突拍子もない救助要請をしてしまった 3

 大小様々な光る玉によって、俺の周囲は青い輝きに包まれる。

「な、何?」

 思わず立ち上がり前後左右を確認するが、見事に囲まれていた。

 しかもさっきまできゃいきゃい笑い声(?)を上げていたのに今は何の音も発していない。

 淡く強く。その輝きを呼吸の様に変えながら、光球たちは段々と包囲網を縮めてきた。

 とはいえ、最初みたいに襲われる恐怖とか命の危険を感じるようなことはない。

 先輩のお気楽発言に感化されたのもあるが、こいつらの纏う雰囲気に既視感を覚えたからだ。

 以前俺が足の小指をテーブルに思いっきりぶつけて蹲った時に、心配そうにこちらを見つめていた下の妹と同じ空気を光球たちから感じる。

 だからだろうか。その時の様に、俺の心は強がりで補強されて、多少無理やりでも折れた状態から立ち直っていく。

 そのまま下の妹を安心させた時の様に光球たちに向かってぎこちなく微笑むと、何となく周囲の空気も緩んだ気がした。俺の心も少しだけ駄メンタルから復活する。

 するとそれがわかったかのように、光球たちが再び楽しそうにきゃいきゃい言い出した。

 そんな無垢な反応に、俺は驚きを隠せず声に出してしまう。

「って、あれ? まじで? 俺の思い込みじゃなくて」

 間違っていたら自意識過剰なんてものじゃないが――

「もしかして、俺のこと心配してくれたのか?」

 気が付けば言葉が通じるかも分からないのに、俺の口は光球に向かって質問を投げかけていた。

 すると、

「うわっ」

 返事の代わりなのか、光球たちが一斉に輝きを強くした。目を焼くほどではないがそれなりに強烈な青い光に俺は思わず目をつぶる。

 輝きが弱くなるのを瞼越しに感じ取ってからゆっくり目を開ける。まさか、そんな、と思いつつも今の輝きの意味を確認する為に、もう一度光球たちに話しかけた。

「えっと……、今光ったのは『イエス』ってことでいいのか?」

 輝く。

「俺の言ってることがわかる?」

 輝く。

「……まじで?」

 輝く。

「ちなみに否定するときのリアクションってどうなるんだ?」

 豆電球レベルまで輝きが弱まった。

「あ、そうなるんだ」

 輝く。

 傍から見たら独り言をつぶやく度に周囲が明るくなったり暗くなったりするという、何の儀式だと言いたくなるような光景だろう。

 だけどそんなのはどうでもいい。

 何でいきなりこんなに意思の疎通が可能になったのかはわからないけど、文字通り光明を見出した俺の胸は高鳴っていた。

「せんぱーいっ! 先輩ちょっと戻ってきてください!」

 新発見に俺は右手を振り上げ、大声で先輩を呼ぶ。

 自分の声だとは思えない高い声に違和感は拭えない。

 が、

「ふぁっ!? ……まじか」 

 胸の違和感よりかはましだ。

 ほんの少し右腕を上げて振るだけでこんなに胸が揺れるとは思わなかった。

 慌てて腕を下ろしたけど、その動きでも胸がジャージに擦れてまた変な声がでてしまう。

 出っ張ってるとちょっとした動きにも過剰に連動するらしい。胸の大きい女子の苦労が文字通り身に染みた。

 そんなことを考えていると光球たちが左右に分かれ、駆け寄る先輩を受け入れる。往復でかなりの距離を走ったのに、息切れせずに先輩は笑いかけてきた。

「どうかした?」

「あ、いえ、ちょっと色々な発見があったんで」

 光球たちとの意思の疎通と巨乳の苦労。

 並行させるつもりはなかったけどつい「色々」と一括りにしてしまう。

 色々の内訳を聞かれたら困るな、と焦ったけど、その心配は無用だった。

「こっちも色々わかったよ」

 先輩にも俺に知らせなければ、と思う様な発見があったらしい。

 よほどの発見だったのか、先輩の顔が輝いている。

「えっ、出口があったんですか?」

 そんなに顔を輝かせて報告する案件が思い当たらず、俺は勢い込んで問いかけた。

 すると「いや、それはまだ見つけてないけど」と首を振られてしまう。

 なら何がわかったのか、と首を傾げたら、先輩が胸を張りながら右手の親指を下に向けた。

「走って思ったんだけど、『これ』すっごい邪魔だね!」


 そう言って親指が示すのは――先輩の股間。


 その直球な発言に俺は硬直した。

「…………」

「ノーパンだからかな。ぶらぶら揺れるから気が散って参ったよ。

 視界が高くなって走る速度が上がったのはありがたいけど、足動かす度に微妙にポジションずれるのが落ち着かないし。

 なんか男子の苦労が少しだけわかった気がする」

「…………」

「あ、でもジャンプした時の『ひゅんっ』てした感覚はけっこう気持ちい」

「言わせませんよ!」

 俺の絶叫に、少しだけ光球たちが離れた。



「――なるほどなるほど。この子達が結構空気読めるタイプだった、と」

 ふわふわ浮かぶ手の平サイズの光球を両手で包み込んで、先輩は自分の顔を近づける。

「空気が読めるとは違うと思いますけど」

「あれ? だって君を心配してくれたんでしょ。

 考えてみたらさっき私たちが話し始めたら静かになってたし」

 先輩の言葉に俺は「確かにそうですけど」と返しつつも、ずれそうになる話の軸を修正する。

「光の加減で『はい』『いいえ』のリアクションをしてくれたのは確かです」

「なるほどなるほど。

 もしかしたら言葉が通じないだけで、きゃっきゃうふふって言ってるのはこの子達の言語なのかもしれないね」

 私より頭がいいのかな、と言いながら先輩が両手を広げる。

 包み込んでいた光の玉は離れるかと思ったらそのまま先輩の頭の上に乗ってのんびりと明滅を繰り返した。

「で、この子達に聞いてみる、と」

「ダメもとで、ですけど。

 他に聞ける相手もいないし」

「いやいや。貴重な情報源になってくれるかもしれないよ。

 ダメもと上等!」

 にっこり笑顔で親指を立てる先輩。

 多分、上手くいかなくてもこの笑顔が曇ることはないんだろうな。

 根拠はなくてもそんな確信が持てる先輩の楽観的な態度に後押しされて、こほんと咳払いをする。

 大きく息を吸って吐くと、俺はその質問を光球たちに投げかけた。

「……俺の言葉が分かるなら訊くけど、ここって出口ある?」

 この質問に光球たちの輝きが強まるか弱まるかで、俺と先輩の運命は決まる。

 出口はあるのか、出口があった時その先に何があるのか、そもそも出口がなかったらどうしよう。

 ぐるぐると色んな考えが頭の中を掻き回す中、俺は光球たちを凝視する。

 そして――

 

  光球たちが一斉に――輝く。

  

 その意味が理解できた瞬間、目を覚ましてから初めて喜びで口元が緩んだ。

「……るんだ。あるんだ! 出口!」

 俺の歓喜の声に答えるように辺りは更に青い輝きに包まれた。

 眩しいけどそんなこと言っている場合じゃない。

 むしろ希望の光に思えて、俺は嬉しくて目の前にいる光球たちに手を伸ばした。

 俺たちを取り囲む光球たちの輪も更に縮まるが、もう気にならなかった。

「よし、よしっ。希望が見えてきた!」

 まだここから外に出るまでどれくらいの距離があるかはわからないけど、幸い性別が変わった以外ケガらしいケガはない。

 この女子の身体が男の時の自分と比べてどれくらい体力があるかは不明だが、生死がかかってるんだから多少の無理も押し通すべきだろう。

 そう考えながら先輩の方を見てみれば「よかったよかった」と言いながらパチパチと拍手をしていた。

 うん、今の先輩なら体力の心配はないか。さっきも息切れ一つしていなかったし。

 なんとかなるかもしれない。

 現金なもので、どうにかなりそうな可能性が見えた途端、それまで思いつかなかった高望み的な考えが浮かんでしまう。

「出口ってここから近いのか? その出口から俺たちみたいな人間が住んでいる場所に近いといいけど。

 そもそもここには俺たち以外の人っていないよな?

 いたら会いたい……っていうか、助けてほしいけどそれは無理だと思う?」

 同じ状況の先輩には言っても困らせるだけの考えも、現地在住(?)の光球たちなら色よい返事がもらえるかもしれない。

 そんな期待と――油断があった。

「ところで出口ってどこにあるんだ?」

 呟きながらそれらしきものが見えない周囲に視線を巡らせた、次の瞬間。


 辺りを漂っていた大小様々な光球が一斉に姿を消した。


 正確に言うなら、まるでレーザーみたいな残像を残す勢いで天井へと飛んで行ってしまった。

 まるで打ち上げ花火の様だったが、花開くことはなくそのまま天に昇っていく。

 やがて闇に飲まれて光球たちの輝きが消え、辺りが薄暗くなった。床や壁の淡い光しか残っていないからだ。

「…………」

 一瞬の出来事に俺はぽかんと口を開けたまま、光球たちが姿を消した終わりの見えない天井を見上げた。

 え? ちょっと待て。まさか……

「出口、あっちみたいだね」

「まじでかぁぁっ!」

 見えない天井を指さす先輩の言葉に、俺は頭を抱えて仰け反った。

 何で飛んでいったのか一瞬理解できなかったけど、恐らく俺の質問への答えを行動で示したんだろう。イエスノーで答えられない方角を教える為に。

 少しの時間しか接していないが、あの光る玉たちが友好的な存在であることに確信があったから、俺たちを困らせるつもりで飛んで行ったとは思えない。

 だから先輩の言う通り、四方が壁のこの空間の出口は上にあるのだろう。

 でも、それ出口って言わないんじゃないか?

 そりゃ、ぷかぷか浮かんでるからあいつらにとっては出口になるかもしれないけど、空を飛べない俺と先輩では壁によじ登るしか手段はない。

 手段はないが、いくらなんでも光が見えなくなるほどの距離を命綱なしで登るのは体力的にも技術的にも不可能だ。

「ちょっ、しかも全員で行かなくてもいいだろ!

 カムバーックっ。一人でもいいから戻ってこーいっ!」

 他に出口がないのか聞きたくて、飛んで行った光球たちを呼び戻そうと天の闇に向かって叫ぶが、反応はない。

 どこまで行ったんだ、あいつら。 

 さっきまで床から湧き出るように発生していたのに、新たに光る玉が出現する気配もない。

 先輩と二人っきりの空間は、恐ろしい程静かになっていた。

「うそだろ……」

 取り残されたという想いが急速に心を蝕んでいく。

 そんな俺の軟弱な精神とは正反対に、

「まぁまぁ。ここがあの子達の家みたいなものだと思うからその内帰ってくるよ。

 あせらないあせらない」

 先輩のメンタルはどこまでも強い。

「とりあえず、あの子達が帰ってくるのを待とうよ」

 明るく提案する先輩に、俺はぎこちなく頷いた。

 でも、そうだよな。焦っても仕方がない。

 あの光球たちは俺たちの味方だと信じて待とう。

 何とか気持ちを切り替えて、俺は先輩の考えを肯定すべく口を開いた。

 

 ――と、同時に。


 光球たちの消えた方向からもの凄い勢いで「何か」が落ちてきたかと思うと、激しい水音と共に盛大な水しぶきが俺と先輩の視界と身体に襲いかかってきた。


 

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