後編(完)

本屋で新刊の漫画を買って、それから近くのファミレスに入る。

向かい合わせに座り、コーヒーを2つ注文。飲み物だけなのであっという間に届いた。


「ミケ、砂糖とかいる?」

「オレはいい。大丈夫」

ブラックのまま一口含む。

「オレはブラック飲めないんだよねー」とかぐらはまだ、砂糖とミルクを溶かすのに必死だ。


「ねぇ、ミケはなんでミケっていうの?」

「オレもお前と似たようなもんだよ。三宅だからミケ」

「そうなんだー。三宅かぁ。なんかカッコいいな」

「どこがだよ。お前が言うと完全嫌味だろ」

「えー?なんで?ミケはいつもカッコいいじゃん。MSでもいっつもオレを助けてくれるし」

かぐらは満面の笑顔を見せた後、砂糖とミルクが溶けきって茶色くなったコーヒーに口をつけた。


(オレが女だったら、こんな笑顔されたらイチコロなんだろうな…)

さっきまで全然見れなかったかぐらを、改めてまじまじと見る。

綺麗な肌に大きな目、ほどよく高い鼻。

芸能人顔負けのその美貌はさっきから女性客や店員にチラチラ見られているのに、本人は気づいてないのか、それともそんな視線に慣れているのか、何も気にした様子がない。


「…MSでミケとずっと一緒だったからさ。オレ、オフ会あるって聞いた時、どうしてもミケに会ってみたくって。ホントはすっごい人見知りで普段だったら絶対参加しないんだけど、ミケが来るなら絶対行こうって思ってて。…カラオケの時も本当はすっごく話しかけたかったんだけど、席遠いし…なんか緊張して話しかけられなかったんだよね」

「なんでオレに緊張すんだよ。馬鹿だなぁ」

「や、だって!オレにとってミケってなんていうかこう、ホントに特別で!本物のミケだ~…とか思ったら、変なヤツって思われたらどうしよう!みたいな緊張があって…」

「…わざわざ追いかけてきた時は多少変なヤツだと思ったけどな」

「ひどー!…だってオレはミケに会いに来たのにさー。ぜんっぜんしゃべれなかったしさー…」

少しむくれた顔は、男なのに何とも可愛らしい。

「…別に話ならMSでもできるだろ」

「MSじゃなくって、本物のミケと話したかったんだよ!」

オレとしゃべってるかぐらは終始笑顔が抑えられないようで、本当に嬉しそうに見えた。


それからコーヒーをちびちび飲みながら、かぐらはあーでもないこーでもないと、どこが人見知りなんだと思わず突っ込みたくなるほど、途切れることなくどんどん話をしてきた。

話してみたらやっぱりかぐらはかぐらだった。今日会うのが初めてとは思えないくらいかぐらとは気が合うし、面白いし、意外に住んでる場所も近い。

もしかぐらを最初から男と知っていたら、オレが勝手に女だと勘違いしてなかったら…

そしたらすごくいい親友になれてたのかもしれない。

まだ何とも言えない恋の喪失感は消えないが、いつかはいい友達になれそうだなと、そう思い始めることができた。



「…てか、もうこんな時間だな。終電大丈夫?」

「…あ…」

気付けばここへきてもう2時間以上経っていた。コーヒーたった一杯でよく粘ったものだ。

「…もう、帰ろっか」

「……うん」

かぐらはそう返事したものの、まだ話したりないのか、さっきまでの笑顔を消して少し俯いた。


外に出ると、深夜のせいか少し肌寒い。

先ほどよりは減った人ごみの中を、並んで駅へ向かう。


「…ね、ミケ」

「ん?」

「ちゃんと聞けてなかったけど、ミケもオレのこと…会うまでは女と思ってたよね」

「………うん」

少し返事が遅れたのは、返事に迷ったからではなくかぐらへの淡い気持ちを思い起こさせられたから。


「…やっぱりそっか。…ホントはさ。MSでミケがあんまりにもオレに優しく大事にしてくれるから…もしかしてオレのこと女と思ってるのかなーと思う時があったんだけど…なんか、自分から男だって言ってミケが離れて行ったらどうしようとか思うと、言えなかった。ごめん。」

「…馬鹿だなぁ。かぐらが男だって知って確かにすげぇショックだったけど、別にそれが原因で避けたりはしないよ」

オレは"大丈夫だよ"っていうつもりで言ったのに、かぐらは「ショックだったんだ…」と明らかに落ち込んだ。


「…ショックなのは当たり前だろ。オレ今日あわよくばかぐらに告ろうかと思ってたのに、男だったし」

落ち込んだかぐらを慰めるために、あえて自分の傷を抉るようなことを言う。

するとかぐらは俯いていた顔を勢いよく上げ、大きな目をこれでもかと見開いていた。

「え、なに?告白しようとしてくれてたの?…え?」

「…かぐらが女の子だったらな。かぐらのこといいなーって思ってたから、今日チャンスがあったらなー…なんて考えてた」

「…会ったこともないのに?」

「そうだよ。会ったことないけど、かぐらならたとえどんなブサイクだとしても大丈夫だと思ったんだよ。でも実物は男で、当たる前に砕け散ったけどなー」

恥ずかしくてかぐらを見ずに前を向いて言い切ったが、それでも視界の端でかぐらがまた俯くのが見えた。


「…ブサイクならよくて、男ならしてくれないんだ?」

「…なんだよお前、オレに告られたかったのか?男だぞ」

かぐらの声が残念がってる風に聞こえたので冗談半分で聞いたのに、かぐらは

「人にもよるよ。グランならいらないけど、ミケなら嬉しいよ」と、恥ずかしげもなく答えた。


「………かぐらはブス専だったのか」

「え?なんでそうなんの?…そうじゃなくて、愛があるか無いかの話でしょ」

かぐらは歩みを止めて、はぁっとため息をついてオレを見据えた。


「オレ、ずっとMSでミケに優しくされるの嬉しかった。ずっと隣にいれるの嬉しかった。…だけどそれがネットだけなのがすっごいイヤで、もっとそばにいけたらなぁとかずっと思ってて…だからミケが来るなら、どうしてもオフ会に行きたかった」

「……っ」

かぐらもオレと同じ気持ちでいてくれたのか。驚きと喜びが入り混じる。


「…オフ会来るの、本当は結構怖かったよ。ずっと男だって言えなかったのに、会いに行ったら100%男ってわかるし、目の前で幻滅されたらどうしようとか思うとホント怖かった。…でもそれ考え出したらさ、ミケだけじゃなくてオレもミケに幻滅したりすんのかなとか思い始めて。オレがミケのこと勝手に美化しちゃってて、本物のミケ見てみて"思ってたのと違ったー"とかなったらどうしよう、とか…なんか色々悩んだよ」

「……幻滅したろ?オレ、すんげーフツーの男で」

その問いにかぐらは少し笑ってから、首を横に2回振った。


「ミケは、会ったらやっぱりミケだった。あー、本物のミケだ―って感じ。会う前と変わらない…っていうか、会う前よりもっと好きになった」

なんでもないことのように、サラリと好きと言われた。

「…ミケは、違う?男だったらかぐらじゃない?男だったら、好きじゃなくなる?男ってだけでそんな変わっちゃうかな…」

「……っ」

「オレは、いつだってオレのまんまだよ」


それはオレにとって、青天の霹靂だった。


かぐらは、かぐらだ。

かぐらがたとえ外見が可愛かろうがブサイクだろうが。

中身が可愛いことに変わりがないのだからどんなかぐらでも愛せると思ってたのに…

なのにオレは男だと思った途端、完全に恋愛対象から外してしまってた。

性別は確かに重要な問題だけど、男だからって、中身が変わるわけじゃない。

かぐらはかぐらのまんまなのに。



「…ほんと、そうだよな。かぐらは、かぐらだ。オレの好きなかぐらのまんまだったよ」

そう、言葉にした。

告白というには少し曖昧で、これが恋と言い切れるほど気持ちの整理はついてはいないが。

でもそれでもさっきまでの心の靄が取れたような、すごくスッキリした気分だった。


「そっか…良かった…」

かぐらはそう言って両手を自分のにやけた口に持っていき、ほっと息をついた。


「…今度は、2人きりで会ってみよっか」

そしたらきっと、初めてMSを始めた時のように。2人で新しい道を切り開いていけるかもしれない。

「…うん!」

かぐらは両手を下ろして、その綺麗な笑顔を見せてくれた。




再び歩き始めてまた自然にぶつかってきたかぐらの手を、今度はさりげなく握ってみる。

夜の肌寒さで、指先だけが冷たくなったその手。

振り払われることはなく、少し間を置いてから遠慮がちに握り返された。

オレはやっと、本当の君に触れた気がした。




終   2014.11.26


(全然書いてないけど大学生設定)

※完全妄想なので実際のネトゲ等とは一切関係ありません

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