第39話 シャーペンでいこう

「次、シャーペンでいこう」


「俺もうさっきシャーペン使った」


「じゃあ、佐々木、シャーペン頼む」


「えー、俺?」


「順番なんだから仕方ないだろ」


「あー…わかったよ」


 佐々木は渋々シャーペンをバーコードリーダーに当てた。

 佐々木の右肘から先がプラスチック製のシャーペンに変わる。

 実物の約5倍の大きさ。肘の部分にノックがある。


「ここを押せばいいんだよな?」


 佐々木がノックの位置を確認する。


「そうだ。外すなよ、1発きりだからな」


 さっき坂井が貴重な1発を外したため、予想外のピンチに陥る場面があった。

 

「普通に考えたら替芯とかもあっていいのにな」


「無いんだからしゃあない。考えるなよ」

 


 このゲームが始まって4日目に入った。


 僕たちは、隣のコンビニに移動した後、移動先のコンビニにいた2人の高校生と協力し、着実に★を増やしていた。 


 そのうちの一人が、今シャーペンを武器化させた佐々木だ。

 佐々木は、栃木出身の男だ。文句垂れだが、運動能力は高く、ヒウラタクロウとの戦いでもかなりの戦力となっている。

 

 「じゃあ、次は、鍵野さん、宮澤に★入れてくれ」


「わかった!」


 鍵野さんもこの4日間でだいぶ慣れてきたらしい。

 どんな気味の悪いプロデューサーが現れても、ひるまない。


「入れたよー」


 「よし、来るぞ。みんな準備してくれ」


「おーっしゃ」


 宮澤は相変わらずだ。

 アーモンドチョコの残りが少なくなってからは、若干機嫌がよくない。今は節約して、30分に1個程度で我慢している。まあそれでも、一般的なアーモンドチョコの消費量と比較するとだいぶ多いと思うんだけど。

 そもそも柳が死んだのはこいつの責任によるところが大きいのだが、全く悪びれる様子がない。むしろ、登場時から徐々に楽しそうになってきている気がする。

 こいつとは、この4日間の間、ほとんどプライベートな事は聞いていないし、聞いてもどうせ答えてくれないだろうという思いもあって、プロデューサーとの戦いの時以外はあまり会話をしていない。

 それでも、これだけ戦えば変な友情のようなものは芽生えてくる。


 この「チームの誰かの小説に1つづつ★を入れて、出てくるプロデューサーを殺す」というサイクルにもだいぶ慣れてきた。


 最初はどんな小説の文章にすればよいのか分からず、法則性などを探そうともしていた。しかし、文章の内容と出てくるプロデューサーの強さには関係がないということが分かってからは、もう適当に文章を書いて、それに★を入れることにした。


  たとえば、「鳥が空を飛んだ」という1文だけを入れて小説とし、そこに★を入れた場合、顔だけヒウラタクロウの、鳥のバケモノが出てくる。これだけは間違いない。

 しかし大きな鳥の場合もあれば小さな鳥の場合もあるし、鳥の種類についてもさまざまである。また、小さな鳥なのに手ごわかったり、大きな鳥なのにあっけなく死んだり、強さもさまざまだ。

 出現するプロデューサーの大枠は、小説によって決まるが、強さや大きさはランダムなようだ。

 

 また、「弱い上に全長15センチしかない鳥が空を飛んだ」のように、サイズや強さを指定した小説を作って★を入れた場合、すさまじく強い鳥が出てくる。どうも、一定よりも弱いことを確定させるような小説には厳しい判定が下るようなアルゴリズムがあるのかもしれない。


 誰が考えたか知らないが、本当によくできている。

 

 この、小説とプロデューサーの関係は、まだまだ検証の余地はありそうだったが、時間がないのでとにかく★を増やすことを優先とした。


 今回の宮澤の小説は「アーモンドチョコが食べたい」だった。

 相手の強さに規則性がないなら、好きな文章を書けばいいという結論に至り、宮澤が書いたのがこれだった。


 好きに書けばいいとは言ったが、本当に、思ったことそのままである。


 宮澤の小説に対する★はこれが初めてなので、どんなプロデューサーが出てくるかまだ予想できない。


 トイレのドアが開いた。


 プロデューサーだ。


 歩く樹木だった。


 太い幹が、上に行くにしたがって何度も枝分かれし、その先に葉が生い茂り、アーモンドの実が生っている。


幹の根元にはなぜか液体状のチョコレートが溜まっており、木の根はそのチョコレート から養分を吸い取るようにして生えている。


  チョコの水たまりは、それ自体に意識があるように動き、木の根も、そのチョコの存在する範囲で自由に動き、ゆっくり移動している。


 アーモンドチョコとしてではなく、 チョコの部分とアーモンドの部分が、このように分かれて出てくるというパターンもあるのだ。


 そして、最も高い位置にある枝の先にヒウラタクロウの顔があった。

 蛍光灯におでこがぶつかり、痛いのか、まぶしいのか、眉間にしわを寄せている。


 基本的にプロデューサーは、頭の部分が弱点であり、ここを狙うのが最も効率が良い倒し方だ。これは掲示板「エヘン」にも多くの書き込みがあり、恐らく間違いない。しかし、あれだけ上に顔があると、攻撃しにくい。


 どうするべきだろうか。


「あんなに高い位置に顔があったら、狙えねえ」


 佐々木が、右手のシャーペンの先をヒウラタクロウの顔に向けて狙いを定めるが、うまくいかないようで、文句を言った。


「じゃあ横に倒してみようか」


 僕はアーモンドの木に向けて走った。


 武器を持たない代わりに最も動きの速い僕が、最初に敵に向かっていくというのが僕達の戦い方だ。

 最も危険な役だが、「武器がない」という後ろめたさを、この役回りがカバーしてくれて、今の協力体制が取れている。それに、うまくいけば僕が相手を投げたり倒して抑えこんだりして動きを止め、味方の攻撃を確実に当てるサポートもできるので、戦法としてもなかなか良いと思う。

 

 木の幹に思い切りタックルをすると、全体が傾いた。

枝が揺れる。


「ぐぅううう!」

 思い切り押す。足元が液状のチョコのため、踏ん張りがききにくい。

 それでも徐々に傾きを大きくしていく。

 もう少しで、倒せそうだ。


 バチンと音がした。


「ってええ」


 肩に激痛が走る。


 何かが当たった。


 コロ、と目の端に転がるものが見えた。

 黒くて丸い。

 てけてかと光っている。

 ああ、まさにこれがアーモンドチョコだ。


 上を見ると、枝がゆさゆさと揺れている。

 その先に生るたくさんのアーモンドの実のひとつが、ゆっくりと開いていく。


 中には黒く光るものが見える。

 なるほど、あれが飛んできたのか。


 僕はとっさに後ろに退いた。


 ある程度開いたところで、「バチン」と音がして、中身が飛び出した。それが、アーモンドのチョコレートだった。


 ギリでかわした。

 チョコは地面で跳ねて転がった。


 なるほど、チョコの養分を根で吸い取って、実の中でアーモンドチョコに加工して飛ばしてくる植物のようだ。


 宮澤が転がったチョコを手に取って、口に入れた。


「おい!」


 毒でも入ってたらどうすんだ、と言う暇もなく、宮澤はそれを噛み砕いた。


「それ食べて大丈夫なの?」


 鍵野さんが聞く。


 宮澤のことなんて、心配しなくてもいいのに。

 なんだか悔しい。


 宮澤は、ゆっくり味わい、飲み込み、笑顔になった。


「うまい!」


「あっそ」


 僕は倒し方を考える。


 近づくとあのアーモンドチョコ砲で狙い撃ちにされる。

 でもこれだけ離れていたら、こっちから攻撃もできない。


「これ使お!」

 坂井がビニール傘を持ってきた。


「あーなるほどー」

 佐々木が棒読みで褒める。文句ばかり言うこいつが褒めるのは、棒読みであれ珍しいので、多分本当に感心しているのだろう。


 坂井は、ビニール傘のバーコードをリーダーで読み取る。

 右手が透明な8角形の盾になった。大きさはホンモノの傘と同じくらい。これは、防御系の武器だ。


 これを上にかざして、坂井が前に進む。


「新宅くん、こっち入って!」


「ああ」


 僕は、坂井の傘の下に入った。


 バチン、バチン、と音がするが、すべて盾に当たって跳ね返っている。


 アーモンドチョコの攻撃は上からしか来ないので、この方法ならばすべての攻撃を防ぐことができるのだ。


 弾かれたチョコを、宮澤は丁寧に拾って回っている。


「相合傘やな!」

 坂井が僕に言った。彼女もこの毎日に徐々に慣れてきているようだ。それにしても、意外と積極的な子だ。


 バチン。


 アーモンドチョコ砲が、僕の肩をかすめた。


「あぶね!」


「ほら、もっと中に入りーや」


 坂井が僕を引き寄せる。


「ラブラブだねー」


 鍵野さんが言った。


 違うんだ。これは、違うんだ。


 そう思いながらも、離れたら撃たれるので坂井さんにくっついたまま、幹の隣まで来た。


 この数日間で、僕は鍵野さんのことが、異性としてかなり気になりだしている。


 わかりやすく言えば、好きになってしまったのだ。


 2日前

「やめなよ」

 と言ったら

「わかった」

 と彼女はタバコをやめた。

 「今まで、止めてくれる人、いなかったから吸ってただけだし」

 そんな簡単にタバコはやめれるのだろうか、という疑問はあったが、それ以上に彼女が僕の一言で禁煙してくれた事が嬉しかった。

 鍵野さんの事が好きなんだな、と気付いた。


 こんな極限状態なのだから、思いを伝えればいいのに。と思う自分もいるが、怖くて何も言えない。というか、逆に距離を取ってしまう。情けない。


 この狭いコンビニの中に6人も人間がいれば、ふたりきりになる機会などほとんど無く、それもブレーキになっているのかもしれない。いや、それを言い訳にして自分の気持ちを表面に出さないようにしているのかもしれない。


 そんな中で坂井とのこの相合傘である。最悪だ。


 僕のテンションのだだ下がりなど気にするはずもなく、坂井は僕に仕事の催促をする。

「ほら、新宅くん、出番やで! これ倒して! 防御は私がやっとくから」

「……はい」


 この行き場のない怒りをぶつけるように、僕は木の幹にしがみつき、思い切り上に持ち上げた。

「ぐ…ぐぐぐぅぅううう!」

 さっきは押したから、足がすべってうまくいかなかったのだ。

 思い切り持ち上げればどうだろう?

 地中に根を張っているわけではないこのアーモンドチョコの木は、引っこ抜く動きには弱いはずだ。


 バチン、バチン、バチン、バチン。


 たくさんのアーモンドチョコが盾に弾かれている。


 防御系の武器化には、耐久性のようなものがあり、一定回数、または一定量のダメージを受けたところで、武器化が解除されてしまう。

 具体的な値や基準はわからないが、前に傘を武器化させた時には、3〜4回の攻撃で解除されてしまった。

 今回は1発1発が軽いから、長時間耐えているが、そろそろ解除されてもおかしくない。


「いけー!」

 横で坂井の声援。嬉しさ半分、気まずさ半分。


「がんばれー!」

 遠くで鍵野さんの声援。何よりも力になる。


「おおおぉぉぉ!」


 樹木全体が持ち上がった。


 そのまま、自分ごと横に倒れる。


 ガシャン、とヒウラタクロウの顔が棚に引っ掛かって、止まった。


「佐々木!」


「おー!」


 棚の上部をがしがしと噛んで動こうとしているプロデューサーの頭に、シャーペンの先の部分を押し当てる。


「これなら外さないな」


 肘にあるノックを押す。


シュッ、と黒い矢が、ヒウラタクロウの頭を貫通する。


 矢はそのまま天井に突き刺さった。


「おっしゃあ!」


 佐々木のガッツポーズとともに、アーモンドPは消え、名札が出現した。


 このシャーペンは、芯を打ち出すボウガンのような武器で、かなり強力なものだ。すでに宮澤と坂井が使用し、今佐々木が使ったので、彼らはもう武器化できない。武器化できるのは、あと鍵野さんと、もう1人だけだ。


「あれー、もう終わっちゃったの?」

 バックルームから声がした。

 紺野が出てきた。もう起きたらしい。

「私がやっつけてやりたかったのに!!」


 彼女が、このコンビニに佐々木と一緒にいた、もう1人のメンバーだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無限コンビニ・デスゲーム 近藤サトル @pinkika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ