第二話/仕える者と雇われ者

佐助さすけは自分の体力を幾らか回復すると、先程まで死闘を繰り広げた相手の介抱を始めた。

川の水を布に含んで、男の口の中に水を絞り出す。

それを何度か繰り返していく。


すると何度目かに男が目を覚ます。


男が目を覚ますと佐助は男から距離を取って、大きな石の上に腰を下ろした。


そして男は体を横たえたまま、再び佐助に訊く。


「何故!?俺を助けた?」


「助けるかどうかは、まだ決めちゃいない。その前にお前の素性を確かめておきたくてな」


佐助は淡々と応えた。

男は納得する様に呟く。


「なるほどな」


「何故!?俺を襲った?」


佐助が男に訊いた。

男は佐助に訊き返す。


「お前は猿飛さるとびであるだろう!?」


「如何にも。お前に誤魔化しは効かないだろうからな」


佐助は素直に答えた。

男が苦笑しながら言う。


「ならば、身に覚えはあるだろうに」


「確かに身に覚えは腐る程にあるが。もう少し詳しい話を訊いている」


言いながら、佐助も苦笑した。

男が心外である事を表すかの様に訊く。


「それを俺が言うとでも!?」


「言える範囲で構わない。それで俺が判断する」


佐助はきっぱりと言い切った。

男が佐助に伺う。


「何が知りたい!?」


「誰の指示で俺を襲ったのか」


佐助は一番の疑問をずばり言った。


恐らく相手が忍者であれば、その様な事は答えるはずはない。

佐助はそれを承知の上で、あえて訊いて、相手の反応を伺う。


「誰からも指示はされていない」


男が佐助の疑問を否定した。

佐助は男の言葉に疑問が膨らむ。


「だったらば、何故!?俺を襲う?そうなると逆に俺は身に覚えが無くなる」


男は何も答えない。

佐助が男の態度に疑問を呈する。


「お前の言う通りだとすれば、お前の個人的な事情で俺を襲ったのであろう。それならば逆に言えるはずだと思うが」


「確かにそうだな。なら言わせて貰う」


男は佐助の言葉に納得して、打ち明ける意思を見せた。

相づちを打つ、佐助。


「ああ」


「我が名を広めて、我が身を高く買って貰う為だ」


男が佐助を襲った理由を述べた。

佐助は男の名を訊く。


「名は何と言う?」


霧隠きりがくれ才蔵さいぞう


才蔵は素直に自らの名を明かした。

その名は佐助にまで届いている様である。


「伊賀者に霧隠某という優秀な下忍がいるとの噂は耳にした事があるが、それがお前だったのか」


「我が名はお前の耳にまで届いていたのか」


才蔵はその様な話を聞いても寂しそうであった。

佐助が才蔵の言葉を受けて、次の質問をする。


「ああ。それでお前は伊賀の里を抜けて、逸れ者になったのだな!?」


「如何にも」 

 

才蔵は短く応えた。

質問を続ける、佐助。


「ならば何故!?徳川とくがわ方の味方をする?」


─────


佐助の主君である真田さなだ昌幸まさゆきは次男の信繁のぶしげと共に関ヶ原の戦で豊臣とよとみ方に味方をして、その責を負わされて九度山へ蟄居させられている。(直接に参加した訳では無く、松本城で徳川方の秀忠ひでただ軍を迎え撃ち損害を与えた上、関ヶ原への到着を遅らせた)


本来であれば死罪になってもおかしくはなかったが、長男の信幸のぶゆきを徳川方へ仕えさせていたので、その信幸の功績と働き掛けにより、死罪だけは免れて配流の身となったのだ。


それにより、真田昌幸は実質的な大名としての力を失ってはいたが、周囲の者達は以前から変わらずに真田昌幸を豊臣方の有力な大名の一人と目してもいた。


以上の事から真田家に関わる者は必然的に豊臣方となり、真田昌幸の家臣である佐助の事を承知の上で佐助を襲ったという事は、徳川方についたという事になる。


─────


「ああ、その発想は無かったな」


才蔵が意外そうに、そう言った。

佐助は才蔵の言葉を理解しかねる。


「なに!?」


「豊臣方に雇われるという発想が無かった」


才蔵が自らの言葉を改めて解説した。

再び納得して、質問を続ける、佐助。


「そうか。それでお前は今、誰かに雇われている訳ではないのだな!?」


「いや、そういう訳でもない。名まで明かす事は出来ないが、一応、徳川方のある大名に雇われている」


才蔵が言える範囲で素直に応えた。

佐助は才蔵の言葉に別の疑問が生じてくる。


「雇われていながら、誰の指示も無く俺を襲ったのか!?」


「そうだ」


才蔵が短く応えた。

佐助は短く訊く。


「何故!?」


「だから我が身の値を上げる為。お前の首を差し出せば、もっといい条件で雇ってくれる大名もいるだろう」


才蔵が先程述べた理由の詳細を付け加えた。

漸く、佐助は納得が出来た様である。


「なるほどな。現状に満足が出来ずに、という訳か。それにしても、お前程の男が金に目を眩ませる事になるとは」


─────


確かに、言われてみれば納得は出来る。

この才蔵の様に自らの名を上げる為にと、他者から謂われ無き争いを吹っ掛けられた事は、これまでに幾度となくあった。


そして、その様な者は大概において、自らの力を過信した愚者にしか過ぎなかった。

しかし、才蔵はその様な愚者とは違う。

先程の様な術は今まで見た事がない。


また、その前の佐助との死闘でも佐助と互角に渡り合った。

その事からも才蔵が相当な実力者である事は間違いない。

逸れ者になっても十分に自立が出来るどころか、佐助がこれまでに出会った者達の中でも、ずば抜けた実力がある様に感じた。


そして、その様な実力者であっても、忍者である限り、十分な待遇が得られる訳ではない現実がある。

佐助はその様な現実を嘆いた。


─────


しかし才蔵はそう受け取れなかった様である。


「俺を買ってくれるのはありがたいが、金に目が眩んで何が悪い!?我々の評価は報酬が全てではないか」


佐助の嘆きが自分に向けられたものだと思い、才蔵は佐助に疑問を示してきた。

才蔵の言葉を聞いて、佐助が再び嘆く。


「可哀相な奴だ。そして勿体ない」


「俺を愚弄する気か!?」


才蔵が少し怒気を表した。

佐助は構わず、才蔵に語り掛ける。


「別に愚弄はしていない。率直にそう思っただけの事だ。俺は報酬以外で評価して貰えているのでな」


「何!?それはどういう事だ!?」


才蔵には佐助の言っている事が理解出来なかった。

佐助が誇らし気に話を続ける。


「我が主君は俺を家臣として配下に置いて下さっている」


「それは真なのか!?」


才蔵は佐助の言葉が信じられない様だった。

今度は苦笑しながら佐助が応える。


「その代わりに報酬は全然、頂けないけどな。我が主君は配流の身、故に経済的なゆとりがある訳ではない」


「そうか。その様な世界があったのか」


才蔵が寂しそうに言った。

そして佐助が男を誘う。


「お前も来るか!?」


「何!?それはどういう事だ!?」


才蔵は佐助に確認をした。

佐助が詳しく話し聞かせる。


「我が主君は高齢故、もう戦場に出る事は無いだろう。しかし後継者である信繁様であれば、お前が仕えるに十分な人物であると俺は思ったまでだ」


「俺も配下として加えて貰えるのか!?」


再び才蔵は佐助に確認をした。

佐助が自信あり気に言う。


「俺が推挙すれば不可能ではないだろう。ただし、報酬は期待するなよ」


「確かに魅力的な話ではあるな」


才蔵は佐助の誘いに関心を寄せた。

佐助は手応えを感じる。


「悪い話ではないだろう!?」


「ああ。しかし、それは叶わぬだろうな」


才蔵は佐助の手応えを打ち消すかの様に言った。

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