一章

第2話ワン娘(こ)



理想を言えば、肉が食べたい。

ちゃんとした、真っ当な、動物性のものを。

この世界にも猪や鹿の類はいるのだからそれは可能なのだ。だが、罠の知識もなければ弓を持った事もない俺にそれは難しすぎた。

何より、一般的な弓は子供の腕力で引けるほど甘くはない。



クロスボウなども考えてはみたものの、どの道一から制作するだけの材料がない。ならばこそ、俺には初めから罠しか残っていなかった。しかしその罠の知識自体が曖昧。落とし穴を掘るのだってこの体では何日かかるか分からない。

まして、現代の日本ならばともかく、ここは大自然広がる中世風の田舎。わざわざ人里近くに寄りつく獣などそういない。


そして、森の中に入れば危険が多い。


子供の足ではそれほど深くまで入り込めはしないが、仮に猛獣と出くわせば言うまでもなく、ましてこのファンタジー世界には普通に魔物もいるのだ。

だから親は子供たちへ、森へは入らないようキツく言い聞かせていた。

村を出れば、そこはもう人間のテリトリーではないのだから。



だからこそ、川だ。

カニやエビ、魚ならば子供とてそう難しい獲物ではない。

それに村のすぐそばを流れているため、森との距離もある。魔物と遭遇するような事態にも陥らないだろう。幸い、水泳は前世でも得意だった方だ。



勿論、この小さな体で油断するつもりはない。

それどころか、それほど深い場所や流れが速い場所に行くつもりはない。今は浅瀬にいるカニ等をターゲットにしているのだから問題もない。

何より、少なくともここの川に魔物はいないとの事。


「チェスター、ちょっと付いてきなさい」


と、色々と検討し、ようやく計画を固め、意気揚々と出撃しようとした瞬間、諸悪の権化、ならぬ我が家の大明神たる母親がやって来た。






「さあチェスター、挨拶しなさい。この子は村長さんちの末の娘で、ノエルちゃんって言うのよ」


母親に手を引かれ、連れて行かれた先にいたのは、母親と同じおば……妙齢のご婦人方の集会、そして俺と同じく母親に手を引かれていたあどけない顔立ちをした幼い少女だった。


「…………」


第一印象は良く言えば素朴。悪く言えば平凡。

この世界の平均を知らないとはいえ、前世基準で平均よりは上だろうが、将来を期待させる美少女と呼べるほどのものでもないから、光源氏も出来やしない。

だけど愛嬌のある、年齢相応の可愛らしい顔立ちにいっそ眩しいほど無邪気な笑みをにこにこと浮かべた、世界にはびこる悪意など一欠片も知らないような、そんな少女。



道中にすれ違った人を見て思ったが所詮は田舎でしかないようで、突然変異染みた美少女などそうはいないと言うことか。

天地がひっくりかえっても鳶は鳶しか生まない。どうあっても、鳶が鷹を生む事はないらしい。

まあこの少女を鳶だの鷹だのと、鳥に例えるのは少々見当外れだろう。何せその頭にはゴールデンレトリバーに似た犬耳が、そしておしりからは尻尾が出ているのだから。



「あたしノエルってゆーの。よろしくね!」

「…………」



そういう意味では美少女でなくともそれなりに興奮はしてしまう。

ケモナーというわけではないはずなのだが、やはりこんなファンタジーな存在が目の前に現れれば、自分が確かにそんな世界に転生したのだと強く実感出来るのだ。

周囲の反応は特に奇異な物を見る目ではなく、ノエルのような存在は別段差別もなく認知されているのだと理解もできる。


「こら、アンタもさっさと挨拶しなさい」


だからノエルは元気いっぱいに手を挙げて挨拶するが、返事を忘れるほどにはその犬耳と尻尾に気をとられていた。少し返事が遅れただけで母親に軽くとはいえ頭をはたかれ、その衝撃でようやく気を取り戻す。


「いたっ……。ぼくはチェスター、よろしく」

「うん!」


はたかれた所を抑えつつ、現状ではサバイバルをする事で精一杯なために特別仲良くする気はなくても、母親の手前一応自己紹介をする。

当の本人はそんな事に気付くはずもなく、ただにこにこと嬉しそうに微笑んでいた。


「ノエルちゃんの方が1日早く生まれたからお姉ちゃんね。弟、欲しがってたでしょ? こんな子で悪いけど、もしノエルちゃんが良ければ面倒を見てあげてね」


こんな子で悪かったな。


「あたし、おねーちゃん?」

「ええそうよ」


不思議そうに首を傾げた後で肯定され、ぱあっと顔を輝かせて母親を見たかと思うと、俺の方へくるんと勢いよく顔を振り向かせる。


「やった、あたしおねーちゃん! あなた、きょうからあたしのおとーとね!」

「いや、別に姉とかいなくても……」

「チェスターはおとーとなんだから、あたしのゆーことききなさい!」


ノエルが舌っ足らずな口調で偉そうにふんぞり返り、指をさして命令する。

どうやらこの様子では、姉などいらないという弟の意見は通りそうもない。

それに相手は三歳児。面倒を見なければならないのは俺の方になりそうで、子供相手にどう距離を置くか迷った時には続けてノエルが話しかけてきた。





結局、その日は母親監視の下、広場で一日中ノエルの話し相手にさせられて、単独行動は明日に見送る事になった。

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