第9話 黒寺
こんな夢を見た。
湿った土の香り。子供の頃、遠足で上った雨上がりの山の中を思い出させる、少し篭ったような湿気の多い空気。周囲は濃い常緑樹の林で、道幅はわずか人がひとり通れるほどだったが、道の両脇に生える木々が、人の手によって剪定されているせいか、とても通りやすく感じている。
空は快晴。白いたなびくような模様の雲があるが、いつも見る空よりずっと遠くに感じる。音はかすかな水のせせらぎが聞こえるだけで、周囲は静寂に包まれていた。
道は少し歩いたところで右に折れている。枯山水に用いられる砂利のようなものが、道のところどころにまかれていて、道が折れる角には、膝ぐらいの高さがある、小さな石灯篭が佇んでいた。石灯篭が置かれている場所は、少し奥まっているので、狭い道も通り抜けることが出来るようだ。
歩き出してわかった。私は裸足だ。
昔はよく裸足で歩き回っていた気がする。ベランダに出るときに、草履を履くのが面倒で、裸足で出てよく叱られたものだった。そのときの足の裏の感触は、乾いたコンクリート。外で遊んでいるとき、サンダルが脱げて何歩か歩いてしまったときの、足の裏の感触は、でこぼこのアスファルト。明日の天気を占うため、靴を飛ばしてみる。その時の足の裏の感触は、生い茂る雑草と土の感触。懐かしい思いがして、その場で何度か足踏みをしてから歩き出す。
右に折れた道を進むと、その先に、笹が群生している一角があり、その前にひとりの若いお坊さんが立っている。笠を被り、杖を持ち、旅装束を着ているようだ。彼は私と目が合うと、優しく微笑んで一礼をした。私も一礼をする。
お坊さんの前を通り過ぎると、平坦だった砂利道が土だけの道になり、少しだけ上へ傾斜しはじめる。緑の木々の合間に、黒い塗りの立派なお堂が見えてきた。ここはとても高い場所にあるのだろうか、黒いお堂の背景は、青空である。
お堂へ上る石の階段の手前までくると、私の背後がにわかにざわめきだした。あっという間もなく、私の背後から、それはそれは鮮やかな朱色の鳥がお堂の後ろに広がっている空目掛けて、まっすぐ飛び去っていく。
見たことのない鳥だ。形はトキに似ているように思えた。彼らの群れは私を飲み込むようにして、空へ向かう。お堂の黒と鳥の朱色、そして空の美しい青に感動していると、いつの間にか先ほどのお坊さんが私の横に並んでいた。彼は被っている笠の端を少し持ち上げながら、飛び去る朱色の鳥の大群を眺めている。
「いや、良いときにいらっしゃいましたね。」
私は返事こそしなかったが、何度か頷いてそれに同意した。
少し暗い常緑常緑樹の枝の隙間から、朱色の鳥が飛び立ち続けている。なんとも、心が爽やかになる夢であった。
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