第9話 トランスポーターのやり方 2/2

 日が傾いてもアイーシャの家の前には数台のパトカーが止まっていた。


 家の前には規制線が張られており、隣人や通りかかった人が興味深そうに覗きこんでいる。

 赤と青の光の瞬きに顔を照らされながらジュリアはそれを見ていた。


「離せ、離せってんだッ!」


 両脇を警官に固められたローグがいままさにパトカーに詰めこまれようとしている。

 ベックによって倒されたローグたちは駆けつけた警察官たちによって現行犯逮捕され、手錠をかけられることとなった。


 これから警察署へ移送され、取り調べを受けることになるのだろうが、マイクやデータチップの件があるので刑は重くなるだろう。


 ローグの乗ったパトカーがゆっくりと現場を離れていく。

 自分ももうすぐ同じ運命を辿る。


 強制されていたとはいえ、トランスポーターの車を奪って被害者家族に身分を偽って接触したのだ。


 なにかしらの罰はあるだろう。

 だが後悔はない。

 最後にアイーシャたちの命を自分の意思で守ろうと決心できたのだから。


「なにをボッーとしている」

「うぉッと!」


 感慨に耽っているタイミングでかけられた声に驚いて振り向く。

 そこには気怠そうなベックが伸びをしていた。


 先ほどまでローグたちを警察へ引き渡すための書類や簡易的な聴取など、事件の後始末に追われていたのだ。


「いえ、なんでも……」


 ぎこちなく答えて視線を逸らすと、その先で規制線をくぐってこちらに走ってくるクロウトの姿が見えた。


「やぁ、無事かい?」

「あぁ、見ての通りだ」


 無愛想に答えるベックにクロウトは苦笑する。

 彼は細長いケースを肩に担いでおり、こちらの視線に気づくとケースを指差した。


「あぁ、これ? 昔の職場で使ってた狙撃銃スナイパーライフルだよ」

「じゃあ、あの時の狙撃は……」

「こいつだよ。さすがに一人であんなところに突っ込むほどバカじゃない」

「まぁ、僕もこいつも元は陸軍の特殊部隊にいたからね。あれくらいなら一人でもなんとかできたと思うよ」


 そう言って、クロウトはベックの肩に腕を回す。

 なるほど、とジュリアは一人納得する。


 あの時の正確な狙撃やベックの動きは素人では不可能だ。軍で鍛えられた成果なのだろう。

 ベックは鬱陶しそうにクロウトを振り払う。


「昔の話はいい。それより狙撃のタイミングが遅いぞ。腕が鈍ったんじゃないのか?」

「無茶言うなよ。あそこは遮蔽物が多くて結構難しかったんだぜ」

「なら、もっといいポジションを探せただろう」

「お前が早く位置につけって急かしたからだよ」

「あ、あの……」


 雑談し始めたベックたちの間に入れずオロオロとしているとこちらに近づいてくる人影に気づく。


「ケガは大丈夫ですかアイーシャさん」

「えぇ、しばらくは不便かもしれないけど命には別状がないから大丈夫だって言われたわ」

「それはよかったです。あ、いや……全然よくないか」


 失言したと思わず言葉を選ぶジュリアにアイーシャは目元を緩める。


「ジュリアさん。この度は命を助けていただいてありがとうございました」


 そう深々と頭を下げたアイーシャの言葉になんと答えていいか分からず、ジュリアはどもる。

 だが、考えつく前に首根っこを引っ張られた。


「いえいえ。こちらこそ助手の不手際でケガをさせてしまって申し訳ない」


 一歩前に出たベックに不満そうな顔をしたが、次の言葉にジュリアは驚かされる。


「彼女には犯人の目的を探らせるために潜入させていたのですが、ケガをさせてしまった。謝罪させてもらいたい」

「え……?」


 思いがけない言葉にジュリアは視線を向けた。


 ジュリアが犯人の目的を探るために近づいた事実などもちろんない。

 そんな真実とは遠い嘘をついたベックは懐からマイクの記憶データと同じ箱型の記憶ディスクを手渡す。


「これを渡しておきます。きっとあなたや息子さんの助けになるはずです」

「はい、ありがとうございます」


 ベックの真剣な眼差しを見つめながらアイーシャは頷き、踵を返す。

 それを見届けてからジュリアは訊ねた。


「さっきなにを渡したんですか?」

「マイクの記憶データ、の一部だ。家族の思い出だけをクロウトに抽出してもらった」

「そんなもの渡していいんですか?」


 しれっととんでもないことを聞いてしまい、思わずクロウトの方に視線を向ける。

 視線に気づいたクロウトは「僕はなにも見てないよ。なにもね」などと呟きながら、不自然に口笛を吹いてそっぽを向く。


「まぁ、ほとんど私の趣味みたいなものだがな」

「趣味、ですか?」


 ジュリアにはベックの言葉の意味は理解できなかったが、彼は気に止めず、タバコを取り出して火をつけた。


「もっとも愛する者が別れの言葉も言えずに死んだらお前はどう思う?」


 紫煙を吐きながら唐突に問われて、ジュリアは戸惑う。

 ベックは続けた。


「どんなに以心伝心な男女や友人がいたとしても、すべての考えが理解できるわけじゃない。もしそんなことが出来ればこんな人が人を殺す世界なんかじゃないだろう」

「それは……」

「だが他人と関わるためには理解しないといけない。たとえそれが死んだ人であっても。私はそれに気付いてほしいだけだ」


 ベックはそこで再びタバコの煙を吸ってから離す。


「言葉はなくても記憶は語る。トランスポーターの仕事は記憶を運ぶだけじゃない。記憶を汲みとり語らせる手助けするのも私たちがやるべきことだと思って私はこの仕事を続けている」


 そう述べたベックにジュリアは見入る。

 眼差しの中になにかがあるような気がしたが、それを読み取る前にベックは肩をすくめた。


「それに君に辞めてもらっては困る。だから今回の件はなかったことにしてやる」

「それってもしかして……」

「君を助手として採用しよう。ジュリア君」


 その言葉にジュリアは少し遅れてその場にへたり込み、大きなため息をつく。


「良かったぁ……」

「全然良くないよ。ジュリアちゃん。ベックが君を雇うのは車の弁償があるからさ」

「え!?」


 クロウトの言葉に顔を上げる。

 当然とばかりにベックはそれに頷いていた。


「いやでも、あれは事故で……」

「君が手引きしたことには変わりないだろう。わかっているな?」

「うぅ……」


 言い訳を速攻で潰され、ジュリアはぐぅの音もでない。


 天国と地獄だ。

 ジュリアは内心で今日という日を永遠に呪い続けることを誓った。

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