我らの骸に花よ咲け

黒(仮)

プロローグ

 数の暴力の前に限界を迎えつつある木の柵が激しく揺れる。

 夜の闇に、みしみしと耳障りな音が響いた。

 もう少しすれば、柵はただの木材に成り果てるだろう。


「くそが!だから補強しとけっつったんだ!」


「いいから抑えろ!に入ってこられたらおしまいだぞ!」


 怒声を上げながら、ニ十人はいるであろう男たちが柵の隙間に武器を突き込む。

 それは剣であったり、槍であったりと違いはあったが、どれも使い込まれているという点で共通していた。

 しかし、多くの血を吸ってきたであろう凶器たちも、今回の相手は勝手が違うらしい。

 は剣や槍でいくら突き刺されようとも、痛みも恐怖も知らぬとばかりに、お構いなしで迫ってくる。


 痛みを知らぬのは当然だ。

 それを感じるための脳はもはや腐っている。

 恐怖を知らぬのは当然だ。

 それを感じるための心はもはやない。


「なんだってこんなに不死者アンデッドがいるんだよ!?」


 はすでに死んでいるのだから。

 柵の向こう側、自分たちの倍以上いるであろうゾンビの群れを前に、男たちは絶望的な防衛戦を強いられていた。

 その発生に死者の存在が不可欠なアンデッド、それも人間を元としたゾンビが人里離れた森の奥に大量発生するなど、本来ありえることではない。

 見ればゾンビたちの服装はどこにでもいる村人たちのそれであり、なおのこと、こんなところにいるはずがないのだ。


「ひぃっ!」


 繰り出される武器をものともせずに、柵から無数の手が突き出された。

 温かい血肉を求めてか、その爪が幾度となく宙を掻く。

 死者の圧力を前に、柵の上げる悲鳴が一段と高くなった。

 それを見つめる男たちの顔に浮かぶのは、紛れもなく恐怖だ。

 アンデッドに殺された者がどうなるか、知っていればこその反応だった。


「いやだ、アンデッドになるのはいやだぁ!……あっ?」


 半狂乱になってゾンビに槍を突き立てた男の動きが止まった。

 自らの体に刺さった槍をゾンビがつかんだのだ。

 引き戻そうとするが、槍は微動だにしない。

 それどころか逆に引き寄せられ――

 

「ドルク、手を離せ!」


 一喝され、反射的に手を離した。

 ほぼ同時に、槍が猛烈な勢いで引き込まれ、ゾンビの群れに埋没する。

 声に従って手を離していなければ、男の体ごと引き込まれ、無数の爪によって引き裂かれていただろう。


「た、助かったぜ隊長!」


「礼言う暇があったら、さっさと剣を抜いて戦え!」


 隊長と呼ばれた男は叫ぶやいなや、手にした大槍をゾンビの群れに叩き込んだ。

 その一撃で一体のゾンビが頭を砕かれ、力なく崩れ落ちる。


「闇雲に突くんじゃない!落ち着いて頭を狙え!無理なら足だ!」


 ゾンビといえど、頭を失ってしまえば、待ち受けるのは第二の死だ。

 足を失えば、死ぬことはなくとも、起き上がれず、這いずることしかできない。ただでさえ遅い動きがさらに遅くなるのだから、はるかに対処は容易になる。

 明確な指示を与えられたことで、男たちは多少なりとも冷静になったようだ。

 ゾンビの頭や足を着実に潰していく。


「恐れるな!亡者どもを地獄に叩き返してやれ!」


 大槍を掲げ、隊長が吠えた。

 男たちも思い思いに雄叫びをあげ、それに応える。


「そうだ、ゾンビなんか怖かねえ!」


「アンデッドがなんだ!隊長のがよっぽどこええぜ!」


「ちげぇねえ!」


 先ほどまでの狂乱はどこへやら、野太い笑いがこだました。



              ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 



「……なんであいつら野盗なのに全力で主人公ムーブしてんの?」


 黒ずくめの男が、釈然としない顔でつぶやいた。

 黒いフードつきのローブで全身を包んでいる。

 目深にかぶったフードのせいで顔はよくわからないが、わずかに覗く髪も瞳も黒い。

 木に背を預けてたたずんでいた。

 身長は180cmほどだろうか。

 だいぶゆとりのあるローブを着ているせいで、体格はよくわからない。

 杖こそ持っていないが、十人見れば十人が魔術師だと判断するだろう。


「うぅ、おかしいよ、こんなの絶対騎士の戦い方じゃないよ……」


 黒ずくめのすぐ隣で、うずくまっている少女が涙声でつぶやく。

 愛らしい少女だった。

 肩まである桃色の髪は薄い月明かりだけで眩しく輝き、うなじあたりだけ伸ばした髪は一本結びにして背中側に流している。

 身長は160あるかないか、小柄で華奢ないかにも少女の体つきをしていた。

 ローブしか着ていない男とは違い、それなりにしっかりとした軽鎧が装備している。

 鎧として実用性があるのかどうかわからないが、ミニスカートとしか思えない部分からはロングブーツに包まれた白い足が覗いている。


「ゾンビけしかける英雄譚なんて聞いたことないよう……」


 なおも不満げにつぶやく少女に、男がいかにもめんどくさそうに声をかける。


「君、死霊術師ネクロマンサーに何期待してんの?」


「正々堂々名乗りを上げて真正面から……」


「うん、死ぬね!自称騎士と貧弱後衛職の惨殺死体ができるだけだね!」


 きっぱり言い切ってから、さらに言葉を重ねる。


「なんならあいつら下げるから、騎士様らしく真正面からいく?

突っ込んでいって逆にいろいろ突っ込まれてくる?」


「突っ込まれるって何を!?ボク男だからね!?」


「その格好で言われてもおっちゃん反応に困るわ」


 欧米人ばりのオーバーアクションで肩をすくめながら、深々とため息ひとつ。


「バカにしてる!?今ボクのことバカにしてるでしょ!?」


「シテナイシテナイ。してないから落ち着け男の娘オトコノコ


 おざなりに少女、もとい少年の頭をなでながら、ふたたび意識をゾンビに

 扱いか返答か、もしくはその両方が気に入らないのか、手のひらの下で少年がもがく感触が伝わるが、そのまま力を込めて押さえつけるとおとなしくなった。

 これで前衛職としてやっていけるのかと心配になるが、今は戦場に意識を集中する。

 どうやら途中参加してきた隊長とやらは有能らしい。

 ゾンビの数は確実に減りつつある。


『副隊長たちが戻るまでの辛抱だ!こらえろ!』


「戻らないんだな、これが」


 フードの下で、笑みを浮かべながら思う。

 ずいぶんとおもしろいところに来たものだ。

 こんなところに来れるなら――


 ――死んでみるのも、悪くない。

 

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我らの骸に花よ咲け 黒(仮) @kuroki

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