なんちゃって中二病たちは兄妹になる

 翌日の午後12時過ぎに自宅を出た俺は練習場所である染白小学校近くのコンビニでスポーツドリンクを物色していた。

 特に意味があるわけではないが、俺はその日の気分によってスポーツドリンクの種類を変える主義だ。

 うーむ。今日はどれにしようか。物色を始めてからかれこれ3分くらいなるが未だに決まらない。いつも迷った時はポッカリスウェットにしているのだが、紅葉は昨日ポッカリスウェットを持ってきていたため、どっちがどっちのか分からなくなってしまいそうなだからポッカリスウェットは除外だ。

 別に敢えてペットボトルの間接キスのラブコメイベントに持っていいんだけどね。ほら、俺は紳士だから。そういうのはしないんだよ。

 数あるスポーツドリンクから、ようやくアクアリエスとブルーダカラの2つに絞り、どちらにしようか思案していると後ろから声を掛けられた。

「ちょっとあなたいい加減にどいてくれない?」

「あっ、すいません……ん?」

 最初店員さんに万引き犯に勘違いされたのかと思ったら違った。後ろを振り返って見ればそこにいたのは染白JSCのユニホームを着て、なぜか左手に国語辞典を携えている女児であった。

 左手の国語辞典はさておき、帽子のつばを後ろ向きにして被り、エナメルバックを肩にかけて佇むその子供は一見男の子に見えるが、少し高い声であることと僅かとはいえ小学生にしては発育の良い胸の膨らみが女の子ということを主張している。

 帽子の繋ぎ目から除くブロンドの髪の毛は美しく、コンビニの照明を反射させ、蒼色の瞳は吸い込まれてしまいそうに鮮やかだった。この女児を一言で形容するなら、風貌が日本人離れしている、この一言に尽きる。

 もしや昨日順が言ってた桃架ってのはこの子か?

「お前……桃架か?」

 その言葉を口にした瞬間、俺の危険予知センサーが激しく赤に点滅した。

 まずい。俺は順から名前を聞いているが、女児からすれば初めて会った人に名前が知られているのか疑問に思うはずだ。下手すればストーカーや不審者だと勘違いされてしまう。

「!?……なんで私の名前を知っているの……?」

 案の定、一歩身を引き顔をしかめる女児。

 これはまずい。どうにかしてこの誤解を解かなければ……

「すまん!俺は新しくコーチになっ……」

「まさか!あなたは私と生き別れた兄貴!?」

 慌てて事情を説明しようとしたのだが、女児はしかめた面を一変させ嬉しそうな顔をして、一歩引いた身を今度は4歩前にして迫ってきた。

「は?」

「何を言っているの!私よ私!あなたの生き別れた妹、観音崎桃架よ!」

 女児は大声でそんなことを言うおかげで、周囲からは突如寸劇を始める女児と中坊として好奇の目が寄せられる。

「ちょっと待て!1回ここを出よう!」

 俺は慌てて近くに並ぶスポーツドリンクを引っ掴みレジへと向かった。

 ちなみに何も見ずに掴んだスポーツドリンクはポッカリスウェットだった。


「よし、最初に自己紹介をしようか」

「うん、わかった、兄貴!」

「……俺は成宮!柊だ……」

「私は観音崎桃架だ!うんうん、兄貴はいい名前をしているな!」

 俺は敢えて自分の名字を強く言ったのだが、兄弟の名字の一致はこいつの中では関係ないらしい。

 さて、どうしたものか。こいつはとんでもない電波だ。断言できる。

「よし、桃架!俺はおま……」

「私の事はカノンと呼んでくれ!」

「…………」

「ん?名前の由来を聞きたいのか!?よくぞ聞いてくれた!名字の観音崎からもじってカノンだ!」

 あぁ、会話が通じない……

 あまりの電波加減にコンビニのトラック駐車スペースに腰掛ける俺は顎に手を当て、ロダン作の考える人と化していた。むしろこの場合作者はロダンではなく観音崎桃架なのだが。

 かたや、正面に座るカノン(仮称)は持っていた国語辞典を尻に敷いて、目を輝かせている。

「私は兄貴に会えて嬉しいぞ!生き別れた兄貴に会えるなんて一生一番の幸運だ!」

 お前まだ12年しか生きてないのによく断言出来るな、と思いつつこいつにははっきり言わなければ伝わらないということを確信した。

「お前のお母さんの名前を言ってみろ」

「カノン・トナールナ・リフィデルゴール・スィズナティエラだ!」

「もっかい言ってみろ」

「カノン・トナールナ・リファ…リフェ…リフィルデル……んーと……スィズナティアラだ!」

「ホントは?」

「……観音崎桃子」

「俺の母の名前は成宮明美だ!さぁカノン!ここから導き出されることはなんだ!?」

「生き別れた兄妹!」

「ちげぇよ!!!!」

 もうダメだこいつ。続きは主治医に聞いてもらうしかない。

「私と兄貴は幼少期仲のいい兄妹で、毎日城で一緒に遊んでいたのだが、宇宙軍シャングリラの強襲に遭ってしまったのだ。城の常備軍は宇宙の未知なる兵器の前にことごとくひれ伏し、私と兄貴は生き別れてしまったのだ………ry」

 長々と語る桃架の前に俺は何も言うことができず、練習が始まってから封を切るはずだったポッカリスウェットを開けて一口啜った。

 ごくりと飲み込み思考を巡らせ、目をカノンではなく桃架に向ける。桃架も視線を逸らすことなく俺を見る。

「桃架、俺はお前の兄貴じゃない。そしてお前のことを社会では中二病と呼ぶ」

 さっきの調子でまた妄想話を膨らませてくると思ったが、桃架は大きく息を吸って吐き、悟ったような目で俺の目を見据えた。

「……知ってるよ……」

 うすら笑みを浮かべて桃架は続ける。

「そう、僕は中二病なんだよ。いや自覚があるからなんちゃって中二病なのかな?でもキャラ作りでやってるわけじゃないんだ。心の中だけで中二してる。こうやって人の前で中二したのは久しぶりだ」

 一人称が私から僕に変わって、表情も先ほどの天真爛漫な表情から大人びた表情に変わった。桃架の突然の変貌に困惑する俺に構わず、桃架は帽子を取ってハラリと髪をなびかせる。

「ほら、僕金髪じゃん?お父さんがスウェーデン人でさ。地毛でこれだから他の人とは違う存在なんだ、って勘違いしてたんだよ。だから小学生1年生にして中二病してたんだ。僕はみんなを助けるヒーローだ、って言ってね。でもみんなと違うってことがプラスになるのはフィクションの世界だけで、現実はマイナスに働くことが多くてさ。だから心の中だけはこうやって妄想に浸ってるんだ。」

 そう語る桃架は目を細めて微笑みながらも悲しむような表情をしていた。きっと俺なんかじゃ到底理解できないような苦しみの中生きてきたんだろう。この一般社会の偏見やレッテル貼りが12歳の桃架にとってどれだけ苦痛だったか考えるだけでも胸が痛くなる。

「そうなのか……」

 少し寂しそうにする彼女を見ると下手なことは言えないような感じがして、ありきたりな返事しかできなかった。

「まずは謝るよ。ごめんなさい、僕の世界に付き合わせてしまって……」

 桃架はペコリと頭を下げた。

「いやいいよ。でもまぁ中二病ならもっと壮大な世界を創れよ、って思うけどな。異世界で無双とか未知の力で俺TUEEEEEEEEとか。なんでよりによってただの生き別れた兄妹なんだよ」

 と俺が尋ねると桃架はクスリと笑った。

「ふふっ、それ、元中二病のセリフだよ。中二病してなきゃそんな異世界無双とかそんな妄想出てこない」

「……バレた?」

「もちろん、僕の現役なんちゃって中二病の邪気眼がそう告げている」

 桃架は左目を覆ってthe中二病をアピールしたあと通常モードの口調に戻って言う。

「実は話には聞いていたんだ。あなたは新しくコーチになってくれる成宮柊さんだろう?」

「なんだよ、知ってたのかよ」

「だから言ったじゃん。邪気眼に狂いはないって」

「ホントは?」

「……昨日監督に電話もらった」

恥ずかしそうに目を逸らして言った。

 紅葉の奴そういうところはちゃんとやるんだな。今日の練習開始時間と共に教えてもらったのだろう。

「じゃあ知ってて中二病してたのかよ」

「いや、気付いたのはコンビニを出て名前を聞いてからだよ。最初に僕の名前を知ってたのはさすがに驚いたけどね」

「それは悪かった……俺は順から名前だけは聞いていて……」

「いやいいんだ。まさか本当に僕の妄想が具現化したのか!と本気で思ったんだから。久しぶりに僕の世界に飛び込めた気がするよ」

 さすがに大袈裟だろ、と思いつつ小6のくせに難しい言葉を知っていることに感心した。

「とにかく中二病を卒業したのに中二病に付き合わせてしまったのは本当に申し訳ない」

 何度も謝る桃架は本当に申し訳なく思っているようで肩をすくめている。

「……ふっ、貴様の邪気眼……確かに本物のようだな……俺の正体が分かるとは……さすが妹なり」

 懐かしいな、この口調。中学2年生の時の俺はこうして異能力を夢見てこんな喋り方を自室でしたものだ。桃架と同じように公然でこんなことはしなかったから黒歴史には残らなかったのが幸いだ。

 突然中二病になった俺を訝しむように見つめる桃架に俺は普段の口調に戻って続ける。

「俺も現役なんちゃって中二病だぜ。なんせ練習中にサッカーしてる野球チームをあと一か月で大会で優勝させようとしてんだから」

 少しカッコつけすぎたか?言ってみたはいいがすごく恥ずかしい。

 すると今度は桃架が笑い出した。

「ははははっはははっ!ひょっとして僕らのチームのことかい?はははっ!」

「……やっぱカッコつけすぎたか?」

 涙が出るほど笑う桃架は指で流れ出るそれを拭い、首を振った。

「いーや、全然!!超カッコよかった!!!」

 そう言って立ち上がり尻に敷いていた国語辞典のハードカバーを取った。ハードカバーから抜き出された辞書は膨大な量の黄色の付箋で埋め尽くされていた。これが桃架の小学生離れした語彙力の所以なのだろう。

「えーっと何て言うんだっけ、こういうの……」

 目測で開いたページからぺらぺらと5ページほどめくったところで手を止め、開いたページを俺に見せてきた。

「‘‘戦友”……か」

 俺が見せられたページの中段に書かれたその文字を読み上げると、桃架は辞書を閉じてハードカバーへしまった。

「僕らは同じ戦場で戦う戦友だよ」

 はにかみながら言う桃架は空いた右手を俺へと差し出す。

「染白JSCのキャプテン、観音崎桃架だ。よろしくね、兄貴」

「……ってキャプテンだったのかよ」

「これでもね」

 桃架は申し訳なさそうに人差し指で頬をかく。

 俺は差し出される小学生の手を貸され立ち上がる。小学生に手を貸されるようじゃ高校生の面目が保たれないかもしれないが、不思議と桃架だと劣等感は感じず、むしろ対等のように思えた。なぜかって?理由は簡単だ。俺たちは戦友なのだから。

「染白JSCの新コーチ、成宮柊だ。よろしくな、妹」

 身長差のある2人は強く握手をした。

 言わずともここでの会話は2人の間だけの秘密になるだろう。もちろん俺と桃架は兄妹なわけがない。俺と桃架が描く実現不可能な絵空事に過ぎない。ただ、最初はうっとおしかったはずの、俺を兄だと信じる天真爛漫な桃架の姿がとても眩しくなったのだ。もう一度あの桃架を見てみたい、そう思ったのだ。

 誰だって夢に描く世界はある。この現実世界じゃ不可能なことだって夢ならば描けるのだ。これから先、桃架の個性が消えてしまわないようにしてやりたい。ありのままの桃架でいさせてやりたい。俺はそう誓った。

 ……そういえば、結局なぜ異世界無双や俺TUEEEEEEEEの妄想じゃなく、なんてことのない兄妹の妄想だったのかを聞けずじまいだったなと思ったのだが、時計の針はもう12時50分を指していた。

 紅葉に怒られてしまわないように俺と桃架はグラウンドへと慌てて走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の風は青春の1ページとスカートをめくる 月瀬 舞 @2907maimai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ