかる人形達。


(『激流よ。我が身に宿りこれを放て』)


 無詠唱による魔法の発動。

 背より間欠泉のように勢いのある水が噴き出る。水が推進力となり、噴射と逆方向にセーラが飛ぶ。

 さらに腕や足からの噴出を加えることで部屋の中でも、精密かつ複雑な動きを可能にした。


(奥の手を使ってしまった……!)


 この魔法は加速魔法を使用している状況で重ねがけをしたことによる超スピードで不意打ちをする計画だった。

 しかし加速魔法の消失で狂わされてしまった。

 人形を紙一重で躱しつつ、激流を当てても効果はない。


「きゃあ――!」


 悲鳴を上げる『真の神』。その視線の先には本棚に収まる百冊を超える本。どうやら、ほんの一部に水がかかったようだった。


(力の割に頭は悪いわね。悔しいけど、この力量差では濡らすことなんてできないのに。いえ、そんなことも忘れるくらいくらい自分の物に執着しているということかしら。 ……ん?)


 今、何かが頭をよぎった。それは言葉にできないが、ひらめきのようなもののような気がした。

 絶望的な状況下での錯覚かもしれないが、現状では他に打開策はなく、これにすがる。


(何に引っかかった!? これをひっくり返すようなことがあったの!? 考えろ。考えろ……)


「もう、許さない。こんな『最悪な目に合うなんてもう許さない』!」


 轟く怒りの声。


「こんな死にたくなるような目に合うなんて私が何をしたっていうのよ!」


 ヒステリックな叫びを聞き、セーラの我慢の限界を超えた。


「最悪ですって……死にたくなるですって……」


 これは最悪の行動だ。これまでなるべく相手の怒りを買わないように、怨敵を前に復讐の口上すら述べずに行動していた努力を無に帰すものだったが、それでも我慢ならなかった。


「こんなことがなんだっていうのよ! たかだがこの程度に馬鹿みたい! ……お前のせいで、私は何度も殺された。あの痛みに比べればこんな安物が少し濡れたくらいどうでもいいことよ! 全て壊してやる!」


 怒りを発しながら、しかし自分の感情を抑えようとする感覚を味わう。自分を筋書き通りの登場人物に戻そうとする、悪役令嬢に持っていない感情を奪おうとする世界の意志だ。


「うるさい! 私の宝物を傷つけておいてなんなのよ。お前もか。お前も私の宝物を捨てようとするんだ。傷つけようとするんだ。私の趣味を馬鹿にしようとするのね。家や学校の連中と同じ……これは私だけの物よ。傷つけなさい、渡さない!」


 人形を操ることも忘れ怒る。

 言葉を交互に発す両者。だがこれは会話ではない。己が感情をぶつけあうだけのものだった。


「とことこんムカつく女ね。もういい。悪役は悪役らしく無様にくたばれ!!」


 右手がセーラを向くようにかざす。開かれた掌から光り輝くエネルギー体が生じる。

 そこに宿る桁違いの力。世界をまとめて消滅させられる業であることをセーラは漠然とながら察した。


(『私の宝物』やらも壊してしまうものをためらいなく使おうとするなんて、思った以上に怒らせてしまった)


「私にはがらくたにしか見えませんが、力を振るえば宝物とやらも壊してしまうのではありませんか?」

「死ね死ね死ね!」


 既に言葉は通じなかった。光の玉はさらに大きくなる。


(これは……拙い。恐らく安全地帯なんてない規模の攻撃ね。なんとか防がないと。もし炎魔法か水魔法だったら防ぐか取り込めたのに……あ!)


 閃いた。いくつもの仮定を基にした確実性などまるでない作戦だが、思いついた。


(時間もない。仮定が合っていることに賭ける)


「『業火よ燃やし尽くせ』」

(――――――――――――)


 叫んだのは火属性の魔法の呪文だった。魔方陣が眼前に出現し、魔法が放たれる。

 対象は怨敵の『真の神』ではない。

 本棚だった。

 瞬く間にすべての本に燃え上がり、灰燼に帰すべく、炎の本領を発揮する。


「え……あ、あ、あ……あああああああああああああ!」


 眼前に広がる光景に、『真の神』は、


「やめて! お母さん、私の宝物を燃やさないで!」


 錯乱し、泣き叫ぶ狂態を晒す。発動寸前だった破壊の光は発動をキャンセルする。

 魔法では、突然のキャンセルをした場合、残った魔力が反動によって周囲に被害をもたらすこともあったが、世界の複数を滅ぼす業は危険すぎだのだろう、発動をキャンセルすれば、空間に留まらずに自分の元に還る構成だったのだろう。

 本棚へ走る『真の神』。

 床に落ちていた衣装を拾い、必死に本棚へ叩きつけ炎を消そうとする。


「どうして、炎が強すぎるの? なにか他の手を……そうだ、魔法だ!」


(今だ!)


「『激流よ。放ち全てを洗い流せ』」


 放たれる水魔法に合わせ、本棚と『真の神』の間に割り込むセーラ。

 水魔法を正面受け止める。『真の神』が放つ水魔法のに使われた魔力は強大で、セーラを抵抗なく消し飛ばす威力だった。しかし、セーラには炎魔法無効と水魔法吸収という体質があり、水魔法に宿る魔力を己が物にすることに成功した。


(どうやら仮定は正解していたようね)


 『真の神』は少し前までセーラのいた世界において、聖女に憑依していた。その過程を基に作戦を立てた。

 まず、セーラは本棚を燃やす。しかし彼女の力では一つの世界である本を燃やすということは出来なかった。

 そこでセーラは「『業火よ燃やし尽くせ』」という言葉と共に「『CG』 ――コンピュータグラフィック」の魔法を無詠唱で唱え、燃やされる本棚という映像を作った。

 これは催眠魔法のように相手に直接かけるものではなく、空間に魔法の映像を作り出し、相手に見させる魔法であり、光を視認する存在なら抵抗なく効果を及ばせることができた。

 そして、『真の神』に彼女にセーラの世界の水魔法を使わせようとした。

 もしかするとセーラの知らない世界の力で消されてしまうかもしれなかったが、先ほどまで聖女に憑依し、セーラの世界の住人として暮らしていたと考えれば、咄嗟にセーラの世界の水魔法を使うのではないかと考えた。

 冷静に考えることができれば簡単に見破れる策も相手が錯乱していたこともあり成功し、莫大な魔力――世界一個分に匹敵する力を入手することができた。


(だけど思ったより少ない)


 セーラの知る魔法を全力で使ったことにより、『真の神』の力の総量を理解した。

 改めて探知魔法を使う。以前まで漠然と自分よりも桁違いに大きいという曖昧な感知だったが、今度は莫大な存在をより正確に探知できるようになった。

 100を超える本の世界、人形の形をした世界、なによりも黒い箱ノートパソコンには200個ほどの世界があった。

 その支配する世界の数に比べて『真の神』の力は少ない。精々が世界30個分だった。これでは、300を超える世界を支配できるとは考えにくかった。


(つまり、『真の神』は世界を支配することに特化した存在ということかしら)


「嫌ああああああああああああ!」


 爆音と光がした。

 宝物を燃やされている惨状を前に感情が爆発し、それが力の暴発を引き起こす。

『真の神』の周囲が歪む。防御障壁が軋み、砕け散ろうとしていた。


(防ぎきれない!)


 世界一個に匹敵した実力を得たセーラでも防ぐことの敵わない力の奔流が放たれようとしていた。

 もはや十秒も満たない時で、防御障壁が消えるだろう。


(どうするの? このままじゃ助からない。目の前の敵を討てないまま死ぬなんて嫌だ!)


 決死の状況を打破すべく己の頭脳を最大限に使う。


(憑依……本……人形……黒い箱……部屋)


 とうとう死まで2秒を切った。より激しく防御障壁が軋み、役目を失おうとしている。


(『真の神』……支配……) 


 セーラの体が動く、ある場所を目指し、進む。具体的な考えはなかった。しかし、集めた情報を無意識に判断したのかもしれない。


「あああああああああ!!!!」


 防御障壁が消え、光の奔流が部屋を満たす。

 光が消えた時、セーラの姿はなかった。 

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