第2話 四季の道

 こんな夢を見た。


 薄暗い並木道が眼前に伸びている。足下には薄く雪が積もったレンガ道があり、それは真っ直ぐ、真っ直ぐ続き、暗い闇の中に吸い込まれているように先が見えなかった。木々は茶色で、葉はひとつも残っていない。その木々ですら、まるで上から吊り下げられたかのように、うねることなく真っ直ぐとした幹をしている。道の途中には、オレンジ色のぼんやりとした光を落とすガス燈が並んでいる。

 自分の所在がわからずに、後ろを振り向くと、同じような風景が広がっていた。視界には道しか見えない。道の両側に並ぶ木々の間から、向こう側が見えそうだが、塗りつぶされたように暗くて見ることができない。

 粉雪は降り続けているが、不思議と寒くはなかった。とりあえず、この場所に居ることに気づいたときに向いていた方向に進むことにした。風もなければ、音もない。人の気配すらない、ぼんやりとした薄暗がりなのに、暗闇に恐怖も感じない。しいて言えば、どことなく寂しい気持ちに包まれる。

 ガス燈の下、ベンチがひとつあることに気づいた。のんびり歩きながら近付くと、いつの間にか、キャメル色の厚手のコートを羽織った老紳士が、座っている。彼は杖を足の間に立てて、そのグリップに両手を重ねていたが、やがてゆっくりとした動作で、私にベンチに座るように促した。指示されるがまま、老紳士の隣に座る。彼は私を座らせたものの、何をするでもなく、しばらくの間、杖のグリップに両手を重ねたまま、黙っていた。私も、会話するより沈黙しているほうが心地が良いので、黙ってまばらに降る粉雪が、ガス燈のオレンジ色に染まりながら、レンガの上に落ちるのを眺めていた。


「好きかな?」


 ふいに老紳士が口を開いたので、一瞬とまどったものの、彼が「ここは好きか」と尋ねたのだと理解して、「はい」と答えた。私の返事を聞いた老紳士は、うんうんと何か納得したように頷くと、またゆっくりとした動作で、正面の並木を指差した。

 いつの間にか、木々の間から風景が見えるようになっている。ベンチから見える木々の間からは、眩しいばかりの緑と咲き乱れる花々のカラフルな色が見え隠れしていた。時折チョウが飛んでいるのが見える。そして、その中をひとりの男性が、満面の笑みで歩き回っていた。まさに、今、幸せであると全身から発しているように、快活としている。


「好きかな?」


 老紳士がまた尋ねてきたので、私は、「はい」と答えた。春もいいなと思う。この様子だと、きっと夏も秋も良いのだろう。老紳士は思案するように1度だけ深く頷いてみせた。その後、また会話がなかったので、私は何気なく、木々の間から見える春の風景を眺める。元気良く動き回っていた男性が、ふと姿を止めて、一点を見つめ始めた。彼は桜を見ているようだった。

 桜の木は丁度、私のいる冬の道のほうに生えていて、それを眺める彼の顔は桜と冬の葉の落ちた並木の間から、辛うじて見えていた。桜を眺める彼の顔は、どことなく不安げに見えた。桜の花は、ひとひらずつ散り始めているようだ。


「春の道の人は、その春がいつまで続くか不安である。」

「夏の道の人は、その暑さの先が見えないことが不安である。」

「秋の道の人は、いずれ必ず来る冬に不安である。」


 老紳士が一気に話し始めた。

 なんだよ、どんなの道でも、結局みんな不安なんじゃないか。


「でも、アンタ、冬の道でも好きなんだろ。」


 まあ、そうだけど…と言葉をなくす。結局、どんな季節の道でも、そこを行く人の気持ち次第で、不安だったりするもので、人から見て苛酷に見えようが行く人自身が気に入っていれば、それでいいのだろうか。

 私が居る冬の道は、それはそれは寂しい色彩で、粉雪が静かに降りしきっているけど、ガス燈も、そのオレンジ色の光も、葉が落ちてしまった真っ直ぐな木々も、レンガの道も、全てが私が好きなもので完成されていた。春が来たら、きっと乱れるだろう。この道にひとつ不安があるとすれば、春が訪れること、それだけだった。

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