六、ささやかなエピローグ

 アインズは霊廟れいびょうたたずんでいる。

 大切な仲間たちの不格好な似姿の像たちを前にして。


 伝えておこうと思ったのだ。

 かつてパンドラズ・アクターに彼らの姿を取らせてしたように。

 ちゃんと読んでもらえるかも分からぬメールを送っていたように。

 このナザリックで、今回の事件がどう受け止められているか。

 たとえばNPCたちの様子について。たとえばこの世界で出会い傘下さんかに組み入れた者たちの反応について。


 本当には届くことがないと分かっていても、自己満足は得られるはずだった。


 しかし、実際に足を運んでみて、立ち並ぶアヴァターラたちに囲まれて、言葉は何一つ口をついて出なかった。


(せっかく護衛の者たちまで下がらせて、ここまで足を運んだんだがな)


 人間の姿のままであったなら、苦笑が浮かぶところだろうか。

 それとも虚しさもあらわに無表情でいただろうか。


 アインズにとって心の慰めとも言えるはずの霊廟が、今日はいやに冷ややかに思えた。


 アルベドをここに連れてきたときのことを思い出す。

 アインズもまたいなくなるのかと尋ねて、彼女は泣いた。

 そんな反応をされるとは思ってもみなかったアインズだったが、今は少しだけ、分かる気がした。


(いつか本物のギルメンに会えたら、その時にはきっと話せるのだろう。ここでアヴァターラたちに向けて語ろうとしていたことも、それ以上のことも)


 それに、とアインズは小さく笑った。


(もしもまた、ナイトメア・カーニバルで出会ったときの彼らに、まがい物と名乗る彼らに、再会することがあったなら――その時はいちいち説明しなくてもいいんだろうか。このナザリックに染みついた思念としての彼らは、全て知ってくれているのかもしれない)


 ならば、その時には何を語ろうか。


 責めるのか。

 怒るのか。

 恨むのか。


 言祝ことほぐのか。


 分からない。


 アインズは心にふたをする。

 深淵を覗いてはならない。

 悪夢の中でうねったどす黒い感情を、見つけてはならない。


(……まったく。俺としたことが、急に楽観的だな)


 NPCはもちろん、ハムスケら外部の者にも、再会論は根強くあるらしい。論、といえる根拠も何もないくせに、純粋に信じ切っているような者たちもいる。


 アインズとしては彼らの希望を奪うつもりはないが、その無邪気さを憐れんでもいたはずだった。


 なのに、今は彼らと同じような思考をしている。


(しっかりしろ)


 会える、だなんて思ってもいないはずなのに、会ってからのことを考えている。

 どちらかといえば、オリジナルのギルメンが転移していたとか、遅れて転移してくるとか、そっちの方が可能性はありそうだ。

 それとて、どの程度の可能性か。

 捜索隊をアルベドに任せているとはいえ……


 いや、考えまい。

 アインズは頭を振る。


 なおも未練がましくアヴァターラたちを見回し、ため息を落とす。

 呼吸をしなくとも、この仕草ばかりはなかなかやめられないようだ。


 きびすを返し、霊廟を後にしようとする。力無い足取りで。


「ほんっとに辛気しんきくせえよなあ、ギルマスは」


 あざけりに満ちた声がくっきりと響いた。


「……るし★ふぁーさん?」


 驚き、振り返り、辺りを見回し、スキルのありったけを駆使くしして探すも、いない。


 そうまでしてようやく、頭が冷静になる。


 ギミックか。


 るし★ふぁーは、『ナイトメア・カーニバル』に悪戯いたずらしたときに宝物殿に入っている。

 あの頃はすでに霊廟れいびょうは霊廟として在った。

 もしもギミックを仕掛けられていたとしたら、これまで発動しなかったことから考えても、なにかしら面倒な条件をつけていたのだろう。


 規定の時間立ち尽くしているとか?

 その間、ログに残るようなことをしない――すなわち言葉を発さず、スキルや魔法も使わず装備も変更せずアイテムも使用せず、壁にぶつかってみたり無意味に攻撃モーションをして0ダメージと表示されることもせずにいるとか?


 あのトラブルメーカーが考えることは、いちいちよく分からない。

 常なら激しく苛立つところだが、今ばかりはどこか愉快だった。


「まったくもう。風呂のときといい、今回といい、あなたの仕掛けがどれだけあるのかと不安になってきましたよ。これはしっかり、るし★ふぁーさんの悪戯の痕跡こんせきを洗い出す必要がありそうですね」


 どういう条件で、どんな具合に発動するか、分かったものではないが。

 拠点に知らぬ仕掛けが放置されたままでは、いざというとき足元をすくわれかねない。


 この霊廟れいびょうのそれを調べるのは、後回しでいい。

 そもそも宝物殿に侵入される想定がまずいのだから。

 るし★ふぁーが侵入者側に有利な何かを設置している可能性はある。


 たとえば――

 たとえば?


 直前のナイトメア・カーニバルで召喚された者たちが、侵入者側の傭兵NPCとなるとか?


(……るし★ふぁーさんは何をするか分からないしなあ)


 工作に失敗して放置していた仕掛けでさえも、この世界に転移したことで動き出す可能性はある。


 現実世界と繋がって、本物のギルメンをワープさせる……まではさすがに希望的観測にしてもやりすぎだろうか。


(さて。何回俺の精神を沈静化させられますかね、るし★ふぁーさん)


 今度こそ、アインズは霊廟を離れる。

 先ほどとは打って変わって、力強い足取りで。



〈完〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナイトメア・カーニバル ツナサラダ @tunasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ