第15話 追いかける私たち

「それでは、お先に失礼します!」

「お疲れ様。」

「お疲れ様でーす!」

急いで三勢丹の駐車場に走って行き、車に乗り込む。時計をちらちら見ながら、駅まで一直線に向かう。車を停めて走って改札前に行くと、岩崎さんが薄手のダウンジャケットを着こんで立っていた。

「ギリギリセーフね。」

「ま、間に合ったぁ…」

息を切らしながら答える。

「ん?なんか中島さん、良い香りする…」

「あのね、私、紅茶の専門店で働き始めたの!」

「紅茶?」

「うん。トワイライトって知ってる?」

「あの、三勢丹の、高級なお茶扱ってるとこでしょ?知ってるよ!」

「そうそう!」

「そうなんだ!よかったね!」

「ありがとう。求人誌見ながら海外っぽくて、体を動かすところ、って探したら見つけたの。茶葉だけならいいんだけど、ジャムとか、缶詰とか、ペットボトルのミネラルウォーターとか、そういうのも運ぶから、案外体も使うみたいで…」

「思ったとおりじゃん!」

「パパは銀行で働くと思い込んでたから、すごくびっくりしてたけどね。」

「そっか…でもこれで、ようやく一歩前に進めた感じあるね。」

「え?」

「今日、部活見学の日でしょ?春樹くんも林太郎も、部活目当てで茗荷谷学園に入ったじゃん。」

「そういわれれば、そうかも。」

「今は同じ時間に帰って来てるけど、これからは部活の時間で一緒にならなくなっちゃうかもね。」

「そうだ…それは寂しいなぁ。でも、同じ学校だし、こうやっていつでも話せるじゃん!」

「でも、もうTゼミ生じゃないから、改札まで来なくてもいいんだよ?」

「そっか!そうだった!」

いつもの癖で、改札前まで来てしまう。そろそろこれも、うっとおしいと言われるようになってしまうかも。そんな話をしていると、いつもの様に人混みに紛れて、男ふたり、おおきな通学バッグを担いでかえってきた。林太郎くんは、お帰りなさいと言い切る前に、どの楽器が良いと思う?と岩崎さんに話し始めてしまった。


車に乗ると春樹も機嫌良く、話し始めた。

「この前の先輩、高校生だった。」

「あら、あの生徒会の子?」

「そう。林太郎のオーケストラは6学年一緒にやるんだけど、ラグビー部は中高分かれてて、一緒じゃないんだ。」

「それは残念ね。」

「でも、あの先輩も、サッカーからラグビーに変わったって言ってた。サッカーやってる子は持久力があるから期待してるって先生に言われて。」

「あら、よかったじゃない!」

「でもさぁ…30人もいたんだけど。見学来たヤツ。そんないっぱいいても意味ないじゃん。」

「そりゃ、他の子も太郎丸に憧れてるんじゃないの?」

「ふざけんなよー。俺は憧れてるんじゃない、俺は太郎丸になるんだ。太郎丸のパスをつなぐ選手になるの!」

「…そうよね。」

全くこれだから男子は…、と思いつつも、今日はなんだか嬉しかった。

あの時は本当に衝撃だった。初めて太郎丸になると言った時、どうすればいいのか全くわからずにうろたえて、淑子お姉ちゃんやみゆきちゃんに泣きついた。そして塾に通うようになり、奥様、佐和子さん、そして岩崎さんという、とっても強烈なママ友に出会い、春樹だけではなく、私自身も、ずっと強くなった。そして、新しい生活に身を投じ、今は冷静に、我が家の太郎丸を応援するサポーターになった。


茗荷谷学園に通うようになった春樹。太郎丸選手のマボロシを追うのではなく、きちんと将来に向けての設計図を描き、それに向けて勉強を頑張り、ラグビー部に入るという目標を手にし、勉強に部活に忙しくするという生活を選び取った。本当に春樹が太郎丸になれるかはまた別のお話だけれども。

「太郎丸に感謝だなぁ…」

「え?なんて?」


こうして太郎丸を追って勉強を頑張った春樹は、太郎丸の背中を追い続ける。そしてその背中を、私も追っていく。


あの日、太郎丸選手が南アフリカ戦でトライを決め、日本を勝利に導いたとき、遥か彼方のこの田舎町で、私たちの生活が、私たち自身が、がらっと転機を迎えた。太郎丸選手も、新天地に向かい、またひとつ、歴史を作った。お互いの物語は、まだ続いて行くのだった。

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我が家の太郎丸、中学受験へキックオフ! そうすけ(村上宗介) @sousuke

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