第2話

《デウス》が何なのかはよく知らないが、あんなにも気分が落ち着くものなのだから、アロマとかそういう部類のものなのだろう。五十海はお香と言っていたし、少なくとも悪いものだとは俺には思えなかった。


 むしろ、俺にとってはいいものだ。もはや、必需品と言っても過言ではない。


《デウス》があれば俺はサマーコンペティションで優勝間違いない。


 で、そんなサマーコンペティションの日がやって来た。


 朝から花火が上がり、その日がいつもと違うといやでもわかる。


 闘技場の周辺には出店が並んでいた。


 サマーコンペティションは参加自由の大会で、三日に渡って行われる。沢瀉学園、夏休みの風物詩とでも言えるイベントでつまるところ夏祭りみたいなもの。だから、出店が並んでいるし、人も多い。観戦客は闘技場に入る前に出店を一通り楽しむのだ。


 参加自由ということもあり、これに参加するのは強弱は問わないが物好きの戦闘狂とでも言うべき人種たちだ。そういう人を押し退けて優勝すればそれは当然、名が上がる。成績には反映しない大会だが、サマーコンペティション優勝という肩書を得れば一目置かれること間違いない。だから、参加者は多い。


 しかし、今回、俺がこれに参加するのは、別に有名になりたいとか一目置かれたいとかそういう理由じゃない。


 俺はこの大会に賭けているのだ。


 このサマーコンペティションで優勝することで、手放してしました最強の冠を取り戻す。


 名誉挽回。


 俺の目的はそれだけ。


 ついにやって来たこの日。やばいな、緊張している。


「あ、戌井君じゃないか」


 声を掛けてきたのは風紀委員長の九条青葉先輩だった。腕には風紀委員の腕章を付けている。見回りでもしているのだろう。


「あれ、機嫌がいいの? 明るい表情をしているけど」と九条先輩は言って、俺の顔を覗き込むようにして見る。思いのほか九条先輩の顔が近くに来たので、反射的に俺は身体を少し反らした。


「そうですか」


 そのつもりはないけど。《デウス》のおかげかな。それなら、本当に《デウス》さまさまである。


「まあ、今日に賭けてますから、俺。意気込んではいますよ」と俺は言っておく。


「期待してるよ、なんて言ったらプレッシャーになるかな? まあ、君の闘い、楽しく観させてもらうさ。時間があれば。じゃあね」


 軽く手を振って、九条先輩は去る。


 俺は受付へ行き、身元照会を済ませ、試合の確認をする。


 一回戦、第二試合

 戌井涼梧vs.墨田すみだ玄十郎げんじゅうろう


 相手の奴がどんな奴かは知らないが、知らないということはその程度ということなのだろう。


 それにしても二回戦とは、結構、早くに試合があるな。


 今は朝の九時半でサマーコンペティションは十時から。開会式諸々があって、一回戦の第一試合が始まるのは十時三十分くらいだろう。


「第一試合、第二試合、第三試合の方は控室がもう使えるので、そこで待機してもらっても構いませんよ」


 受付の人がそんなことを言う。


 そうか、控室がもう使えるのか。ならば使おう。


 武器の点検と、《デウス》の吸引。そして、気持ちの整理がしたいから。



 ♢  ♢  ♢



 控室にはテレビモニターが設置されていて、そこから闘技場の様子がわかるようになっている。


 十時になり、サマーコンペティションの開会式が始まる。


 学園理事長の挨拶とか、校長の挨拶とか、高等部の生徒会長の挨拶とか。いろんな偉い人の挨拶が控室のモニターに映し出されている。言ってることの半分はわからないし、そもそも聞く気がないので理解できない。


 俺はそれら挨拶の文言を聞き流しながら、自分の武器である刀の点検・手入れをする。


 実家は古くから伝わる剣術を継承している家ではあるが、だからと言って俺の刀が宝剣だったり聖剣だったり魔剣だったり名剣/名刀だったりはしない。ただの刀である。いや、代々継承される名刀がないわけじゃない。ただ、俺はまだそれを受け継ぐ域に到達していないだけ。結局、俺は次期当主なだけで、当主ではない。


 刀の手入れが終わる。ちょうどその頃、モニターの向こうでは開会式が終わり、一回戦第一試合が始まろうとしていた。


 そして、始まる一回戦。


 開始の合図と同時に、観客たちの大声援が轟く。モニターのスピーカーからも聞こえてくるのだけど、それを掻き消すようにリアルな声援が控室へと流れ込んでくる。闘技場全体が震えるくらいの大声援。


 これを聞き、俺は緊張する。心臓が早鐘を打つ。


 俺は今から、この声援の中で闘うのか。


 第一試合のこいつらはよくこの声援の中で気丈に闘えてるな。緊張とかないのか。緊張して、動けなくなることとか。


 少しでも緊張を紛らわすために、俺は持参した煙管パイプを手に取る。これまた持参した《デウス》。袋からひとつまみの《デウス》を取り出し、煙管パイプに入れる。マッチで火をつけ、すぱーと一服。


 一瞬で。緊張はなくなり、多幸感と全能感が俺を支配する。内側から魔力の分泌が多くなってきているのを感じるほどだ。


 そういえば、五十海が言っていた。


 ――《デウス》には魔力の分泌を促す効果があるんだよ。あと、五感が冴え渡る。


 まったくすごいサイコーだ。《デウス》神。マジ神。超リスペクト。


《デウス》を嗜んでいると、第一試合が終わった。


 すると、すぐにアナウンスが俺を呼ぶ。


『続いて第二試合を始めます。戌井涼悟さんと墨田玄十郎さんは速やかに準備をして下さい』

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