第4話 1983年8月2日


八月二日。

次の朝目覚めると、一番にカレンダーを確認した。

「1983年八月二日か。やっぱり夢じゃなかったんだ」

それから近くにあった鏡に自分の姿を映してみた。

そこには紛れもなく子供が立っていた。「起きたの?」襖越しに母ちゃんの声が聞こえた。

「何で太郎はあんな時間に外にいたの?母さんはてっきり寝ているものだと思っていたよ」

声のする障子を開けてみた。

そこには台所で作業をしながら話す母ちゃんの後ろ姿があった。

その光景に感慨深いものがあった。


少しして田中から電話があった。すぐにみんなで集まろうとのことだった。一時間後に吉田の家に集まることになった。僕はマザコンではないと思うが、少しでも母ちゃんの傍にいたかった。

しかしそうも言っていられない、僕らには使命があるのだ。身支度を整え、久しぶりに母ちゃんの手料理を食べた。ただの玉子焼きとあじの塩焼なのにうまくて、堪らず涙が出た。

出掛けるとき母ちゃんに、どこにも行っては駄目だと念を押して家を出た。


母ちゃんがこの家からいなくなるのはこの夏が終わってからなのは覚えている。それでも母がいなくなったあの日のことを思い出すとそう言わずには居られなかったのだ。

外に出ると先程まで晴れていたはずなのに、今は雨が降っていた。仕方なく傘を差して庇から出た。


吉田の家までは歩いて十分程だが、チロリン村を抜ければ五分で着く。


だからチロリン村の道を選んだ。


ここは中学生のときに潰されダムになってしまったから二十数年ぶりに来たが、やはり何の手も加えられていないだけあって、草木がうっそうとしていた。道はみんなが抜け道で使う砂利道が一本。あとは獣道が林のような叢に見え隠れしていた。叢の間にはいくつかの大きな水たまりがあり、ここでよくザリガニを取ったものだ。僕はザリガニが苦手だったが、何故か駄菓子屋で買ったお菓子を餌にザリガニ釣りをした。その水溜りからしたヘドロの臭いに鼻を顰めたが、この当時の僕らは全身にそれを被っても平気で遊び続けていた自分を思い出し少しの笑みが零れた。


そんなチロリン村を半ばまで歩いたところで、雨の中傘を差した人だかりが出来ていた。


よく見るとそこは僕らが良く遊んだ、近所のおじさんお手製のターザンがあるところだった。


人だかりの前にテープが張られていて、その中に何人かの警察官がいた。


人だかりの中に顔見知りの駄菓子屋のおばちゃんの顔が見えたので声を掛けた。このおばちゃんは二・三年後に病気で死んでしまい、店はたたむことになるのだが。そのとき、この時代に来るとき付けられていた腕時計が鳴った。

[この時代の人に未来のことを決して話さないでください]と画面には写っていた。だから言わないでおいた。


「首つり自殺だって!若い女の人らしいわよ」

日記に書いてあった事を思い出した。もうその女の人は運び出された後らしく、警察官が現場検証をしていた。その女の人には何があって、何でここを選んだのだろうかと知りたい気もしたが、体は正直らしく全身を鳥肌が覆い尽していた。


そのとき誰かに見られている気がした。


その気配の方に恐る恐る振り返ってみた。

よく田中にビビっているから誰かに見られているとか霊がいるとかそういう気がしてしまうんだよ、と言われた事を思い出した。


しかし今回は僕の勝ちみたいだ。


そこにはこっちを見ている男の子が薄ら笑いで立っていた。


僕以外は誰もその男の子に気づいていないようだ。と言うより見えないのだろう。

多分だがそんな気がした。

そしてこの男の子こそ絵日記に出てきた男の子だろう。そう考えたか考えないかの内に体がガクガクになり、気が遠くなるのを必死で堪えた。そのあとはゆっくりと正面に向き直すと一度も振り返らずに吉田の家を目指した。


「どうしたんだよ?竹縄。顔が真っ青じゃん。すごく汗も出ているし、大丈夫?」どうにか辿り着くと、出迎えた吉田が驚きの表情で話し掛けて来た。とりあえず水を貰うと今見たことをみんなに話した。首つり自殺の話はみんな驚いたが、男の子の話は田中の、「ビビリが」のひと言で終わらされた。ただ一人、篤志だけは硬直していたのを見逃さなかった。

みんなが集まって話すことは勿論、校舎が言っていた校舎の心残りとは何かということだ。ここで考えていても何も分からないからと校舎のある学校に行くことにした。


首つりに男の子の霊に校舎が喋ったことなどオカルトチックな出来事の連続に正直逃げ出したかった。そして篤志も同じ思いなのだと彼の顔を見れば分かった。田中と吉田は違っていた。どんどん先を歩き頼もしい限りだ。


夏休みで少し雨も降っていたこともあり、校庭には誰もいなかった。校舎の中に入ってみることにした。現代は子供を巻き込んだ凶悪犯罪が横行しているため容易に学校にすら入れないが、この時代はどこかまだ長閑で、平和の空気が漂っていた。だから簡単に校舎内にも入ることが出来た。教室、図書室、音楽室、理科室、トイレ、職員室は先生がいたので諦めた。校舎内を隈無く巡ったが、それらしいヒントは何ひとつ見つからなかった。体育館棟の屋上まで来て、吉田があることに気が付いた。

「僕たちいつまでこの時代にいるんだろう?」

確かに少しずつではあるが、大人の記憶が薄れていっている。

篤志が、こっちの時代に来たときに何故か一人ひとりに着いていた腕時計を眺めていた。「1983年8月2日火曜日十二時半。この430115って、数字は何だろう?」本当だ。一秒単位で減っているこの数字は何を意味するのだろうとそれを見つけた僕も思った。

「もしかしたら俺らがこの時代にいられる秒数じゃないか」流石は田中、良いところに気が付く。

「ちなみに俺は437300秒だ」田中は篤志より少し長い。何故だ、人によってこの時代にいられる時間が違うのか。吉田は422900秒。

そして僕が444500秒だった。

田中の考えが正しければ、どうやらこの時代に一番長くいるのは僕のようだ。昔から算数が得意だった吉田が暗算を始めた。「僕は八月七日の朝十時で一番早く元の時代に帰るんだ。篤志が昼の十二時。田中が午後二時。そして最後が竹縄で夕方の四時」

「何で戻る時間が違うんだ?」田中が多分みんなが気になっていることを口にした。

「最後の人は責任重大かもね」そう言った吉田が厭らしくこちらを見て笑った。「この時間になると忽然と姿が消えるのかな?」篤志が首を傾げていた。

「それはどうかはわからないが、多分その時間を過ぎると、もう戻れないってことじゃないか。この校舎が言っていただろう」僕はこの時代に来たときに校舎が言ったことを思い出していた。

「じゃあ、その時間になったらどこかに行くか、何かをしなければならないってこと?」吉田の疑問に関係があるのかないのか、「さっき父ちゃんにこの腕時計かっこいいだろ、って自慢しようと思ったら急にアラームが鳴って、この時計はこの時代の人には見えませんって書いてあってびっくりしたよ」と言うのは田中だった。だからさっき鳴ったときに書かれていたことをみんなに話した。篤志も鳴ったらしく、テトリス出来ますと書いてあったらしい。この時代にはないゲームだけど古いのか新しいのかは分からないが、そんな機能いらない気がするのは僕だけだろうか。自分のせいではないのに恥ずかしかったのか、篤志が顔を真っ赤にしていた。

すると田中が、「だから多分その時間が近くなったら、何らかの指示を腕時計がしてくれるだろ」予測の域を出ていないはずの田中の意見で話は終わったようだ。でもそれまでにまったく見当の付かない問題を解決しなければならない。


今日も含めてみんなが揃っているのはあと五日だ。それまでに何とかしなければ。「何でタイムカプセルなんか開けちまったんだろうな」雲の切れ間から薄日が差し始めた空を少し眩しそうに見上げながら篤志が言った。

それに食いついたのは田中だった。

「おまえだって乗る気満々だったじゃないか」そう言えば言い出しっぺは田中だった。

「取り壊しとかがなかったら、開けることはなかったんだ」篤志は田中にはやはり弱く、矛先をこっちに向けてきた。「今さらそんなことを言ったって仕方ないだろ」結局は田中の一言で収まった。


その会話中、僕は篤志の言葉よりもその横でジッとこっちを見ていた吉田の目がやけに気になった。僕と目が合っても彼が目を逸らすことがない程、それほどジッと僕を見ていたのだ。


そのあとは四人何の会話もなく、同じ方角に体育座りしていた。「僕らがこの時代に送り込まれた理由は何だ?」その格好のまま頭も動かさずに吉田は口だけを動かしていた。

「何のヒントもないんじゃ解りっこないよな」力ない声で篤志が続いた。

「でもそれを解決しないと元の時代には戻れないんだろ?」吉田は無気力なまま会話をしているようだ。

「俺ら段々子供になっていくんだろ?早くしないと、解決出来なくなるんじゃないの?」一方で篤志は落ち着きを失い掛けていた。

「そうかもしれないな」冷静な田中の声が入る。

「校舎の心残りだよな?」だから僕は考え込んでみた。

「信じられないけど、そうらしい」淡々と話す吉田。

「でも校舎っていっても、ただの木だぞ。どんな心残りがあるっていうんだよ?」一人立ち上がる篤志。

「それを探すのが俺らの仕事だろ」それを田中が落ち着かせるが、

「でも校舎だろ」吉田は気にもしていない。

「その校舎が喋ったんじゃないか。みんなも聞いただろ?」篤志が立ったまま身振り手振りで伝えるが、

「夢だったんじゃないか?」吉田は見向きもせずに続けた。

「じゃあ俺らの見た目も懐かしい街の風景も夢だって言うのか?」

「そうだよ。そうに決まってるじゃん!いつかは冷める夢だよ。今は夢の中にいるんだ」そして吉田は寝ころんだ。それを不快に感じたのだろう篤志の表情が一変したが、

「それだったら、付き合ってやろうぜ。夢が冷めるまでとことん付き合ってやろうじゃんか」それを田中が手で制止しながら恰好付けていた。

「そうだな。それも面白い」だから僕も乗っかることにした。

「そう考えると気が楽になるな」

「篤志やっぱり信じてんのか?校舎が喋ったこと現実だと思っているのか?」「そんなはずないだろ!ただやけにリアリティーだったからさ」吉田に小馬鹿にされた篤志が興奮していたが、

「夢かどうか確かめる為にも今は校舎に従うしかないだろ」いつものように田中が話を終わらせようとした。

しかし「だから現実であるはずがないだろ。田中まで何を言ってるんだ?これは全て夢だと考えるのが妥当だ。誰か一人が見ている夢の世界」そう言って立ち上がった吉田が、小学校時代こんなにも頼もしかったかを考えたがやはり彼に関する記憶が僕の中にはほとんど残っていなかった。

突然、腕時計が鳴り響いた。

[家に帰れ]みんな一斉に同じメッセージが出た。この時代では、僕らは腕時計の言いなりになるしかないようだ。


帰り掛けに職員室の前を通った。「おまえら、学校に何か用でもあるのか?」その声に振り返ると、職員室のドアを閉めながら、篤志とそれほど身長も変わらない小太りの男の人が話し掛けていた。「ジャイアン!」興奮気味に声を出したのは篤志だった。そのあだ名に僕もその人を思い出すことが出来た。「何度言ったらわかるんだ?三上先生と呼びなさい」そう諭しながら、篤志はぞうきんを掛けられていた。「痛いよ」半べその篤志。ぞうきんとはこの先生が生徒に与えていた体罰の一つで、腕を雑巾のように絞る事から名付けられたのだ。小太りという見た目もあるが、何かと体罰をするからこのあだ名が付けられた。結局謝るまで一分近くも篤志はそのぞうきんという体罰を喰らい腕に変な模様が赤く付いていた。この時代、体罰は日常茶飯事で親も煩くないから社会も問題視することはなかった。行き過ぎた体罰はもちろんあったのだろうけど。

「用がないならさっさと帰れ!」そう言い残して僕らが帰る反対側へと歩いて行った。だから一応さようならと言って僕らもその場をあとにした。べそを掻いていたはずの篤志がニヤニヤしていた。多分一番体罰を喰らった篤志だけに、何十年ぶりの再開が嬉しかったのだろう。


 家に帰る途中、ふと元の時代で最後に立ち寄った古びた喫茶店がこの時代にはないことに気が付いた。怪しげな喫茶店だったが、僕が感じたよりは新しい時代に出来た店のようだ。


家の前に着くと、とっても暖かい明かりが付いていた。この時代はトイレと風呂場以外はほとんど蛍光灯なのだが、帰宅して自分で点ける白熱灯よりも余程優しい光だった。

家に入ると母ちゃんが丁度夕食の支度をしていた。いい匂いが家中にたちこめていた。今日は僕の大好物のカレーだ。「よかった」そう呟く僕に、

「帰ってきたら、ただいまでしょ」と母ちゃんは笑ってから、「おかえり」と言ってきた。

こんな当たり前の会話が幸せなのだと子供になってしまってもそう気付けた。ふと客観的になるとき大人の頃の記憶がまた少し消えているのを感じた。でもこのままこの時代にいるのもいいんじゃないかと思えてきた。


この時代の僕がどの時代よりも一番幸せだったことを大人の僕が教えてくれた。


家に着いてから少しして姉ちゃんが帰って来た。

「おかえり」と微笑むと、「気持ち悪い」のひと言で終わった。

僕がバカだった。この女は心がない女だ。冷徹で物事を損得勘定でしか見ることが出来ないヤツだった。

新聞を開くとテレビ欄で懐かしい番組ばかりが目に付いた。「あっ、キャプテン翼だ」すぐにテレビを付けることにした……リモコンがない。仕方なくテレビの前まで行った。ボタンらしきものを押してみた……付かない。押して駄目なら引いてみろの言葉を思い出し、やってみた、付いた!画像が汚くて目がチカチカした。よくこんなに汚い画像を見ていたものだ。チャ、チャ、チャンネルがつまみ!テレビひとつ取っても驚きの連続だった。やっと見られたのに、姉ちゃんが来て勝手にチャンネルを変えてしまった。

「何するんだよ。今俺が見てるだろ!」「こんなの見たってサッカーはうまくならないよ。外で練習してきな」うまくあしらわれてしまった。

「いいよ。じゃあビデオとって後で見るから」ビデオがない。大人の僕はそれほど見たくはないのだが、子供の僕がどうしても見たいらしいのだ。しかし相手は兵だから仕方がない。

「ご飯出来たわよ」今日はお昼を食べていなかった。どおりで腹ぺこなわけだ。カレーとみそ汁。この二つは合うのか。決して豪勢とは言えないが、久々の母ちゃんのカレーはやはりうまかった。

「おかわり!」僕はここ何年か、ご飯がこんなにうまいと感じたことがあっただろうか。「はい。太郎はカレーが好きだね」結局二杯もおかわりをした。お腹が破裂しそうだった。しかし一時間もしないで甘いものが食べたくなった。子供はこんなにも消化が早いのか。母ちゃんに、「甘いものある?」と聞くと、「チューチューでいい?」と言って、冷凍庫から懐かしいものを取り出してきた。名前はそれぞれの家庭でまちまちだろうが、透明のビニール製の容器に入った断面が丸くて細長く、真ん中がくびれていて二つに分けることが出来る氷のアイスだ。決して美味しくはないが、懐かしい味がした。

やっとお腹が満たされた僕は、相変わらずテレビを食い入るように見ている姉ちゃんを横目に、風呂に入ることにした。湯沸かし器らしきものが湯舟の横に大きな顔で居座っていた。床には細かいタイルが敷かれていて、ひんやりして気持ちがよかった。シャワーはあった。蛇口をひねったが、いっこうにお湯が出てこない。「あっ、そっか」僕はうろ覚えな記憶で種火が付いているかを確認するため、湯沸かし器の下の方にある小さな点火窓から覗いてみた。消えていた。仕方がないから点火のつまみをひねって種火を付け、それから湯沸かし器に火を付けた。そして再度シャワーの蛇口をひねった。湯沸かし器は中でちゃんと燃えてますと言わんばかりの音を立てて、やっとシャワーからお湯が出た。お風呂に入るにも一苦労だ。

出るとグンゼのパンツと小さなパジャマがきれいにたたまれて置いてあった。洗剤の良い匂いもした。ここでも僕は幸せを噛みしめた。台所に行き、まだ片付けをしている母ちゃんに向かってありがとうと言うと、母ちゃんは何故かキョトンとした顔をしたあとにニコッとしてくれた。そのあと少し姉ちゃんの横でテレビを見ていると、「もう寝なさい」という母ちゃんの声がした。時計を見ると、まだ九時だった。「えっ、もう寝るの?」という僕の声に、「そうだよ」と姉ちゃんが答えた。「あっ、そうだ」母ちゃんが思い出したように言った。「太郎、明日サッカーのみんなでバーベキューに行くんでしょ。用意したの?」そういえば日記で、明日八月三日はバーベキューに行っていた。でもどうする、そんなことをやっている場合ではない気がした。そのとき腕時計が鳴った。ピーピー、とっさに腕時計を隠したが、誰もその音には反応していなかった。田中が言った通り、この腕時計はこの時代に元からいた人には見えないし、聞こえないようだ。[この時代の予定には従って下さい]腕時計にはそう出ていた。

少しして電話が鳴った。母ちゃんが出た。この時代は結構どの家もそうだろうが、母親は外で働かない家が多かった。その分家の家事、育児から雑用まですべてをこなした。だから電話が鳴っても、家のチャイムが鳴ってもすべて母親任せだった。甘やかされた分、怒られたし愛情たっぷりだった。

「太郎、田中君だよ」

「はーい」久しぶりの黒電話に、懐かしさに浸りながら受話器を受け取った。「もしもし」

「太郎か?」

「うん」まだダイアル式だったんだ。「明日また朝一でみんなで集まろう」「ごめん明日はサッカーのみんなでバーベキューなんだ」懐かしいな。

「何、呑気なこと言ってんだよ」

「腕時計がこの時代の予定には従えって」僕は田中と話しながらずっと黒電話のボディーを触っていた。

「そっか、なら仕方ないか。でも随分呑気だけど、大丈夫なのかな?」

「多分明日は何もないってことじゃないか」僕はふと誰かに見られている気がして横を向くと、姉ちゃんが変な顔で黒電話を触る僕の手を見ていた。急いで手を放したが余計変なヤツだと思われただろう。

「分かった。また明日電話する」電話を切って思った。腕時計に僕らは操られていても、やはりこの時代の頼りはこの腕時計だけなんだと。反面、僕はこの時代を満喫していた。改めてこの時代にずっといたいとも思った。

部屋に戻ると、先に居た姉ちゃんが僕との距離を少し開けているのを感じた。当時姉ちゃんと僕は部屋を共同で使っていた。姉ちゃんも僕も本心は自分の部屋があればと願っていたが、どちらもそのことを口に出すことはなかった。他に部屋もそういったスペースも勿論作るお金もないことはわかっていたから。

しかし思わぬことですぐにこの部屋は僕だけのものになる。

両親の離婚で姉ちゃんも出ていったからだ。

ずっとそれを願っていたはずなのに、一人きりになった部屋で夜な夜な枕を濡らした。

大人の僕が暗くなっていたが、一度深呼吸をして一気に明日の用意を済ませ布団に潜った。

夜九時を回ったぐらいで布団に入るのなんて信じられないし寝られるわけがなかった。何時間起きていたのだろう、相変わらず父さんはまだ帰ってきていなかった。

そのうちに眠っていた。

 

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