027 それを恐れてうずくまっている
そして、修二は手を止めた。
「――え?」
夏希の叫びに頭が真っ白になって、気が付くと機体は地上に転がっていた。
「な、……え?」
途中から個別回線に切り替えたらしく、姉の声は聞こえなかった。
ただ、回線の変更なんて暇もなかったのか、忘れていたのか、夏希の声は聞こえていた。
聞こえてしまっていた。
動悸が激しく、視界の焦点が定まらなくなる。
落ち着け、落ち着け、と言い聞かせる自分が既に落ち着いていない。集中できない。
目の前の敵は間違いなく強敵、今までのカーンとは全く違う、手を抜いて勝てる相手ではないのに。
その時修二は、「一目惚れ」という言葉に二つ目の意味があったかどうか、必死に考えていた。
「ま、て、待て待て、待て待て待て待て、待ってくれ」
「待てぇ言われて待つやつがおるか!」
動揺はそのまま機体の操作を荒くする。グレネードの爆発に煽られて倒れかけた機体をなんとか立て直し、修二は震える手で無意味に反撃を試みた。
待ってくれ、と修二は思った。
何の話だ、理解が追いつかない、まさか額面通りの意味じゃあないだろう、そんなわけ、そんなわけが。
「質問、変えよか」
待ってくれ。そんなのおかしい。
だって見てみろ、俺は何処にでもいる冴えない高校生で、別に容姿端麗でもなければV.E.S.S.が得意というわけでもない、学もないし甲斐性もない。
ただのガキだ、一人じゃ何も出来ない子供だ。
「女にあんだけ言わせて、こんだけ追い詰められて」
待ってくれ。もしそれが本当に彼女の本心だったとして、俺はどう受け止めればいいんだ。
出会ってまだ一週間で、その一週間、夏希には助けられてばかりで、自分から何かを返せたことなんてなくて、悔しいけれど、夏希と自分じゃ釣り合うものなんて何もなくて。
「どうすんねん、お前は」
待ってくれ。待ってくれよ。
「てめぇはどうすんねん、修二!」
――そもそも、病気ってなんなんだよ。
余裕はない。猶予もない。もう間もなくフェザーダンスは沈むだろう。あれほど動揺していては抵抗は難しい。
それを咎めるつもりは毛頭ない。動揺するのも仕方がない事だ。
彼は今、ただの少年でしかない。
イスカは溜息交じりに銀のゴーレムへ向き直った。
『……ライラウス。残念ですが、時間切れです』
『押し通るつもりか。お前とて無事では済むまい』
『ふ――』
ほんの少しだけ、イスカは口元を歪めた。
ライラウスは油断なく両腕を構え、イスカを見た。彼女は誇張や見栄では動かない。その槍を後手に構える鳥の騎士は、本気でライラウスを突破するつもりでいると、彼は見て取った。
『そうですね』
イスカは意識の隅でステータスを一瞥する。腕部喪失以外はオールグリーン。ゲージは既に最大値。問題なし。
『今まで貴方を侮っていたことを謝罪します、ライラウス。貴方は強くなった……私が脅威を覚えるくらいには』
『言ってくれる!』
『えぇ、ですから』
――交喙<いすか>の嘴は食い違う。その穂先が捻じれて開く。
食い違うように閉じた穂先は、いっそ断頭台にも似ていた。突きですら首を刎ねそうな姿。側面は斧、穂先は鋏。斬る事に特化した形状へと変化する。
鳥が息を吸い込むように鍔と腹が開く。露出した内部機器は、どうやら何かの噴射装置のようだった。
『貴方の首をもって、私の敵と認めましょう』
異形の槍。
それが真っ当な理念で作られた武器でないことは、一目で分かる。
禍々しい、死を思わせる、捩くれた刃。
イスカは己の槍の本来の姿を晒し、片腕でそれを引いて構えると、一度だけ修二へ視線を向けた。
それはライラウスから見て、彼女が初めて作った隙のように見えた。
その槍の威容と、不明な機能から、先に仕掛けるべきだと彼は考えた。
『ぬぅん――!』
ライラウスが両腕を打ち付ける。
起こるのは電撃ではなく、衝撃波。
イスカの周囲へ直接生まれたそれは、波打って全方位から中央へ――イスカへと殺到する。
睨み合いの中で用意していた一撃。
軽装甲高機動型のイスカは、回避を封じれば怖いものではない。
イスカが、まさにその一手を待っていたのでなければ。
『参ります』
虚空に三日月。
落ちるは影。
ライラウスは、何が起きたか理解できない。
『馬鹿な』
その槍先が光り輝いた時には、彼女はそれを振り切っていた。
黒く、先を見通せない底なしの闇に似た軌跡。
イスカは、まるで当たり前のように空間そのものを断ち切ったのだ。
初めから、イスカの狙いはカウンター一本だった。
はっとした時には、その当人が目の前にいた。
いん、と戦闘機にも似た高音。
普段とは違う何かを噴出して飛んだイスカの速度は、明らかに速すぎた。
その凄絶な槍捌きに比して、むしろ彼女は脱力している。
まるで自然に、コンパクトに、ほんの少し槍を引くだけ。
その噴射口から吐き出しているものがプラズマだと、カーンはようやく気がついた。その時にはもう、槍は輝きと共に滑り出していた。
黒々とした軌跡はまるでそこに何もないかのよう。
まるで主体が槍にあるとでも言わんばかりに、彼女の手捌きは緩やかだった。
咄嗟に放った電撃さえも、その槍の前に消え去る。
赤金の風が吹き抜けた。
『粒子機械、そのものを――』
断鉄の音は鈴の音に似ていた。
『誇りなさい』
黒く尾を引く軌跡は、死神の鎌のよう。
『貴方は、私にこれを使わせた、初めての相手です』
ほんの一瞬の残心を溜めに、切り飛ばされたライラウスの体が落下を始めるより早く、イスカは疾風となって駆け出した。
真正面から、カーンの操るヴィンテージ・ソルジャー目掛け。
その機関砲が丁度自分を狙ったのを見て、イスカは不敵に微笑んだ。
絶望的な弾幕へと、イスカは無造作に踏み込んだ。
こりゃ俺の負けだな。
修二は苛烈な現実とはあまりに場違いな、そんな温い感想を抱いていた。
あまり多くのことを考えられない。脳みそは今、現実を認識しようと必死だった。
何かの爆発物が足元をえぐって、フェザーダンスが横転する。
待ってくれよ、と修二は世界に投げかけた。
世界は当然のごとく、修二のことを跳ね飛ばした。
「くそ……くそっ」
転がったまま、ローラーを地につけてみっともなく横へ転がる。遅れて着弾したミサイルか何かの爆風に煽られて、ごろごろと無様に転がる。
立ち上がる前には、砲弾が殺到することだろう。
こんな所で格好悪く敗北を喫している自分に、あの太陽のような穢れない少女が、雛森夏希が、惚れたのだという。
そんなの、悔しい、力が足りない、ああ、くそ、くそ、そんな寄りかかり方は――。
「ちくしょう……!」
――惨めだ!
惨めじゃないか! 情けをかけられるよりずっとひどい!
勝てもしない、胸も張れない、何のためにゲームをしているのかも分からない俺が、あぁ……どうして!
どうして!
ぶおお、とガトリング砲が回る音がする。フェザーダンスは装甲を削り取られていく。左腕損壊。脚部異常発生。内部機器損傷。
もう保たない。
その時、土にまみれて汚れた丸い銀色の装甲に歪められた、赤金の髪を見て取った。
「はっ! そこで転がっとれ、修二!」
騎士は果敢にも吶喊していく。
その砲身がフェザーダンスから外れ、ゆっくりと、赤金の騎士へと向いていく――。
「や、め――」
そして、無数の砲弾が雪崩を打ってイスカを襲った。
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