第54話 54 おれはしょうきにもどった!
眼前で展開される既視感ありすぎな光景に、晃は無意識に歯軋りを鳴らす。
それだけ、『人質を取って何かを強制する』手法に有効性があるのだろうが、こう何度も何度も繰り返されると、いっそ全てを無視して反撃に転じたくもなる。
ただ、そんな行動に出ようにも晃の体は怪我だらけで、相当にガタがきている。
痛みを無視して行動できる時間は短い――だから、賭けに出るにも一発勝負にならざるを得ない。
「ホラホラ、レイジ君。キミの口から説明してほしいなぁ。お兄ちゃんの両足をどうやって床に固定したのかとか、右腕と左腕どっちから切断したのかとか、そういう心温まるエピソードの数々をさぁ」
ねっとりとした声で言いながら、霜山は左手で髪を掴んだ佳織の頭を揺さ振る。
されるがままの佳織は、まだ呆けて――いや、違う。
焦点の合っていなかった目は据わり、延々と呟いていた不明瞭な独り言も止んでいる。
今までの行動が演技だったのか、何かの拍子に頭の歯車が噛み合ったのか。
ともあれ、佳織の変化を霜山に気取られてはダメだ。
そう考えた晃は、自分に注意を引きつけさせようと、玲次の方にじわじわ移動する。
パンッ――ガッ――
硬質だが種類の違う音が二つ、ほぼ同時に鳴る。
着弾の衝撃が、地面から晃の
「ふぅうううぉおっ?」
「ひぃあっ!」
晃の驚愕と、佳織か優希の短い悲鳴が混ざる。
警告もなしに撃ってきた。
顔を上げれば、目を細めた霜山の酷薄な笑顔が晃を出迎える。
「全然サイレンスじゃないなぁ、これ……それはそうと、まだ出番じゃないでしょアキラくぅん。キミにもこの後に、ちゃんと面白イベントを考えてるんだからからさぁ、ちょっとは空気読んでみようよ」
「ぅぐ……」
有無を言わせぬ調子の不吉な宣告に、晃は黙り込む。
そして霜山は、佳織の無事な右耳に顔を寄せながら、ボソボソッと小声の早口で何事かを囁いた。
晃が聞き取れたのは、『ケイタ』『動画』『死んだ』みたいな断片的な単語だけだったが、言われている佳織の反応は俯いていてよくわからない。
「ってのをね、レイジ君から聞かせてもらいたいんだけ――」
佳織が急に前のめりによろけて、体重を預けていたらしい霜山もバランスを崩す。
ニヤニヤ笑いを伴った、不快な発言が途切れた。
それと同時に、テープで両手首を縛られている佳織の右肘がハネ上がり、霜山の顔面の中心部に叩きつけられる。
「ぷぇが」
予期せぬ攻撃にグラついた霜山は、呻き声を漏らすと佳織から手を離して後ずさる。
そこで気配を殺していた優希が素早く動き、
かなりスムーズな連携だが、密かに打ち合わせでもしておいたのか。
これも予想できなかったらしい霜山の体は宙に浮き、直後に疑問符のついた喚き声と重量感のある落下音が響いた。
「んうぉおおおぉおっ? なっ、なんっ――」
「うるっせぇんだよっ、このっ、キチガイデブがっ!」
調子外れに吼えた佳織は、仰向けに倒れた霜山に馬乗りになる。
そして縛られた両手を、プロレスでいうところのダブルスレッジハンマー、その形にして連続で顔面に振り下ろしていく。
「死ねっ、死ね! 死ね、このっ! 糞ブタっ……死ね!」
「ぁが――ぶっ、ぺぐ――ぁもっ」
溜まりに溜まった怒りと憎しみを噴出させた佳織の、感情を剥き出しにした
霜山は一撃ごとに、びちゃびちゃした呻き声を上げるだけ。
とにかくこれは、待ちに待った逆転のチャンスだ。
「ぐっ、くぅうぁああああぁああぁあっ、玲次! 腕を!」
希望が痛みがある程度まで麻痺したのか、どうにか立ち上がることができた晃は、左足を引きずり気味の危ういバランスで玲次のところまで小走りに駆ける。
そして、リョウに罠を仕掛けた『釘カルテ』を作った時に出た、余りの釘をポケットから取り出すと、玲次を拘束していた手足のテープを引き裂く。
「これで、二人のもっ、切れ!」
晃に渡された釘を受け取り、黙って頷いた玲次はフラつきながら移動を開始した。
だが、二人のところに辿り着く前に、起き上がった優希が近付いてくる。
「玲次君っ!」
「あ、ああ」
優希がテープでグルグル巻きに縛られた両手を差し出し、玲次はモタつきながらそれを裂き破る。
続いて佳織の拘束も解いて、霜山をどうにか行動不能に。
そう指示しようと、晃が大きく息を吸った瞬間。
パン、パン――パンッ
二連続の後に一拍置いて、もう一発。
発砲音が、合計で三発鳴った。
吸った息を吐くことも忘れ、晃は音の発生源に目を向ける。
玲次と優希も、ぎこちない挙動でそちらに視線を移動させる。
霜山の上に
「あっ……くぁ、れ」
意味を成さない呟きの後、伸びきった佳織の上体がフラついた。
二度三度と左右に揺れ、それから霜山に覆い被さるように倒れ込んだ。
同時に、呼吸を思い出した晃が咳き込む。
「カオリ……さん?」
「佳織? えっ、何が……え?」
玲次と優希から、戸惑いの声が上がる。
撃たれた――至近距離から、三発。
晃にはそれがわかっているハズなのに、頭が理解を拒んでいた。
あの状況から、まさかこんなことに。
そんな戸惑いが、まともな判断力をとことん鈍らせる。
「ぅべっ、ペッ……ちょ、調子に――乗る、な」
霜山が、佳織の体を押し退けて身を起こし、濃い色の唾を吐き棄てた。
鼻を折られたのか、舌を噛んだのか、発音に妙な
転がされた佳織の顔が、晃の方を向いた。
半開きの両目と、半開きの口と、右目の下に穿たれた、直径一センチほどの小さな穴。
佳織が死んだ、殺された――どうにもならない現実が、晃の頭を薄暗い
「うっ――あぁあああああああああああああぁあっ!」
視界が暗くなり、その場に突っ伏しそうになる晃を横目に、玲次が叫ぶ。
霜山に向かって駆け出そうとするが、興奮しすぎているのか足が
もう数メートル、あと数歩で手が届く、というところまで迫ったが、そこで霜山は玲次に銃口を向けた。
佳織に十数発は殴られたであろう霜山は、顔の下半分を血に塗れさせている。
「べっ――クソッ! クソがっ、ふざけやがって! ぺぁっ――もういい、もうヤメだ。お前らを全員始末して、ぶぇっぷ――それで、終わらせる」
「じゃあよ……さっさとそいつで、俺らを撃ったらどうだ」
口腔に止め処なく流れ込んでくる鼻血を吐き出しながらの、霜山の処刑宣告。
対する玲次は、拳銃を指差して傲然と言い返し、晃の心臓を跳ね上げさせた。
しかし動悸が落ち着くに連れて、即座に
残った銃弾は何発だ――晃はそれを思い出そうとする。
挑発した玲次も、きっと同じことを考えているのだろう。
全てがスローモーションで展開しているような、そんな空気が場を支配する。
晃も玲次も霜山も、ここからどう動くかを決めかねていた。
やはり痛みが邪魔して、体がロクに動きそうもない――晃は自分の状態をそう分析し、玲次の行動に合わせて援護か
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