第3話

 矢倉は腕を組みながら、茶屋で呆けていた。茶は冷め、葉が茶碗の底に溜まっている。みたらし団子は一つだけ食べられ、残りは風にさらされ固くなっている。


 十両とハクのおっぱいに目がくらみ、勇んで銀山に行ってみたはいいものの、どうやって間者を探し出せばいいのか見当もつかなかった。馬鹿正直しか取り柄のない矢倉にとって、後できることはひとつだけ。銀山入り口近くの門番に対し、腹から声を出すだけである。


 「ここに反乱者はおらぬか!今なら許してやらなくもないぞ!」


 数秒後、十人程度の屈強な炭鉱夫に囲まれ、腹を数回殴られた後、入り口前にあるゴミ捨て場に投げられた。


 そもそも今回の仕事は「潜入」である。そこに求められるのは、いかに他人を欺くか。冷静に考えてみれば、もっとも自分が苦手としているものを、なぜ二つ返事で受けてしまったのか。矢倉は悔いる。やはりおっぱいだ。ハクのおっぱいに自分は負けてしまったのだ。くそう、あのおっぱいめ。やわかそうだったな。適度に張りがあって、少し上を向いていて。天使みたいにかわいかったし、性格もまさに天使だった。・・・あれ、なんの話だったか。そうだ、潜入だ。どうしたものか。

 矢倉は、固くなった団子を頬張りつぶやく。


 「潜入ができる知り合いに偶然あったりしないものか」


 まあそんな都合のいいことは起こるはずがない。諦めて矢倉は茶屋の店内をぼんやり眺める。一角に、皿と串が山積みされているのが目につく。客は自分以外に一人だけなので、その一人が全て食べたのだろう。よくもまあ団子だけを飽きずに食べられるものだ。興味本位でその客を見ようと立ち上がり、矢倉は思わず叫んだ。


 「ここにいた!」


 言霊。言葉に出すとそれが現実のものになる。眉唾ものだったが、こうなると信じざるを得ない。


 「百舌(モズ)ではないか!お主もここに来ていたのだな!」


 一心不乱に団子を貪っていたその手を止め、百舌と呼ばれた者は矢倉を見やる。瞬間、目を丸くし、次に団子を詰まらせてむせ出した。


 「げほぉっ!ぐほぉっ!・・・もう、なんなのよおどろかせないでよ!どうしてあんたがこんなところにいるのよ?」


 オカマ口調のようだが、こいつはなんとか女である。本名は知らないが、皆から百舌と呼ばれている。由来は明確。


 「お主、会えばいつでも団子を食っているな。まるで百舌の早贄のように」

 「なっ、う、うるさいわね!何を食べようと勝手でしょ!ここのお団子、すっごくおいしいんだから!見世物じゃないんだから用がないならさっさとどっかにいきなさいよ」


 相変わらず可愛くないことを言う。素材、は決して悪くない。悔しいがむしろいい部類だ。目は大きく、まつ毛も長く、体も適度に引き締まっている。ただしこの女、男のような格好をしている。それがダメだ。髪は短く切られており、胸もサラシで小さく見せている。着物も男もので、童子のように少し裾丈を短くしている。本人曰く、男の格好の方が旅をしやすいのだというのだが、これのおかげで全く女に見えない。加えてこのがさつな口調。もうまごうことなく男である。


 「用はお主にあって急遽できたのだ。すまぬが、私と付き合ってはくれぬか」

 「は!?え?つ、付き合うって!な、なんのよ!からかってるんだったらよしなさいよ?」


 なぜか百舌は顔を赤くした。風邪でも引いているのか。


 「いや、からかっているわけではない。くノ一であるお主に、正式に仕事として依頼したいことがあるのだ」

 「は?あ、ああ、付き合うってそういうことね。もう。紛らわしいわね」


 そういうと百舌は短い髪を指先でくるくると弄んだ。少しだけ心臓がドクンと音を立てたようだったが、先ほど食べた団子で胸焼けでもしているのだろう。矢倉はそう自分に言い聞かせ、百舌に先ほどの顛末を話す。面倒な仕事にもかかわず、二つ返事で引き受けてくれた。報酬は団子二十本。まだ団子を継続して食べているにもかかわらずだ。やはりさっきのは胸焼けにちがいない。


 「いやこれは後でおやつに食べる分なの。さすがのあたしも、これ以上食べたら動けなくなるわよ」


 険しい山道をひょいひょいと進みながら、百舌はそう言い訳している。団子は他の荷物と一緒に風呂敷に包み、背中に背負っている。あの量の団子を食べたあと、さらにおやつとして団子を二十本を食おうとしている時点で、すでに怪物じみている。矢倉は心の中で毒づきながら、百舌のあとを付いていく。だがさすがはくノ一。こういう道無き道を進むのはお手の物だ。体の重心が一切ぶれず、芯はそのままに足だけがせわしなく動く。もっとも疲れない移動方法だ。悔しくも関心していると、ある岩盤の前で百舌は立ち止まった。耳を岩に押し当てる。


 「多分このへんだと思うのよねー」


 そう言うと、百舌は後ろに背負った風呂敷包みから、腕まで覆う大きな小手型の南蛮武具を取りだした。あっという間に装着すると、


 「いっけー!ぺねっとれいと!」


 瞬間、南蛮武具が黄色く光り、手のひらから目に見える衝撃波が弾け飛び、岩盤を貫く。矢倉は思い出す。そうだ、こいつは団子を食うから百舌と呼ばれているだけではなかった。この南蛮武具で複数の敵を貫くことも、百舌と呼ばれる所以なのだった。


 「さ!いくわよ!」


 およそ潜入という言葉の意味を理解していないだろう百舌の後を矢倉は素直についていく。入ると坑道につながっていた。正面から行けば門番に止められるから、脇から壁を貫いて坑道に潜入するという大胆不敵な百舌の作戦は見事に成功を収めた。


 「とりあえずこの道を曲がったほうがよさそうね」


 百舌はそう言っていくつかある分かれ道を右に曲がる。なぜこいつはここの坑道に詳しいのだろうか。そんな矢倉のちょっとした疑問は2秒後に解決する。

 道を曲がったところには、炭鉱夫たちが八人ほど待ち構えていた。すぐさま矢倉に襲いかかり、後手に縛ってしまう。


 「ってことで、ごめんね。あたし、炭鉱夫側に雇われてるの。これ、お詫びのしるし」


 そう言って、団子を一本、矢倉の口に放り込んだ。頬張ったみたらし団子は、いささか塩気が強かった。

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南蛮渡来! 宮坂マサヨシ @haruakubi2

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