第11話 帰り道の小さな不安。

 時計の針がテッペンを過ぎ、だいぶ経った頃の人通りもまばらな繁華街。

 スーツの男が一日の疲れを酒で癒し、フラフラとした足取りで家を目指していた。


「ひっく…………ん?」


 視界の端で何かが動いたような気がして足を止め、そちらに視線を向ける。

 ――ビルとビルの間、幅にして約二メートルほどの薄汚れた路地。


 足を止め、路地の闇をマジマジと見つめる。その行為が男に不幸をもたらすとは気付かずに……。

 突然の強風に思わず目をつぶってしまう。

 そして――。


「う、うわぁああっ!」


 寝静まった繁華街に男の絶叫が響いた。



 十数分後、その現場には救急車や数台のパトカーが慌しくやってくるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「それじゃ、今日はここまでだ。プリントにもあったように物騒なことが学校の周りであったからな、下校の際は気をつけて帰れよ」


 そう言って、担任の先生は教室を出て行った。


「おーい、祐。帰ろうぜ」

「そうだな。――冬花も一緒に帰るか?」


 自分の席で帰り支度をしていた冬花にも声をかける。


「うん、なんか気味悪いし一緒に帰りたい……かな?」

「だな。日が出てるとは言え、何かあってからじゃ遅いし」


 頭によぎったのは都子と出会った日に襲ってきた『物の怪』と都子が呼んでいた存在。

 普通に生活していたはずの俺も、突然襲われて死を覚悟したくらいだ。あんな恐怖を冬花に体験させたくはない。

 俺がいるから大丈夫、なんて口が裂けても言えないけど、何かあった時に引っ張って逃げるくらいは出来るんじゃないか? と思っている。


「お二人さんは相変わらずだな……」

「ん? どういうことだよ?」

「いや、何でもねぇよ。それより、二人はどうする?」


 松山と最上に声をかける総司。

 声をかけられた二人は顔を見合わせて、すぐにこちらを向く。


「んーそうね、途中まで一緒に帰りましょうか」

「そだねっ」


 こうして、俺たちは五人で家路についた。



「それにしてもよー、今日配られたプリントで疑問に思ったんだけどよ。あーいうのって襲った相手の特徴とかも書いてあるイメージだったんだよなぁ」


 校門を出てからしばらくして、総司が口を開いた。

 その話題に食いついたのはやはりと言うか最上だった。


「あぁー確かに! 福島っちの言うとおり、身長がーとか書いてあるイメージだよね」

「それは、目撃者が誰も居なくて捜査が難航しているんじゃないの? とりあえず注意を促さないと、って感じじゃない?」


 松山が知的な雰囲気のメガネを人差し指でクイっとかけ直しながら答えた。


「そんなもんかなぁ? ボクには何かの陰謀を感じるよ」


 どことなくワクワクしている最上。人が一人、重体になっているのにのん気な奴である。そして、不謹慎だ。

 しかし、自分の周りで事件が起きない限り、どこか他人事になってしまうことは良くあることなのかも知れない。

 俺の場合は一度、『物の怪』に襲われたことがあるので他人事とは思えない。むしろ、もしかしたら『物の怪』の仕業なんじゃないか? と疑ってもいる。

 こんな話をしたところで信じてもらえるとは思えないし、変に不安にさせるのも良くないだろう。


「――うくん? 祐くん? ……祐くんっ!」

「んんっ? どうした冬花?」

「さっきから呼んでるのに上の空だったから。……何か気になる事でもあるの?」

「いや、少し考え事をしてただけだからさ」


 冬花は形の良い眉をひそめながら俺の顔を横から覗き込む、その仕草にドキッとしてしまう。

 そして夕陽が顔に当たり、クリクリとした冬花の大きな瞳が輝いてみえた。


 この間の都子といい、夕陽と美少女って破壊力抜群だなぁ……。


「どうかしたの、祐くん? ジッと見つめられると、その……恥ずかしいよ……」

「あ、あぁ。悪い」


 頬を赤く染め冬花は目を逸らすが、チラチラと俺の方を見てくる。

 ついつい俺も照れくさくなって頭を掻いた。


「ほほー。良い雰囲気でしたな、お二人さんっ!」

「んなっ! 違うっていつも言ってるだろ! なんでそういう勘繰りばっかりするんだよ」


 確かにさっきは思わずドキッとしたけど、すぐにそういう方向に持っていくのはどうしてなのか俺にはわからない。


「うぅ……」


 冬花は唸っていたが松山がなにやら、冬花に耳打ちをする。途端に頬にさす赤みが増えた気がした。

 はぁ……長引かせるとまた蒸し返されそうだし、話題をかえよう。


「それより、さっきまでプリントの話してただろ。あの話はどうなったんだよ?」


 総司と最上が顔を見合わせる。

 やれやれといった肩をすくめるジェスチャーをする二人。


「どうもこうも……なぁ?」

「笠間っち。うちらはただの高校生なんだから、気をつけないとね! くらいしかないでしょ」


 最上に正論を吐かれると凄くイラッとするのはこの間、都子とのことを問い詰められた時の恨みかな?

 あの時は冬花と松山が二人がかりで止めてくれた。二人には感謝である。


「最上に正論を言われる日が来るとはなぁ……」

「むむむっ! どーいうことだい、それはっ!?」

「まぁ、千代の日ごろの行いじゃない?」

「茜っちまでヒドいよぉ」


 ヨヨヨ、と大げさな泣き真似。実にワザとらしいので華麗にスルーすることにする。


「まぁ……最上に言われると癪だけど、物騒な世の中だよなぁ……」


 頭の中にあるのは、あの日襲ってきた『物の怪』の禍々しい黒色。

 思い出しただけで身震いしそうになるけど、必死に抑える。


「むー。ホントに笠間っちはボクの扱いがひどいな。あんまりヒドいと冬花に泣きついてやるんだからね」

「……はいはい。バカ言ってないで、ちゃんと前を見て歩かないとコケるぞ!」


 こうやってみんなでワイワイとバカをやっているこの瞬間が、大切なもので暖かいものなんだと噛み締めながら家への道を歩いた。

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