第四話 灰色のたね

 あーあ、なんであんな小汚いたね取っちゃったんだろう? なんでも一番好きのヒロシに先越されて、ナガにまで出し抜かれて残り物かよ。なんか自分のダメさ加減を思い知らされてるみたいで、がっくり来る。握ったたねはどこ行っちゃたんだとか、じいさんがどこに消えたとか、気になることはいっぱいあるけど、それよりこれからどうなっかだよなあ。


 ベッドの上に思いっきりばたんと倒れ込んで、拳で布団を思いきり叩く。受験かあ。考えたくないなあ。めんどくさい。何もかもめんどくさい。やりたくない。うざい。楽しいことが何にもない。全部ぶん投げて、好きなことだけ考えてちゃだめなんかなあ。でもその好きなことだって、ろくすっぽあるわけじゃない。なんか……つまんない。


 机の上のiPodを掴んで、ヘッドフォンを被る。それを鳴らしてベッドにひっくり返ったら、すぐにヘッドフォンをむしられた。


「タカシ! 帰って来てるんならただいまくらい言いなさい!」


 くそ! うぜえ! ぶん殴ってやりたい。でも、そんな勇気はない。ふて腐れた僕に、お袋が鬼の形相を見せた。


「これ、なに!」


 あ……。ノブに借りてたエロ本。や、やべえ! まぢ、やべえ! あれ没収されたら、ノブになんて言えば。やべえええええええっ!!


◇ ◇ ◇


 三年になったからって、僕にやる気が出るわきゃなかった。学校の授業はかったるくて、聞いてられない。いつも寝てて、テストは惨敗。模試も受けさせられたけど、名前しか書くところがなかった。時々思い出したようにこれじゃいけないって思っても、手が伸びるのはiPodかゲーム機。そしてマンガ。僕は、今が楽しければそれでよかった。受験なんか、ばかばかしかった。


 でも、その時は来ちまうんだ。志望校を決める最後の面接で、先生は匙を投げた。お前が行ける高校があれば、俺に教えてくれって。ひでえ……。でも、それは事実だった。普通校はおろか、それ以外のところにも僕が行けそうなところはなかった。一応、最低ランクの高校を受けたけど不合格。定時制の二次募集で、どうにか拾ってもらった。それが入試の結果だったかどうかは……分からない。


◇ ◇ ◇


 定時制にはいろんな人が来てた。年齢も、性別も、まじめさもばらばら。


 僕は高校には通い出したけど、昼間の時間を持て余して家でゲームばかりしていた。授業も最初の何日かは出たけど、ばかばかしくなってすぐふけるようになった。僕と同じように、まじめにやる気がない子らがたむろしてるとこに出入りして。そこに入り浸るようになった。


 僕が高校に行かなくなったのを知った両親は、僕を家から追い出した。もう勝手にしろって。僕は悪友の家やアパートを転々として、その日暮らしをするようになった。バイトする気も、働く気も、さらさらなかった。でも、何か悪いことをする勇気も、元気もなかった。ただ……その日を楽しく過ごせればそれで良かった。


◇ ◇ ◇


 定時制の悪友たちは高校を卒業した後、それぞれ親から離れてそれなりに働き出した。だんだん僕が転がり込めるところがなくなってきて、僕は仕方なく働き口を探した。でも、まともに学校に行ってない僕が働けるような場所はほとんどなかった。


 しょうがない。いやいやピンサロのチラシ配りをして、そのバイト代で漫画喫茶に寝泊まりした。その頃から、僕には楽しいことがなくなって来た。どうやってその日を過ごすか。それしか考えられることがなくなってきた。


 僕に博打を打つ覚悟があれば、どうにでもなったんだろう。改心してきちんと働くか、いっそワルに徹して裏道を走るか。でも、僕にはそんな度胸はなかった。汚いソファーに足を投げ出して座り、もそもそとパンを食ってマンガを読みふけった。おもしろいともなんとも思わずに。それしかすることがないから。


◇ ◇ ◇


 そのうち。ひょんなことから、ピンサロの姉ちゃんのところに転がりこむことになった。


 テル。僕より年下だけど、シンナーのやり過ぎで歯が抜けてて、お世辞にもかわいい子じゃなかった。ケバい化粧で年をごまかして仕事をし、僕よりかはずっと体当たりで生きてた。


 僕は店で人気のないテルに普通に声をかけただけだ。下心も、もちろん愛情も何もなかった。でも、ぶん投げられて生きて来たテルにはそれが嬉しかったらしい。テルがどういう気持ちで僕を部屋に呼んだのか、それは知らない。僕には、家賃を払わなくてもメシと寝床にありつけるっていう以外の意味はなかった。メシ食って、部屋でゲームして、時々飲みに行って、テルを抱く。それが僕の毎日で、それ以外には何もなかった。


◇ ◇ ◇


 テルは妊娠して、こどもを生んだ。男の子。テルの出産が終わるまでの間だけは、僕もしょうがないからバイトをした。そして、それが。僕の最後の仕事になった。

 テルは稼ぐために、僕にこどもを預けてまたピンサロで働き出した。僕はガキの面倒なんか見るつもりはさらさらなかったけど、泣いたらミルクを飲ませるくらいのことはした。あとは、ずっとゲームをしてた。


 テルが僕に見切りを付けたのは、こどもが一才になった時。勤めていたピンサロのマネージャーと一緒になるのに、こどもを連れて家を出た。僕はすぐにアパートの大家に立ち退きを迫られて、身一つでそこを出た。


 もう……ゲームも何もできない。住むところも。食べるものも。その日どうしようか、考える。僕はそれだけを考えて、放浪するようになった。


◇ ◇ ◇


 汚い簡易宿泊所の片隅。煎餅布団の上で咳をする。もうずっと止まらない。たくさん血が混じる。あれからどれだけ『今』を重ねて来たか分からない。でも重ねられる『今』が、もう残り少ないことだけは分かる。


「タカシさん?」


 おばやんに声を掛けられる。


「あんたに客や」

「きゃ……く?」


 背の高い男が、小さな子を連れて僕の寝床の近くに来た。小さい子が僕に話し掛ける。


「じいちゃん」

「ん?」

「だいじょうぶ?」


 そして。重ねてきた『今』は、その子の目の前で……途切れた。


「じいちゃん?」

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