第二章 サマーコンペティション

第1話

 ひどい倦怠感だった。


 朝。目を覚ますと、まず身体が重いと感じた。


 別に風邪をひいたわけではない。この倦怠感は風邪のそれとは何かが違う。何に喩えていいのかわからないこの倦怠感。ただ身体が怠く、ただ身体が重く、ただそれだけ。


 身体が何かを欲している。


 水か。

 食べ物か。

 

 いいや、違う。


 身体は幸福感を、全能感を欲している。


 怠くていらいら落ち着かない。


 のそりと、這うようにして俺はベッドから降りて、《デウス》を手に取る。袋の中から葉片をひとつまみ。それを皿に盛り、それに火をつけて、それを焚く。


 香りを乗せた煙を吸い込み、俺は多幸感を得る。


 落ち着く。


 倦怠感は一気に去った。体調はすこぶるいい。よすぎるくらいに、いい。


 カーテンを開ける。日差しが差し込む。いい朝だ。


 時刻を確認。午前九時。


 まあ、夏休みということもあり、予定なんて何もない。遊ぶような友達もいないし。


 今日こそは、アニメを見ながらネットサーフィンとでも行こうじゃないか!


 そうと決まれば早速。


 俺は昨日買ったおやつを持ち出す。


 パソコン起動。テレビを点ける。レコーダーを起動。


 HDDからまだ見ていないアニメを選択する。


 ネットを開く。


 お菓子を食べる。


 画面の中では美少女たちが動き回っていた。



♢  ♢  ♢  



 アニメを数話観たところで昼の十三時になっていた。


 昼食をとるため、俺は外出することにする。


 部屋を出て、寮の廊下を歩いていると、ちょうど部屋から出てきた五十海と会った。


「涼梧くん」


「おう」


「あれ、試した。例のお香」


「ああ。あれ、すげーな。いや、マジで。最高だった」


 五十海は笑みを浮かべ、


「お気に召したのなら、それはよかった。なくなって、また欲しくなったら僕に言って」


「そうする」


「あ、でも、次からは有料だからね。あれ、結構、するんだ」


「わかった。サンキューな」


 そこを立ち去ろうと歩き出す――そのときだった。


 唐突に。突然に。

 倦怠感が俺を襲う。


 ぐらっと。立っていられなくなって、ふらついて、壁に手を当て、なんとか倒れないようにする。


 五十海がすかさず俺を支えてくれた。


「とりあえず、僕の部屋に」


 五十海に引きずられるようにして、彼の部屋へと連れて行かれる。そして、背もたれのある椅子に腰掛けられる。


 さっきと同じ倦怠感だ。何に喩えていいのかわからない、そんな倦怠感。身体が何かを欲していて、いらいらさえも覚えさせる怠さ。


「ちょっと待ってて」と五十海が言った。


 五十海は机へ向かい、ごそごそと何やら作業をしているようだ。そして、それが終わったのか、こちらに向かってくる。


「はいこれ、口にくわえて」


 そう言って、五十海は煙管きせるパイプを俺の口に持ってくる。俺はそれを口にくわえる。


「吸って」


 吸う。


「吐いて」


 吐く。


「落ち着いた?」と五十海は訊く。


「ああ、うん。落ち着いた」


 俺は煙管パイプを手にして、


「これは?」


と五十海に訊く。


「ああ、これも《デウス》だよ。ま、こういう楽しみ方もあるんだよ」


「へぇ」


 いいな。煙管パイプを使うの。こっちの方がお香として焚くより、味わっているって感じがする。


「それ、あげるよ」


「いいのか?」


「今後も《デウス》を贔屓にしてくれるお客様になってくれるなら」


「ああ、なるよ。俺、ハマっちゃったみたいだし」


「ありがとうございます」


 そう言って、五十海はにっこりと笑みを浮かべた。


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