第十六話 たった二十日の国司さま

 元号代わって永暦元(1160)年、乱後の処理で日延べとなっていた正月の宴は、型通りの挨拶もそこそこに、兄基盛の罵声で幕を開けた。

「おい清三きよざ!なぜお前ごときが遠江守なのじゃ?そなた此度の乱、何の功があった?申してみよ!この兄の前で!ほれ申してみよ!」

 兄は此度の乱による功を以て、左衛門佐の官を賜っていたが、それには飽き足らず、かねてよりの任国淡路が、私の遠江より小さいのが気にいらなかったらしい。宴の前から酒をのんでいたとみえ、強か酔っていた。

「控えよ、基盛」

 しつこく絡む基盛兄を、一番上の重盛兄が止めたものの、基盛兄の暴走は止まらない。なおも私たち母子へ向かって大きな声で罵声を飛ばす。


「おい!何とか申せ!居眠り国司殿!」

 満座にドッと笑いが起こるが、この笑いを遮ったのは、父ではなく、母の声だった。

「基盛殿!此度のこと全て、殿のお指図にございますぞ?それに否やを申されるは、殿へのご謀反も同じ。基盛殿乱心めされたか?」

 「ご謀反」とは大げさな母らしい言い回しだが、大音声で知られた父にも劣らぬ大声での母の一喝に、さしもの基盛兄も気勢を削がれたか、小声でぶつぶつと何かつぶやきながら席へと戻っていった。


 同じ父の血を継ぐ兄弟とはいえ、重盛、基盛の二人の兄と、母時子から生まれた私と、知盛、重衡の兄弟は、ほとんど他人のような存在であった。母も違い、住む屋敷も違い、年も違い、従って話も合わなかった。一門の宴の席でもまるで敵同士が対峙するかの如く向かいあって座り、並んで親しく話した覚えはほとんどない。

 父はそうした有様を知っていながら、何もしなかった。そうした些末なことは、俺の知ったことではない、というような超然とした様子で、一門の上座を占めていた。


 母の一喝でおとなしくなっていた基盛兄だが、しばらくするとまた私に絡んでくる。

「そなた既に元服したのではなかったか?おい!そちも飲め!清三!」

 武家のしきたりでは、元服すなわち成人である。成人するということはつまり、酒が飲める、ということである。しかし私はその当時まだ十四になったばかりで、元服とは名ばかり。体つきもまだ幼く、大酒飲みの基盛兄と共に酒を酌み交わすなど無理な話であった。

「宗盛殿!なりませぬ酒など!基盛殿!お戯れが過ぎますぞ!」

 母も当然止める。しかし先ほどの母の一喝の件を根に持っている兄は収まらない。今度は矛先を母に変える。

「おお、これはこれは後添いの時子殿!そなたが清三を甘やかしておっては、碌な子に育たぬぞ!ハハハ……まあ、こうなってはもはや手遅れかな!」

 この基盛兄の言葉に笑った者がいたこと、そしてその中に父がいたことを、私は終生忘れないだろう。


 今となっては、幼い頃に実の母を喪った基盛兄が、執拗に我ら母子、特に母の庇護の下ぬくぬくと育てられているようにしか見えない私のことが気に喰わなかったのは、無理からぬことだとは思う。しかし、何をするにも母や侍女たちに囲まれ、自由の利かない生活の窮屈さを、兄たちは知らない。

 結局兄は母のぬくもりに、私は物おじしない自由さに、それぞれ嫉妬していただけなのだ。もし今、兄と酒を酌み交わせば、案外と旨い酒が飲めたかもしれない……。

 結局、基盛兄の不満を父が容れたのか、正確なところは分からないが、私はほどなく兄と任国を交替させられる羽目になった。たった二十日の遠江守だった。遠江に生まれ育った熊若の可憐な顔が浮かんで、消えた。

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宗盛醒睡記 虎尾伴内 @torao_bannai

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