エピローグ 愛されるべき少年へ
「欲しかったものは手に入ったよ」
ゆうきは確かにそう言った。
その言葉が聞きたいがために、オレはゆうきをアイドルにしたようなものだから、そう言ってもらえて本当によかったと思っている。
オレは、どうだろうか。
いつもの車の中、ゆうきは車の中で眠りこけて辻さんは、いつも通り無言で運転をしている。オレは疲れているものの眠れず、窓の外に目をやった。
そもそもオレの欲しいものとはなんだろう。そこから考えなければならない。
散々な人生だった。
五歳の時に母親に捨てられた。ゆうきにはこうとしか説明してないけれど、オレはオレの母親を悪いと思ったことは一度もない。
母は父の愛人だった。その事実は変わらない。父には婚約者がいて、というか普通に結婚していたにもかかわらず会社の部下だった母と恋愛関係に堕ちた。いや、そう思っていたのは多分母だけだったんだろう。父はただ、子供のころから結婚すると決められた女以外とそういう関係になりたかっただけで、母に対する恋愛感情もなかった。
でも母は愛してもらえると信じていた。俺が五歳になるまでの間、ずっと。父は母を裏切って、父との愛の証だったはずの存在価値を母は見失った。
だから捨てた。
それは多分、道徳的にとかそういう考え方をするなら、許されないことだったんだろう。でも、オレとしては「それはしょうがない」という感想だった。これを聞いたのは小学校を卒業する前、ベビーシッターというのか家政婦というのか、金で雇われてオレの世話をしてくれた人が、オレを哀れに思って教えてくれたことだった。
ゆうきと出会ったのはその事実を知った一年後のこと。
図書室でガキ大将らしきものに絡まれていて、そのガキ大将の奴の声が不愉快だったので声をかけた。
見ると、絡まれている方は自分と同じような目をしていた。
ガキ大将に絡まれていることは、何とも思っていないらしい。
むしろあんな性格だからとクラスのメンバーに嫌われていたことを、ゆうきの方が憐れんでいたくらいだ。
どうしてそんな考え方ができたのかを聞くと、自分は親に愛されていないからと返答され、鼻で笑う。
「両親がいるだけましだろ」
思い出すたびに思うが、オレほど嫌な子供もいない。
達観している雰囲気がむかつくからと、自分の不幸を言いふらす子供があるか。
ともあれ、初対面から不幸自慢をして、オレたちはつるみ始めた。
オレはゆうきを自分より不幸じゃないのに不幸ぶってる人間として見下して、
ゆうきはオレを自分より不幸な人間だと見下した。
変な優越感がオレたちの友情だった。実際それで居心地はよかったし、問題があるはずもない。
しかし、その友情が成立して一年ほど経過したころ、オレは自分の考えが甘かったことを知る。
「母さんが帰ってきたんだ!」
と、嬉しそうに語ったゆうきに、違和感を覚えた。
親に愛されていないんじゃなかったか、と。本当に愛されていない人間がこんな風に笑えるものか、と。そんなことを考えて、そして結論に至った。
こいつは親が自分を愛してくれると期待をしているのだ。
だから親が帰ってきたことを喜べる。
正直に言ってしまえば滑稽だった。話を聞く限りではゆうきの親は、ゆうきに会わないように生活しているとしか思えなかったのだ。多分、ゆうきが生まれたのも若気の至りだったとかそんな言葉で片づけるような親に違いない。
それでも、ゆうきは信じている。
両親が揃って、自分と一緒に笑い合えると。そんな保証はどこにもないのに。
そこでオレはこうも考えた。
愛されるべきは、こいつだ。
親の愛を諦めて、人の愛を諦めたオレじゃなくて、ほんの少しの希望に縋り付こうとするこいつは、必ず誰かに愛されるだろう。
雲雀祐樹が愛されない世界で、オレが愛されるわけがない。
それが結論だった。
だからオレは、アイドルとしてスカウトを受けたあの日、賭けに出た。
アイドルなんて誰かに愛されなきゃいけないような仕事は、オレじゃなくてこいつがやるべきだ。
しかし、現実はスカウトをオレがされて、ゆうきがそのオマケのような形になってしまった。それでもよかった。きっかけはできた。あとはこいつが愛されるように、オレが支援してやればいい。
あれから、もう一年が経つ。
愛されるべきだった少年は、皆に愛される少年になった。
いや、あと二日で二十歳だから、少年はおかしいのか。
「……まぁ、いいか」
少年にしか見えないのだし。
大きな瞳は今は閉じられていて、くせっ毛はエアコンの風に揺れる。
幸せそうな顔で、ゆうきは眠っていた。
「オレも手に入れていいかな」
ゆうきは愛された。
じゃあ、そろそろ、オレも愛されたっていいのだろうか。
そんな戯言を考えて、目を閉じた。
【完結】YR-hunger for affection boys- 山西音桜 @neo-yamanishi
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