第46話 46 これで終わりだと思ったら大間違いだ

「んがぁあああああああああああああっ!」

「おうおぅおおおおおおおおぁあああああっ?」

「るぅああああああ、おっふ――」


 三種類の声が混ざり合い、晃にも自分が何を言っているのか判別できない。

 とにかく、叫んだ。

 恐れも、迷いも、疲れも、痛みも、何もかもを忘れられるように。

 感情を吹っ飛ばして、とにかく一点に集中する。

 どうにかして、リョウを止めなければ。


「ぐぁ!」

「ふぎっ、かっ――」


 何度かの痛打に続いて、これまでと比較にならない衝撃がやってくる。

 数秒の後、階段を転がり落ちて着地したのを把握した晃は、暗がりの中で身を起こす。

 晃は桁違いの痛みと共に、左肩が自分のものじゃないような莫大な違和感を覚える――もつれ合う中でリョウの服を掴みながら落下したせいで、脱臼か骨折をしてしまったらしい。

 そのリョウは、晃の下敷きになる形で仰向けに倒れている。


 心臓の鼓動と同調し、激しく自己主張してくる肩の痛みを堪えながら、晃は辺りを確認する。

 暗くてよく見えないが、玲次の姿はない。

 転がってきた階段を振り返ると、中ほどに影の濃い箇所が確認できる。

 目を凝らしてみると、それが途中で振り落とされた玲次だとわかった。

 影が立ち上がろうとしていたので、晃は小声で指示を送る。


「玲次っ、佳織さんと優希さんを逃がす。二階に上がって、呼んできてくれ」

「う? あ、ぁあ……わかった」


 墜落のダメージが残っているのか、若干頼りない受け答えではあったが、事情を理解したらしい玲次は、よろけながら階段を上がって行く。


「さて、と……」


 呟きながら、晃は動かないリョウから離れる。

 意識はないようだ。

 狸寝入りを警戒し、鼻の下に指をかざして呼吸の有無を確かめようとするが、指先が小刻みに震えているせいで上手くいかない。

 気絶するなり死んでるなりしてくれていれば楽だが、そうじゃなかった場合は佳織と優希を逃がす時に、何か仕掛けてくる可能性がある。

 

 トドメを、刺す。


 そんな言葉が、晃の脳裏に浮かぶ。

 晃としても、この状況ではそれが正解だとは思うが、問題になるのは手段。

 片腕が利かなくなっているのに、リョウの太い首を絞めるのは難しい。

 バットはその辺に転がっているだろうが、あれで致命傷を与えるのは不可能だろうし、単なる目覚ましになりかねない。

 やるなら、一撃で致命傷を与えられる凶器が必要不可欠だ。

 しかし、そんなモノがどこに――


「うぅ……やったか」

「ああ、ダイスケ。無事……じゃなさそうだな。無理すんな」


 子供がフザケているような不自然な動きで、ダイスケがのそのそと近付いてくる。

 左手には火のついたBBQ用のガスバーナー、右手にはバールを掴んでいる。

バーナーはライト代わりに使っているようだ。

 ぎこちない動作は、リョウに投げ捨てられた時に、首や腰を傷めたのが原因だろうか。

 苦痛を堪えているのか、キツく歯を食い縛っているようだ。

 バーナーを床に置いたダイスケは、晃の肩を掴んで体勢を保ちながら、動かないリョウを見下ろす。


「これ……死んでる、のか」

「わからん。だけど、そいつがあれば」


 バールを指差した後、こっちに貸せと小さく手招きする晃。

 しかしダイスケは、無理に笑おうとしているのか痛みで歪んでいるのか、判断の難しい奇怪な表情を浮かべつつ頭を振った。


「俺、に……やらせて、くれ」


 呼吸の回数がやけに多くなっているダイスケが、途切れ途切れに言う。

 二時間に満たない付き合いなのに、ウンザリさせられるほどのボンクラぶりを何度も発揮してくれた、マイナス実績の豊富なダイスケだ。

 怪我で通常時より磨きをかけたポンコツ加減になっているのに、任せて大丈夫なのか。

 当然といえば当然の疑念に晃は迷うが、この状況なら大幅にトチっても自分がフォローできるだろう――そう考えて躊躇ためらいながらも頷き返した。

 

「やっと……やっと、だ……」


 晃から離れたダイスケは、フラつきながらバールを構える。

 ほぼ同時に、階段を慌ただしく駆け下りてくる音が。

 ここで香織と優希か――タイミング悪い。

 小さく舌打ちした晃は、先に二人を逃がそうとダイスケを止めに入る。


「ダイスケ、ちょっと待っ――」

「ぁああああああああああああああああああああああああああっ!」


 またしても、ダイスケは人の話を聞かずに動く。

 狙ってそうしたのか、手元が狂ってそうなったのか、振り下ろされたバールの釘抜き部分は、リョウの胸板へと突き立った。

 頭とか喉とか、もっと他に一発で致命傷な部分があるだろ、と言いたくなる晃。

 そんな感情に気付かず、ダイスケは格好つけてバールを手放すと、ドヤ顔でもって晃の方に振り返る。


「あっけない、もんだ」

「……ああ」


 晃の返事を聞くと、ダイスケはギクシャクした歩調でリョウと距離をとり、壁に肩からぶつかるように寄りかかると、苦しげに喘ぎながら天井を仰いだ。

 入れ替わるように、階段を下りてきた三人が近付いてくる。

 玲次が手にしているランタンの明かりが、倒れているリョウの姿を照らす。

 薄く開いた瞼は白目を剥いていて、四肢はピクリとも動かない。

 玲次は眉根を寄せて苦々しげに、香織は白けた雰囲気で無感動に、優希はおっかなびっくりに、バケモノじみた男を見下ろしている。

 

「もう、大丈夫なの?」

「ん……多分。とりあえず、優希さんは香織さん連れて、ダイスケ達の――いや、俺らが乗ってきた車の置いてあるとこに」

「でも、キーが」

「探すから。で、俺らが行く前に車が通りがかったら、待たないで乗せてもらって逃げて。それと……スマホを借りて、警察への連絡も」

「わ、わかった……き、気をつけて」


 硬い表情でそう言い残すと、優希は右にマグライト、左に香織の手を掴み、B棟の通用口に向かって急ぎ足で去って行った。

 晃が一仕事終わった気分で二人の背中を見送っていると、床に崩れかけているダイスケを眺めて玲次が小声で訊いてくる。


「おい晃。どうすんだ、あいつ」

「見捨てるワケにもいかんだろ。背負うか、肩を貸すか……」


 言いながら、勝手なマネをしたダイスケのせいで自分が左肩を怪我したのを思い出し、晃は顔をしかめる。

 人生最大級の危機的状況だったろうに、あそこまでポンコツ絶好調な動きを見せられるってのは、実はかなりの大物なのかも知れない。

 そんなことを考えながら、ダイスケの方にゆっくりと歩み寄っていると、不意に玲次が足を停めた。


「ん、どうしたよ、玲次」


 晃の問いに答えず、玲次はランタンを掲げて階段の辺りを指差した。

 不穏な空気を感じつつ、晃は玲次の指し示した方に目を凝らす。

 

 ――リョウが、消えている。

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