5-8 決着

「アル、聞こえる?」

 キリの声! なんというタイミングだろうか。

 アルベルトは息を弾ませて応える。


「聞こえる。敵の装置は?」

「バッチリ破壊したわ。もうあいつらに盾はない」


 それを聞いたとたん、アルベルトはスモークを突っ切る。

 急に視界が晴れた。距離にして三百メートル。AWVははっきり見える。


 さすがにこれは予想外だったか、それとも再装填中だったのか。先手を取ったのはアルベルトだった。


 アルベルトの放った砲弾は右の機体、左腕の付け根に突き刺さる。爆炎は見事に腕をもぎ取った。


「命中しました。いけます!」

 煙の向こうの仲間に伝える。


 相手は動揺したのだろうか。直線的だった動きが初めて変化し、左右に別れ動き出す。

 こちらもスモークを発射し、一旦、下がる。


 もっとも、それはフェイク。白煙の右から出てミサイルで止めを刺すのが目的だ。軸になった左脚のモーターが悲鳴を上げそうなぐらいの針路変更を行う。


 煙が薄くなったところから、ぼんやり見えたシルエットに素早く照準を合わせミサイルを放った。

 だが。敵はこちらを向いていた。ミサイルよりも砲の方が着弾は早い。アルベルトの背に冷たい汗が噴き出す。


 敵の発射炎はやけにゆっくり広がったように見えた。

 しかし、砲はアルベルト機を向いてはいなかった。発射前にAWVはバランスを崩し、横向きに傾いていたのだ。


 弾は明後日の方へ飛んでいき、逆にアルベルトのミサイルは敵AWVの胴体へと吸いこまれた。

 AWVは後ろ向きに飛び、仰向きに倒れる。関節部から黒煙を噴き出しているところを見ると、もはや戦闘不能だろう。

 アルベルトは息を吐いた。操縦桿を握る手が小刻みに震えていた。


「こっちは終わった。そっちはどうだい、少尉」

「撃破しました」

 さすがに四対二という数の前に、障壁抜きでは二連砲も役立たなかったということだろう。


「危なかったわね、アル。帰ったら何か美味しいものおごってよね」

 脈絡もなくキリからの通信。


「どうして俺がおごるんだ?」

「あら? 助けてあげたの、まさか見えてなかったの? あたしが脚を撃たなかったら、今ごろどうなってたかしらね?」

 引いていた汗が再び背を濡らす。結局、幻影戦車ファントム・パンツァーの手を借りてしまったということか。


「撤収命令だ」

 オズマがそう伝えてくる。


「敵も後退しているようだし、十分な打撃を与えたと判断されたみたいだよ」

 流れ行く白煙の向こうで。炎上する十数両の戦車を残し、右側のモブロフ戦車群は後退して行く。


 左側で撃ち合っていた戦車隊も、ほぼ壊滅状態で引いて行く。前線に貼りついていた歩兵部隊はところどころに屍をさらしている。まだ一部は生き残っているだろうが、もはや虐殺ジェノサイド状態である。


 オズマを先頭に、中隊は戦場から引き上げた。アルベルトのカメラは、司令部があると説明を受けていた山に、大規模な火災らしきものを捉えていた。



 グレイゴースト中隊の活躍で敵を切り崩し、大規模な勝利を得た。これは事実である。しかし、前線で指揮を取っていた連隊長・シュトレーゼン大佐の顔面は蒼白だった。


 いくら戦功を上げたとは言え、一個中隊全滅は痛い。メダルコレクターにとっては致命的な報告である。気落ちしてくれたおかげで、いつもの偉ぶった演説を聞かされずに済んだ。

 そして他の部隊に先駆けて、中隊は連隊司令部に引き上げることになった。


「助かったよ」

 トラックの荷台で。二人きりになった機会に、並んで座るキリにそう言った。


「何を言ってるの。戦友でしょ?」

 キリはボソリと呟く。アルベルトの言葉、ほぼそのままである。


「フィリップは殺せたか?」

 目の前で倒れた敵AWVを思い出しながら、アルベルトはそう問いかける。

 しばしの沈黙の後、もちろん、とキリは言った。


「彼はあたしの目の前でわ」

「そうか」


 アルベルトはまじまじとキリを見た。今にも閉じようとしているまぶたからすると、疲れきって眠そうだ。

 単独での潜入破壊工作は、それほどまでに消耗するということなのだろう。


「それからこんなのも取ってきた」

 と、キリは一枚の光ディスクを取り出した。

「それは?」

「フィリップの研究データの一部よ。何が入ってるかまでは知らないけど。

 これをガロンに渡すっていう約束があったのも、装置破壊が遅れた理由」


「どうしてそこにガロンが出てくる?」

「情報を流してもらったお礼よ」

 息を吐きながらキリは言う。


「レジスタンスとか名乗ってるテロリストに、モブロフ軍の攻勢があるっていう偽情報を流したの。

 それを信じた連中が、うまくバジルスタンの基地に無謀な突撃を仕掛けてくれたわ。おかげで戦闘が早まった」

「ゲリラの襲撃ってのはお前の差し金だったのか」

 オズマの言葉を思い出したアルベルトは、首を後ろに倒し天幕を仰ぐ。


「あたしも、昨日の今日で軍が動くとは思ってなかったけど。

 でもモブロフ軍はいずれ、決着をつけなきゃいけない相手だったんでしょう?」

「確かにそうだな」

 アルベルトは首を元に戻した。結果として紛争が収まりそうだからいいのだろうか。


「彼は本当に危険な存在だったわ。精神エネルギーは無限の可能性を秘めてる。

 彼自身が、特殊な能力を持ってたのは意外だった。

 でも、だからこそ彼の研究を引き継げる人なんて居なくなったはずよ。モブロフに戦う理由はなくなったでしょうね」


 それだけ言うと。キリは目を閉じた。

 後半は説明するというより、自分を納得させるような口振りだったとアルベルトには感じられた。


 あとはアルベルトが何を言おうが、基地につくまで目を覚ますことはなかった。

 キリが負傷していることをアルベルトが知ったのは、風呂上りに包帯を巻けと要求されたときだった。



 炎の牙フレイム・ファング作戦から数日の後。モブロフとバジルスタンの間で停戦条約が結ばれた。


 これ以上の戦費負担に耐えられないというのが両国の本音であった。また、モブロフがフィリップを失ったことで紛争継続の意味をなくしたという裏の理由もあることだろう。


 モブロフが先に仕掛けたという負い目があり、領土問題はバジルスタン側の主張が大きく受け入れられた。これにより、第三騎兵連隊もようやくバジルスタンにできることになった。


 また、個人に対する賞罰も決定した。

 戦功は上げたものの、手持ちの一個中隊を失ったことを責められた連隊長のシュトレーゼン大佐だったが、予想できない新兵器が相手であったということで、降格はまぬがれた。

 一方、自機は撃破されたものの、二人の負傷した部下を連れて帰ってきたグラント少佐にバジルスタン英雄の勲章が与えられた。


 グレイゴースト中隊に対しては、オズマには騎士勲章授与で昇進は見送り。ブレストとビアンコは昇進が決定した。叩き上げでは最高位とも言える上級准尉である。


 そしてアルベルトだが。

 キリが部隊を離れて勝手な行動をしたことが問題となった。監督責任の問題であり、おかげで昇進は見送られてしまった。

 そして、エースという目標にしても……。

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