第2巻

第1話 『知識屋』の代理店主

 冬のバイクは、リアルに寒い。ヘルメットしてるから風はへーきでしょとか言っちゃう人を時々見るけど、全身に吹き付ける寒風ってものを舐めてもらっちゃ困る。60キロとか出せば夏でも汗が飛んでいくのに、ただでさえ風の強い冬はもう悲惨。

 この間、高速をかっ飛ばした先で出会ったバイク仲間のあんちゃんは、「バイクで毎冬越してたら、普段寒さを感じなくなった」なんて言ってた。話を盛ってるかもしれないけど、うっかりありえると思っちゃうくらい、ひたすら寒い。


「うう〜さぶさぶ」

 とゆーわけで、いつもの職場へ到着してバイクを降りた僕は、歯の根が合わなくなっていた。毎回春まで乗らないどこーかなと思うのに、それでも乗っちゃうのがバイク乗りってイキモノだ。


「ふい〜寒かった」

「おや、またバイクで来たの。涼平も物好きだなあ」

 暖かな室内に入って思わず漏らした声に、やや呆れを含んだ声が届く。視線を向けて、軽く手を上げた。

「どーもこの移動手段に慣れちゃうとね。眞琴さんは今日もガッコ無し?」

「今日は珍しく講義があったよ。偶には受けるのも悪くないね」

「おおう、僕には信じがたい言葉」


 講義を受けるのが悪くないなんて、さっぱり理解出来ない。前期試験はまずまずの成績を収めたものの、後期試験が間近だったりしてユーウツだ。


「色々な知識を入れるのは楽しいものだろ」

「んー、試験があるから嫌なのかね」

 曖昧に誤魔化して、僕はいつものように魔導書を探し出した。最近隠蔽魔術できっちり隠されていたりして、物凄く探しづらい。手厳しい。


『オープン・ザ・セサミ』

「……それ、定着したね」


 微妙な苦笑を浮かべる眞琴さんをスルーして、僕は『裏』をちょいと覗いた。



 黒くておっかない人、別名ノワールに出会い、いろいろ知りたくもない事を知ってしまったあの日から、はや半年以上が過ぎ。眞琴さんは宣言通り人を殺すかのような勢いで魔術と魔術師の常識を叩き込んでくれちゃったけど、『知識屋』運営は今まで通り。


 ノワールとのありがたくもない遭遇時のアレコレが印象強すぎてご指名の整理整頓をすぽっと忘れ、またもや薫さんのお怒りモードに晒されトラウマを抉る羽目になったり、それでもきちっと片付けてくれる薫さんに手を合わせたり、嫌みを言う魔術師をスルーしつつごっそり稼いだり——眞琴さんの荒稼ぎスキルは日進月歩で進化してるね、全く——と、眞琴さんに拉致連行されてからとほぼ変わらない日々を送っていた。



 唯一違いがあるとすれば——



「さーて涼平、今日は?」

「……ええと、5人」

「ふーん。じゃ、閉店後に答え合わせね」

 にっこりと笑う眞琴さんに、僕は乾いた笑いを返す。

「あははは、ちなみにやっぱり外したら……」

「その後訓練だよ。今日は何の魔術書にしようかな」

「うわお、早くも外した気しかしない」

 顔が引き攣るも、どもならん。僕は大きく溜息をついた。



 そう、知識屋運営においての唯一の違いは、開店前に今日の『裏』のお客さんの数を当てるというモノ。もち、ここに来る前に魔術で占って当てるんだけど。


 予想を外すと、ミスると電撃な魔術訓練アーンド知識の強制詰め込み。強制ってのに嘘は無いさ、何せ魔術で無理矢理知識を押し込むんだから。誰かね、あんなオソロシイ魔術を作り出したの。タンスに足の小指ぶつけるとか小さな不幸があるといいよ。


 そんな感じで、眞琴さんは凄まじいスパルタぶりを日々更新してらっしゃる。お陰様で随分魔術覚えましたけどね、魔女様の目からはまだまだまだまだらしくって、手が緩む気配もないよ全く。



「っと、忘れてた。今日だったか」

「ん? なんか入荷でもするん?」


 不意に独りごちた眞琴さんに何と無しに聞き返せば、眞琴さんは肩をすくめた。



「ちょっとばかし野暮用がね。今日から3日間私はいないから、そのつもりで」



「へ?」

 驚いて見返せば、眞琴さんは尚もさらっとのたまう。

「心配しなくても、『裏』の店番は信頼出来る魔術師に頼んでるよ。見てくれそこそこ、愛想は最悪だけど、実力はあるし涼平の事も馬鹿にしないから安心して」

「……さいですか」

(僕が魔術師垂涎の異能を持っているとか、絡まれやすいとか、その辺りは一応許容範囲になったんですか知識的に。それともあれか、これもテストかい)


 直接声には出せないチキンな僕だけど、眞琴さんには大抵の事はバレバレ。チェシャ猫のような笑顔で肯定した眞琴さんは、更にこう言った。


「後、そいつにも涼平と同じ占いさせてるんだ。答え合わせでもしたら? 口聞くかは微妙だけど」

「ええと、それは見習い如きとは話もしたくない的な?」

「いいや? 対人会話が絶望的なだけ」


 それは店員としてはマズイんじゃなかろうか。いくら代理とはいえ、どうよそれ。


「いいん? それで」

「腕は確かだよ……っと、噂をすればだね」


 そう言って眞琴さんが入り口へと目を向けて数秒後、僕もその気配を感じ取った。魔力と言うにはちょいと不思議な、でも確かに魔術師特有の気配。


「大分遠くから察知出来るようになったかな? でも、まだまだ遅いね」

「精進はしてますよ、先生が良いですからね」

 皮肉と言うにもささやかな言葉を返したその時、ベルの音と共にその《子》は入ってきた。



 色白で秀麗な顔を覆う髪は、闇を溶かしたように黒い。かんっぜんに無表情なその少年は、けれど僕に無言で頭を下げる程度の礼儀正しさはお持ちで。これだけ見れば、将来モテる事間違いなし。

 惜しむらくは、魔術師仕様の目つきの悪さ。みょーに冷静で鋭い光を宿していて、何とも言えない迫力を醸し出している。クラスメイトにはまず間違いなく怖がられてるね。


(じゃなくて、ね)


 このイケメン予備群の残念っぷりは僕的にはかんげ……ごほん、あまり重要じゃなくて。一番気にすべきは、この子が割と近くにある中学校の制服を着ている事だろう。


「……眞琴さんや」

「なんだい?」


 静かに声をかければ、眞琴さんは首を傾げる。その躊躇も不安もさっぱりない魔女様のご尊顔にチョップを入れたいのを我慢して、いつも通りツッコミを入れた。


「いくら魔術師でも、中学生に店番任せるのはどーかと思うんだけど」

「梗の字だから問題無し。身内だし可愛げ無いし1人暮らしだって当たり前にしちゃうし魔術師だし便利だし」

「なんか色々余計なもんが混ざっていた気がするんだけど、気のせいかな?」

「気のせいでもないし余計でもないよ。事実」


 なんとこの無愛想少年魔術師、魔女様の血縁らしい。1人暮らしってのにも驚いたけど、言葉の節々から察するに、この少年もまた眞琴さんに振り回されているに違いない。ああ悲しき哉、年齢という身分差。


「報酬があるから気にしていない。眞琴が人をさんざんこき使うのは確かだが」

(……誰の声ーって君か。今さりげに心を読んだ君なのか、「梗の字」君や)


 唐突に聞こえた少年の声は、既に声変わりばっちりの模様。顔を向ければ、「梗の字」君は軽く頭を下げる。



梗平きょうへい。眞琴の遠戚です。3日間宜しくお願いします」



 梗平だから梗の字だったようだ、何故わざわざそうしたんだろうね。眞琴さんのセンスは時々分からない。そう言う度に眞琴さんは「涼平には言われたくないね」とやたら力を込めて言うけど、失敬な。



「ごてーねいにどうも。涼平です。こっちは見習いだし、肩の力は抜いた抜いた」

 1度頭を下げ返した後、ひらひらと手を振ってみせた。



 魔術師のルールの1つに、「名前を名乗っちゃいけない」というものがある。おっかない魔術とかって名前に込められる力? 的なものを利用するからだ。僕のように操り人形にされかねない人は、尚更きっちり名前を隠しておかないとならない。


 けど、偽名で生きていける真っ当な社会人なぞいやしない訳で。ITな社会生活を送っている僕らは、ちょいと調べれば名前なんて直ぐに出てくる。下手に偽名を名乗ると皆あっという間に調べちゃうんだそーな。プライバシーって何だっけ。


 で、妥協案として、名字か名前かどちらかを名乗る。僕は眞琴さんが名前で呼ぶので名前、この子もどうやら同じな模様。そうして本名の一部を名乗ると、魔術師達は本名を探らなく、いや、探れなくなるらしい。何故なのかは未だ謎……嘘ですただの勉強不足だね。


 ちなみに、眞琴さんは『魔女』の通り名が付いているから、それで通している。通り名は特殊というかマジに力のある人しか持たないので、通り名だけで通すのはアリらしい。



 頭の中で知識の反芻と反省会を繰り広げていると、梗平君は鷹揚に頷いた。

「分かった。……見習いとなってからどれくらいだ?」

「8ヶ月。ちょいと特殊事情でね、人よりも熟練したように見えるらしいよ」

「ならば、『裏』の仕事は俺1人でやる。貴方は『表』を担当してくれ」


 魔術師に経歴を答える度に驚かれるので対策に付けている補足説明を、梗平君は華麗に流してくれた。興味が無いご様子。

 ちょっぴり虚しく思っていると、眞琴さんがくすりと笑う。


「梗の字、涼平がびびってるよ。もうちょい愛想見せな」

「必要性を感じない」

 一言で切り捨てると、梗平君はすたすたと奥へ歩いて行った。やれやれと言った風に肩をすくめた眞琴さんが、その背中へ言葉をかける。

「じゃあ3日間よろしく。毎日『裏』の人数占って、涼平と答え合わせもね」


 頷く事もせず『裏』と『表』を区切って——この子無詠唱だよ、どこまで無口——姿を消した梗平君を見送りつつ、僕は眞琴さんに1つ気になった事を聞いた。


「正解数は報告制?」

「そう。嘘付けるものなら挑戦してごらん、受けて立とう」

「遠慮するよ、恐れ多い」


 魔女様相手に嘘付いてばれないなんて、それこそノワールくらいじゃないと無理な気がする。少なくとも現状の心の声ダダ漏れ状態では絶対無理。勝てない戦いに挑んでペナルティ増やすようなマゾっ気なんて、僕は持ち合わせていないのさ。


 戯けて両手を挙げて見せた僕にくすりと笑い、そんな笑顔も魅力的な眞琴さんはひらりと手を振って、——『知識屋』を離れた。

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