028 スタート地点に少年はひとり
いかなイスカでも、と言うべきか。
流石はイスカだ、と言うべきか。
ガトリング砲二門に加えてグレネードや有線ロケットまで織り交ぜたカーンの全力掃射を前に、イスカは紙一重で命を繋いで前へ出る。
しかし見る間に鎧も肌もが傷ついていく。そう長くは保たない。
彼女が敵を捉える前に、彼女の体は砕け散るだろう。
赤銅色の艶やかな髪が、千切れて宙を流れて消える。
その厳しい鎧がひび割れ、その美しい肌が傷つく。
鮮血の代わりに零れていく粒子の光は眩しいくらいだ。
傷ついていく。美しい、相棒が。残酷に。無慈悲に。打ち据えられて砕け散ろうとしている。
修二はそれを呆然と見ていた。
どうしてだ。
俺のせいだ。
「――ちくしょう」
ああ、ダメだ、ここでイスカまで無駄死にさせたら、俺はどこまで惨めなんだ。
耐えられない。そんな自分には耐えられない。
下らないプライドでもいい。だから今だけは、あれを打ち倒さなければ。
「ち、くしょ……!」
どうすればいい。脚部関節が駆動を停止。左腕は完全に機能を停止。残る武器は右手のアサルトライフルとヒートソードのみ。ホイールは回る。ブースターは動く。
どうして戦っているのか。
そもそも、望んでここにいるわけではない。
カーンの誘いに乗った、それだけでもない。
あの日。雨の降る日。
全身に穴を開けて打ち捨てられた、仮想の少女と出会った。
そうだ。それが、始まりだった――。
考えるのももどかしい。イスカが行くならお前も行け。戦いの主役はいつだってイスカだ。
鷲崎修二は今までそのお零れに預かってきたに過ぎない。
ならば修二、お前にできることは一つだろう。
突っ込め。
そして死ね。
「ちくしょう――!」
アンダーバレルグレネードを起動して、背に打ち込む。
大地が土煙の柱を上げた。
爆発で機体が浮き上がり、壊れかけのブースターが火を噴く。
脚がガタつきバランスを崩すのも関係ない。グレネードを断続的に後ろで起爆し、投げ捨てられた人形のように速度を得る。
「来よったなぁ! 修二ィ!」
「くそ、くそ、くそ、ちくしょうちくしょっ、ああっちくしょう!」
グレネードを撃ち尽くすなりアサルトライフルを投げ捨て、ヒートソードを引き抜いた。
ブースターが爆発に耐え切れず機能停止。エラーにも構わずエネルギーを注ぎ込む。行き場をなくした推進力は溜まるだけ溜まった後、背中で爆発。
バックパックごとブースターユニットを爆散させて、更に速度を得る。
草原を滑るモノは、もうドローンと呼べるような形を保っていなかった。
壊れた人形が慣性で滑る、そんな動作だ。
なんて不格好。ひどい不細工。
「なんやそりゃ、無様やなぁ!」
それでも、そう言われることに、もう耐えられない。
「うるせぇぇぇぇぇぇ――!!!!」
怒鳴った。力の限り怒鳴りつけた。
そうでもしないと、このちっぽけなプライドさえ壊れてしまいそうで。
それだけは、嫌だった。
惨めでも、不細工でも。
――何故なら私は、戦うために生まれたのですから……。
イスカがそう望んだから、修二は戦いの場に立った。
勝負の場に立った。
強者だけが純然たる力でもって支配する、残酷な一と零の世界に立った。
敗者のことなど省みない、争い事の渦中に立った。
生まれてからずっと打ちのめされて、もういやだと背を向けた、勝負事の前に立った。
あの時。筐体の中に見た夢も。
あの時。ゴールポストへ送り込んだ情熱も。
その全てを強者の手で否定されてきた。
この場所で。勝ちと負け、ただそれだけの分類だけがあるこの世界で、いつも全てを失ってきた。
それでも、彼女が望んだから。
それを叶えたいと思ったから。
それを、自分にくれようとしていたから。
ならば、自分が望むことなんて何もない。
イスカが勝利の余韻に緩める口元、それを疲れた顔で見やることが、この場に立った理由だから。
小細工もない突進など回避することは容易いと、思うだろう。事実ヴィンテージ・ソルジャーは、どっしりとした動きで確実に回避をしてみせる。
それでも、逃しはしない。
「甘いんだよッ!」
動きの鈍い右足を大地に突き立てて、急旋回。
圧力に耐え切れず足が折れる。構わない。
壊れた左腕を叩きつけるように、チャージング。砲身が揺れて、砲撃が止まる。
それでいい。密着するだけで十分だ。
「ちぃ……だから、どうしたっちゅうねん!」
だが重く巨大なヴィンテージ・ソルジャーを吹き飛ばすのは無理だ。
だから躊躇わずに、逆手に持ったヒートソードを突き立てた。
己の胸部へ。
「なぁ――正気かおま」
「ふっ飛べ――」
分厚い装甲をヒートソードで貫き、致命傷を与えるのは修二には無理だ。二刺しが許される相手でもない。
だからそれはしない。
剥き出しになった内部機器を貫いて、ジェネレーターが破壊され、エネルギーが溢れだす。
仮想世界の燃料と電力が荒れ狂い、火花がそのまま火種となる。
低速から高速へ、爆轟が加速していく。
小細工などない、ただの自爆だ。
「――効かへんぞぉ、修二!」
そうだろう。至近距離で機体が爆発しても、その装甲だ、それだけでは機能停止はするまい。
カーンの機体はまだまだ健在。
Breakdownsの文字が踊る。
それで、十分だ。
「――イスカァッ! やれぇぇぇ――ッッ!!」
そして彼女が黒く尾を引く。
「しまっ」
遅せぇ。
爆風の向こう側、食い違った嘴を緩く引いて、赤金の騎士が嘶いた。
衝撃に晒され動けない四脚の正面へ。全身から風を吐き出して爆轟を押しのけくぐり抜けたイスカは、
『――かしこまりました』
流星、閃くこと三度。
装甲を切り裂き、内部機器を切り払って、ジェネレーターに深い亀裂を残し、イスカは野原に弧を刻みながら着地した。
視界を覆い尽くすアラートの向こう側、大地に立つイスカと、山頂に倒れる夏希を見て。
You Win、という皮肉な言葉に、修二は声もなく呻くだけだった。
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