2 金時、鬼にまみえること

 街道をはずれた野のなかで、いったいだれを――いや、なにを追っていたものか、関の番卒が、丸太を転がすようにごろごろと息絶えている。


 様子からみて、ただの関所破りとは思えなかった。まさかに、熊や狼を狩っていたわけでもあるまい。


 あるいは、


 ――どちらが狩られていたのか、だ。


 にやり、と、影に染まった男の顔がひしゃげた。つづいて、


 呀、呀、呀呀呀呀……


 異様な音が、男の喉をおしひしいでもれた。


 笑い声だ。深くかぶった菅編笠の陰で、男の顔はしかとは見えぬ。だが、その声音の意味するところはあきらかだった。


 夜半、人里離れた曠野あらののただなかで、真新しい屍を足下そっかに踏みしだきながら、この男はまるでうれしくてたまらぬかのように、おのずからあふれだす笑い声を抑えられないでいるのだ。当たり前の神経では、さらにない。


「出てこい」


 と、男は吼えた。


「ぼちぼちいいだろう。わしとおまえと、どっちがになるか、ためしてみようじゃねえか」


 はじめのうち、たける言葉は闇に吸われて、いらえるものとてないように思われた。


 あるいは気まぐれであったのか、大地の精気を凝りかためて人形ひとがたにつくったような、尋常ならざる男のたたずまいに興をおぼえたものか――


 ふいに、くつくつと、喉の奥で悪意の珠を転がすような、きれぎれの笑声が風にのってかすかに届いた。


 笑い声とは言い条、ぞっとするような凄みがその真底にはある。なにか怖いものを秘め隠しにした声だ。六人の命を、道々に奪い去ってはばからぬ声である。どうでまともな輩ではない。


 菅笠の男は、すらりと太刀を抜き放った。


 風はますます吹きつのり、四面の茅草ちぐさをざんばらに吹き乱している。耳朶をうつ風音にはばまれて、含み笑いが右からくるのか左からくるのか、それすらもようとして知れぬ。


「うぶをきめこむがらじゃねえだろ」


 男は風に負けぬように、胴間声をはりあげた。その声に、じれたような色はない。むしろこの、ひりつくほどにはりつめた空気を楽しんでいるかの趣すらある。男は四方にじっくりと目を配りながら、泰然と、


「それともなにか、人前に出せんようなご面相か」


 一瞬、鼻白みでもしたかのように止まった含み笑いが、すぐにまた、今度ははっきりとした笑い声となって、ひときわ高くもどってきた。


「……ほう。ぬかす、ぬかしおるわ、土臭い荒夷あらえびすめが」


 そのいらえに、月光を浴びて白くかたぶいた男の笠が、ぴくりと動く。われ鐘のような男のそれとは異なり、状況を考えれば不自然なほどに落ち着いた声音だ。にもかかわらず、その声は風にかき消されるでもなく、まっすぐに男の耳に届いた。


むくろを見ても、いまさら肝ひしがれもせぬか。さすがに坂東の武士もののふは、都とは違う。なるほど人離れしておるわい」


「おきやがれ。そんなにと、けつがかゆくなら」


 男は風に吹き飛ばされそうな笠のうちから、あたりをめまわしながら、


「あいにくと、わしはただのそまだ。武士ではない」


「ほ、木こりか。――したが、そこな手のものは、まさかりには見えぬの。木を伐るよりも、よほど人を斬るほうが向いておりそうじゃ」


 おとろしおとろし――と、夜風があざけりを運ぶ。


 男はゆっくりと、太刀を持った右手を顔の前まであげると、


「こいつはおやじの形見よ」


 左手をそえて、荒縄を巻きしめたつかをぎりりと握りなおした。


「どうやらおめえさんは、都のおひとらしいな。ところでわしは、万事お高くとまった都人というのが、なにより好かんのだ」


 男の声が、火にあぶられた石くれのように、しだいに熱をおびてくる。


「なんのご用でおいであそばしたか知らんが、ひとの在所をこれだけ荒らして、よもや、黙って帰れるとは思うまいな」


「……ふん、挨拶をせよと申すか。してもよいがの」


 そのしわがれた声は、ひそやかにのびるドクダミの地下茎のように、次の瞬間まったく予想だにせぬところ――男の足の下からだしぬけにわきおこった。


「今生での、聞きおさめになるやもしれぬぞ」

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