第五話 刈る

 かあんっ!!


 アスファルトの上で何か硬いものが跳ねるような音がして、はっと我に返った。


「あれ?」


 僕だけでなくて、ナガもヒロシもきょとんとした顔をしている。いつものように下校途中の格好で、肩からカバンを下げた僕らは、ぼんやりとバス停に立っていた。そして僕らの前には、いつものようにじいさんが座ってる。無表情で。静かに。


 おかしい……なあ。ついさっきまで、僕は自堕落な人生を歩いてて、その最期に……。


「ゆ、ゆめ?」


 僕の独り言を弾き飛ばすかのように、じいさんが杖を足元に小さく叩きつける。

 かんっ! さっきの音は、杖の音か……。


「夢ではない。あんたらは蒔かれたたねだ。芽を出し、花が咲き、実れば、後は刈られる」


 ナガがおずおずと聞いた。


「でも、僕らはここにいますけど?」


 ナガの質問に答えないで、じいさんが逆に僕らに聞いた。


「あんたらはヒマワリを知っておるだろ?」


 僕らは顔を見合わせて。それからうなずいた。


「枯れて種だけになったヒマワリを、時間を戻して咲かし直すことが出来るか?」


 そんなこと……。僕らは首を横に振った。


「出来んじゃろ? 蒔かれたたねは、花咲き実れば刈り取らねばならん。再び花を咲かそうと思えば、たねからしか育てられん」


 何を言ってるんだろう? よく分からない。


「最初に言ったはずじゃ。あんたらは刈り取られるためにここに来ると、な」


 ナガがもう一度同じことを聞く。


「でも……僕らはここにいますけど」


 じいさんは、それに答えずに淡々と言った。


「あんたらはもう刈り取られた。行け」


 何がなんだか分からない。僕らは首を傾げながら家に帰った。


◇ ◇ ◇


 いつものように、玄関にカバンをどさっと投げ出す。お袋の文句が炸裂する。


「タカノリっ! 何度言ったら分かるのっ! カバンをそんな風にすんじゃないっ!」


 え? 一瞬、ものすごく強い違和感を感じた。僕は……タカ……シ……ノリ?


 でも、矢継ぎ早に振って来るお袋の小言を聞きたくなくて、僕はカバンを引っ掴んで階段を駆け上がる。ベッドの上にばすんと体を放り出して。僕は大きな溜息をついた。


「あーあ、受験かあ……。かったるいなあ」



【 了 】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る