EX 運び屋の一日 2/3
昼下がり。
ロック・シティの南側。
治安の悪い地区の一角にあるビルの二階ではマフィアの幹部たちと彼らの縄張りを荒らしていた盗人がいた。
「お前ら、この俺の足元で騒いで無事に済むと思ってたのか? あぁ?」
ふてぶてしくソファにその身を横たえ、三人の盗人を睨みつける小太りの男――マーシャル・アレクセイは凄みをきかせて問いかける。
盗人たちはそれだけですでに萎縮していたが、やがて真ん中に座っていた男――他の二人を束ねるリーダー――が前に進み出てきた。
「……なぁ、こんなことを言える立場じゃないが、俺たちはこの街に来てまだ日が浅いんだ。だからここがアンタたちの縄張りだってことを知らなかったんだ。許してくれよ」
目も合わせられずに俯く男の言い訳にマーシャルは険しい顔を崩さなかったが、やがて視線を逸らしてため息をつく。
「まぁ確かに、知らなかったのなら仕方がないよな」
マーシャルの言葉に命乞いをした男はパッと顔を上げる。
だがその目に映ったのは銃口を突きつけてくる彼の姿だった。
声を上げる暇もなく引き金が引かれ、一発の弾丸が男の頭に飛び込んで中身をかき乱して外へと飛び出す。
飛び散った脳漿や肉片が仲間の体のあちこちに付着し、男の体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
二人は元仲間の死体に情けない悲鳴をあげて数歩後ずさりしてから尻餅をつく。
「だが、知らなかったからといって俺は許すつもりはない。それにもう少しマシな命乞いをしろ。この前殺した三文役者の方がまだうまかったぞ」
吐き捨てるようにマーシャルは言い、残りに目を向ける。
二人はもはや蛇に睨まれた蛙のようにその場に硬直し、死を覚悟した。
その時、銃声のようなくぐもった物音が複数聞こえてきて、マーシャルはそれに気を取られたが、しばらくするとまるで何事もなかったかのように静寂が戻ってくる。
「なんだ、今のは?」
マーシャルは呟きながら怪訝な表情をして扉の近くにいた部下二人に目配せ。それを受けた二人は両開きの扉から様子を窺いにいく。
注意深く外に出した部下の帰りをマーシャルたちは待ったが、しばらく待っても出ていった部下たちも帰ってこない。
痺れを切らし、さらに二人の部下を行かせようとマーシャルは視線を送り、部下が扉の前に立つ。
だがその瞬間、外側から扉が勢いよく開け放たれ、部下は意図せず開け放たれた扉に頭を強打する。
そして倒れる二人の間から左右にサイレンサーのついた
部屋に踏み込んだベックは突然のことに判断の遅れたマーシャルの部下たちを照準し、容赦無く発砲。
弾丸は的確に膝や腕に穴を開け、一瞬で戦闘不能に陥らせる。それでも怒りの形相で銃を向けてくる相手には数発ばかり多めに叩き込む。
そして、十秒もしないうちに銃撃は止み、部屋の真ん中にはベックだけが立っていた。
一瞬で静まった室内で唯一無傷でソファの向こう側に倒れ込んだマーシャルは侵入者であるベックを睨む。
「何者だッ、貴様! ここがどこだかわかっているのかッ!」
「分かっているし、俺は何者でもない。ただの幽霊……アンタの
そう無感情に答えると、ベックは階下で奪った銃の銃口を突きつけた。
しかし、そこで撃った部下の一人が起き上がって銃口を向けてくるのを視界の端で捉え、後ろに倒れこむようにしてソファに隠れる。
直後、狂ったように弾丸がばら撒かれて上質なソファを穴だらけにしていくが、ベックは身を潜めながら、冷静に銃口をだけをソファから覗かせて一発だけ発砲。
直後にドサッと男が倒れる音がし、ベックが顔を上げると誰も向かってくるような気配はなかった。
マーシャルに目を向けると、彼の姿が部屋から消えており、反対側の壁にある扉が開いていた。どうやら慌てて駆け込んだらしい。
ベックは弾を撃ち尽くした両手の銃を捨て、ホルスターから自分のリボルバーを抜き取ると慎重にドアの奥へと足を踏み入れた。
踏み込んだ扉の先は電気がついておらず、薄暗かったが上方の隙間から差す光で階段があるのはわかった。
カチャカチャと階段の上方から音が聞こえ、ベックは警戒しながら歩を進め、音もたてずに階段を上っていく。
ゆっくりと銃口を出して階段から上の階を覗く。するとマーシャルがこちらに背を向けて金庫のようなものをカチャカチャと動かしているのが見えた。
気配を感じたのかバッとマーシャルが振り向き、ベックは銃を構えたまま落ち着いた声で呼びかける。
「追い詰めたぞ。もう手詰まりだろう? それともまだ何か隠しネタがあるのか?」
そう言うとマーシャルはニヤリと口元を歪めた。その不敵な表情にベックは首を傾げたが、バコンッという音とともに右手にある金属製のドアが破られ、中から大柄な男が出てくる。
フラフラと幽鬼のように現れた男は視線をゆっくりとベックに向けた。
「ほう、サイボーグとは」
ベックが感心したように呟く。
まるでプロレスラーのような筋骨隆々の男は口枷をはめられており、両腕は生身ではなく、ベックのリボルバーとは別種の銀の光沢を放つ義手だった。
「――――――ッ!」
男は雄叫びを上げて右手を振りかぶって襲いかかる。
その大振りな攻撃をベックはその場から退いて躱し、相手を観察。
間近で見た男の目は血走り、肌には血管が破裂せんばかりに浮き出ている。
いかにも危険な感じが漂っていた。なにか薬でも打たれているのかもしれない。
その証拠に頑丈なコンクリートの床に拳の跡が残り、周りには亀裂が走っている。
ベックは少し距離を取って、さらに相手の特性を見極めようとした。
しかし、男はそんな時間など与えないとばかりにこちらに突っ込んでくる。
仕方なく銃を構えて発砲。
男は眉間に迫った弾丸を大きく身をよじることで躱してくるが、その僅かな隙に踏み込んで至近距離で再度引き金を引く。
しかし弾丸は義手の隙間に食い込むだけでダメージを与えるには至らない。
自分の動きにくい間合いに入られた男は鬱陶しいとばかりに腕を振るうが、それもギリギリの距離で避け、さらに二度発砲。反対の義手に直撃する。
「――――――ッ!」
二度も銃撃を許したのが不満なのか、男は無茶苦茶に暴れ、かなり近距離で弾丸を打ち込んでいたベックは再び距離を取った。
戦闘を仕切り直し、男は今度は姿勢を低くしながら踏み込んでくる。
猪突猛進という言葉を具現したような行動パターンだが、ベックはさっきと違い、銃をホルスターに収めて徒手格闘の構えを取って静かに相手を待つ。
そして、男の義手の一撃がベックに放たれようとした瞬間、まるで見えない何かに縛りつけられたかのようの腕の動きが突然鈍る。
なにが起こったのか理解できず男が腕を見ると、弾丸が食い込んだ義手の関節部分からスパークが散っていた。
その時になって男はベックが義手の関節部を狙い、意図的に動作を鈍らせたことに気づく。
正確無比な射撃に驚愕の表情を浮かべた男は顔面にベックによる渾身のハイキックを見舞われて意識を失った。
男が地面にうつ伏せに倒れて気を失ったのを確認してから、ベックは一部始終を見ていたマーシャルの方に足を向ける。
この時、マーシャルの中を駆け巡っていたのは目の前の現実に対する拒絶と困惑であったが、ベックが目の前に立ったことで彼は我に返った。
「ま、待ってくれッ。何が望みだ、金か? 武器か?」
焦った様子でそう訊ねてくるマーシャルに、ベックはひどくつまらなさそうな顔で答える。
「アンタ自身には何も望んじゃいない。俺が欲しいのはアンタの記憶さ」
そう言って、ベックはリボルバーの銃口を再び突きつけた。
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